第28話 異変4

俺は人だかりをすり抜けて何とかカウンターに辿り着いた。目の前には年齢20ぐらいの綺麗な受付嬢があたふたと慌てながらも、詰め寄る冒険者一人ひとりの話の受け答えしていた。確か名前はラミアだったかな。


「なぁ、ラミアさん。ちょっといいか?」


場に似つかわしくない子供の声が、大人の怒号が飛び交う中で聞こえてきたので、ラミアさんは周囲をキョロキョロと見渡した。視線を落とすと俺と目が合った。そして、目の前の俺に気が付いた。


「え・・・、えぇと、どうかされましたか?申し訳ありませんが、大変今忙しい状況になっているので、あなたの要望にはお応えできないかもしれません」


「まぁ、そう言うなよ。今日は俺のランクを上げてもらいたくてきたんだ」


「今・・・ですか?」


周囲は様々な怒りの声などが飛び交い、ゆっくりと話をするような環境ではない。まぁ、今の状況では仕方がないことだが。


「あぁ今だ。ランクをEまで上げてもらいたい」


受付嬢の顔が凍った。周囲の喧騒が少し静かになったような気がする。俺の会話が周囲の冒険者たちの耳に入って、その内容のバカバカしさに驚いた冒険者たちが自分のことも忘れて、俺と受付嬢の会話に集中し出したのだ。


「たしか・・・ノア君だったかな?君の現在のランクは、えーと・・・」


「Hだ」


ラミアさんは後ろの棚にある紙の束を繰りながら、俺のランクを探し出した。


「は・・・はい、Hですね。え・・・と、ノア君がランクEになる為にはレッドベアか、ホブゴブリンか、土竜ぐらいの討伐部位が必要ですよ。ノア君の成績としては・・・、他のランクEの冒険者スキル的には問題ないとの報告をもらっているけど、戦闘能力が圧倒的に足りてないですね」


「おいおい。おチビちゃん。今がどんな忙しい時か分かっているのか?子供がグタグタとラミアさんを困らせるな。どけ。ラミアさん、こんな奴の話より俺の話を聞いてもらえないか?」


そう言って、俺の横にいた冒険者が俺の話を遮って俺を後ろに押し退けようとしてきた。よく見ると俺の体より2倍ぐらいある筋肉隆々の髪の毛の無い男だった。片目は潰れており、背中に大きな斧を持っていた。おそらくこの斧は魔道具なんだろう。威圧感だけなら半端ないな。しかし・・・


「おい、あんた。今は俺がラミアさんと話をしてんだ。順番を待ちな」


「なに・・・?」


ギラッと睨みを利かせ、ドスの効いた声で俺を威圧してきた。


「おい、お前。ケガしない内に家に帰った方がいいぜ。今はこのギルド内の冒険者たちは苛立っているんだ。ここにいたら怪我するぜ。とっとと出て行ってお母ちゃんと一緒にいときな」


「邪魔なのはあんたの方だ。世の中の『順番』というルールを守らない奴で怪我をしなかったことはないんだよ。あんたも怪我をしない内にどきな」


ハラハラしながら受付嬢のラミアさんは、俺とその冒険者のやり取りを聞いていた。止めた方がいいのか、誰かを呼んできた方がいいのか、俺を守った方がいいのか、このデカい冒険者を宥めたらいいのか、何をすればいいか分からずあたふたしていた。


「俺の耳が悪くなったのか周囲がうるさいから聞こえずらかったが、今お前、俺がケガするって言ったのか?」


「あんたの耳は悪いな。致命的だ。冒険者稼業も引退した方がいいんじゃないか?城壁外でのそれは命取りだぜ」


俺は内心で『よく俺の口は、こんなに人を煽れるな~』と自分自身に嘆息した。


正直ここは一切引けない。


俺はこれからは強者として生きていく。舐められていると俺が守りたい人たちを守れなくなるのだ。これがこの世のルールだ。ここで俺の存在感を示す必要があるんだ。この冒険者には申し訳ないが、俺の踏み台になってもらおう。


俺は隣の大男を無視して何事もないような素振りで、目の前のラミアさんに話しかけ始めた。


「あぁ、戦闘能力に関しては大丈夫だ」


「おい!!お前いい加減にしろ!!」


横の冒険者は激昂して俺に掴みかかってきた。


「あ・・・、や、止め・・・」


ラミアさんは俺と冒険者の間に入ろうとしたが、俺はそれを手で制止させ、さっとその男の掴もうとする手の下へ潜り込み腹辺りに拳撃を放った。


「ゴフッ!!!」


その冒険者は盛大に後ろへ吹っ飛んだ。


その冒険者が後ろに倒れていくのに巻き添えになり5、6人の冒険者たちも倒れていった。


ギルド内が一瞬で静まりかえった。


皆一様に、俺とその冒険者を見た。その場に立っているのは俺であり、その先に倒れた冒険者が何人もいた。攻撃を受けた冒険者はあまりの衝撃で気を失って倒れていた。他の冒険者たちは、何があったのかわからず、攻撃を受けた冒険者を横にずらして、俺の方を睨みつけていた。


「おい、お前がやったのか?」


俺の他の冒険者たちが何か言いたげにこちらを見ていたが、それらを無視して腰に付けていた袋から魔石を取り出して、カウンターの上に置いた。


ゴロッ


俺は土竜の魔石を2,3個、カウンターの上に置いