第29話 コーカス侯爵邸
【コーカス侯爵邸】
伽藍としたに廊下に5、6人の事務官が急ぎ足で侯爵の元に向かっていた。手には多くの報告書が運ばれていた。侯爵領における多岐に渡る事案を侯爵に報告と決裁をもらう為に、今コーカス侯爵の執務室を目指しているのだ。事務官筆頭が先頭となり重厚なドアの前に立ち、静かにノックをした。
トントン
「入れ」
ドアの向こうからは冷徹な印象を与えるような声色で、短く答えが返ってきた。
事務官筆頭はドアを開けると、そこには豪華な執務室が広がっていた。高い天井からはシャンデリアが豪奢な光を放ち、部屋全体を照らしている。壁には貴重な絵画や装飾品が飾られ、その輝きは部屋に深みと豊かさを与えていた。大きな窓からは庭園や景色が見渡せ、外の世界とのつながりを感じさせる。執務机は重厚な木材で作成され芸術的な彫刻が施されていた。その上には古今東西の収集品や書物が整然と配置されてあり、ソファや椅子は柔らかな生地で覆われ、くつろぎと贅沢さを提供していた。床には絨毯が敷かれ足元からも豪華さが漂っている。部屋全体には芳香が漂い、香り高いキャンドルが煌めいているのだった。
その執務机の奥には青年が一人悠然と座り、手元の書類を見ながら羽ペンで何かを書き込んでいた。彼がオーラは決して温かいものではない。冷酷なる支配者の面影を帯びていた。見た目は20歳ほどであったが、若輩とは思えぬほどに執務に精を出し、その筋肉質な体躯と高い身長は彼の威圧感を際立たせていた。黒く長い髪はまとめられ、彼の容貌には若々しさよりも歴戦の猛者のような印象が滲み出ている。彼の目は鋭く、何をもをも貫くような光を宿しており、彼の指導のもとでの侯爵領地の安定は、彼の非情な意志と力によって維持されているのが真実であった。その存在はまさに一国一城の主としての冷酷な支配者を想起させ、彼の市民は恐れつつも、彼の圧倒的な庇護の下に従っているのだ。
「申し訳ありません。大変長らくお待たせいたしました。こちらが午後の案件となっております」
「遅い!もう朝の分の報告は目を通して指示を終えたぞ。昼の分の報告を待っていたのだ!」
「セイント閣下申し訳ありません!何分、報告書の精査に時間が掛かりまして・・・」
「使えない奴らだ、お前らは。さっさと持ってこい!これを終えたら領地内の魔石調達の打ち合わせがあるのだ」
「そのことでございますが、わざわざセイント様がお越しになる必要はないかと存じますが・・・」
「愚か者め。俺が行かなかったから、そもそもこのような事態になっているのだ。お前たちに任せていたから魔物暴走が予測できず、その進路さえも分からないままに我が侯爵領地が荒らされてしまった。俺は怒り心頭だ。お前たちにも責任はあるが、治安維持部には俺からきっちり指導しておかなければならないがな。お前たちの尻拭いをしているのが分からんのか?もういいから早くその手元の報告書を持ってこい。たく・・・俺が北のドラゴン討伐隊に行っていたから、この様だ・・・」
事務官たちは申し訳なさそうに報告書を持って、セイントの執務机にある箱に置いていった。セイントに渡されたのは数百枚という報告書の束であったがセイントはさっと目を通し始めた。セイントはものの5分ほどで指示すべき事案と、報告として受け取る情報と、決裁の必要な情報に分けた。的確にそれぞれを対処の指示を飛ばしていく。この様式を全て作ったのはセイントだった。この都の全て、都市設計から法律、軍隊の調練から人々の娯楽に至るまで、全てセイントの発案でこのコーカス侯爵領ルナン都を大興隆させてきたのだ。
事務官たちは近況した面持ちでセイントの所作を見守り、指示が下されるのを待っていた。
セイントは自分の机の上にある紙を上から数枚取り上げて机に並べた。
「トマリ川の灌漑工事に増員が必要とのことだが必要ない。むしろより多くの人員がいるよりも、掘削用の魔道具を20、30個代わりに渡してこい」
「承知いたしました」
「それと宮殿の給仕たちの給金の引き上げだが、ここ数年景気も上向き傾向だ。年報酬として銀貨10枚上げてよい。よい仕事をしてくれている。報いてやらんとな」
「承知いたしました」
「都市の犯罪率抑制の為の警ら隊の増強だが、季節的な事もある。増強よりも俺の近衛兵団たちに都市の巡回をするように伝えろ。俺の警備はもっと手薄で構わない。暖かくなる時期は余計なことを考える連中が増えるからな」
「承知いたしました」
セイントはそれぞれの案件に次々と指示を与えていった。このようなやり取りが長く続き、出入りする事務員の数も100人を超える数になっていく。
だいたいの案件の指示を出し終わる頃には鐘が3つ鳴っていた。
「もう鐘が3つ鳴ったか。3時間経ったな」
セイントの執務室には入れ替わり立ち代わり、事務官が入って来ては指示された内容を紙に書き、報告書を持って関係各所へと走っていくのだ。
セイントの頭脳を十二分に発揮するために、この事務官たちはセイントの指示を正確に即座に行き渡らせ、コーカス侯爵領ルナン都は絶大な興隆期を迎えていた。
「ん・・・、これは・・・」
セイントが『賢士の纏い』を解き、一息を付きながらお茶を飲み、ぼんやりと手元の書類に目を落とした。
『少年(11歳)ランクEに昇格』
(凄いことだが、これはありえない・・・確かに魔道具の普及と進化によって、一般人の交戦能力はここ数年劇的に上がってはいるが、11歳がランクEに上がるのには交戦能力以外にも知能や経験値が必要だ。これは・・・まさか・・・俺が探していた奴かもしれん)
そうセイントは心の中で独り言ち、その報告書をより詳しく読み込んだ。
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少年(11歳)ランクEに昇格
冒険者ギルドよりの報告
この度、タタン街の冒険者ギルド所属において、史上最年少11歳でランクEに昇格した冒険者がいましたのでご報告いたします。
名前はノア。年齢にしては大柄な体をしており、10歳より冒険者に登録。最低ランクHとして冒険者業を開始。この一年間は、基本的な冒険者の仕事を覚えながら、戦闘能力以外はランクEほどのスキルは付けていたが、戦闘能力は低かった為、ランクHのままで1年間は過ごした。
しかし、突如ランクEの土竜の魔石をギルドへ3個提出。鑑定の結果は真正の土竜の魔石であることが判定された為、ランクEへと昇格となった。
ランクEとなった直後、一般街で家屋を購入。
以前は、商人であるサリカの従者として街を転々としていた模様。冒険者稼業をしつつも、商人セリカと行動を共にしていると思われる。
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(なるほどな・・・俺がこの50年間探していた奴かもしれん。いや、まさかな・・・それでも、一度実際に見るのが一番だろう)
セイントは周囲にいる事務官に伝えた。
「よし、本日の業務は終了とする。まだ俺の承認が必要とする報告書があるなら、ここに置いておけ。後で確認する。お前たちは遺漏なく決定事項を各所に行き渡らせて来い。分かったか?」
「「「「承知いたしました!」」」」
「それと、俺は今から外出する。明日の朝までには戻ってくる」
「「「「承知いたしました」」」」
セイントは事務官たちが整然と一列で並び深々とお辞儀をし出した。それを尻目に、セイントは隣の部屋に入っていった。そこには彼が公務などで使う服が山のように並んでいた。
「今日はこの服装で行くか」
セイントは黒装束に身を包んだ。
(これまでも何度も探しているが、いつもスカを引く。まぁ今回のもあまり期待しないで行くとするか。タタン街か・・・ここから俺の脚ならだいたい3時間ぐらいの距離だな)
そして衣装室から出ると、微動だにしない事務官たちがいた。
「では、行ってくる。留守を頼むぞ」
一人の事務官筆頭が代表して答えた。
「はい、いってらっしゃいませ・・・」
そして、セイントは一瞬でその場から消えていった。
「勇者様」
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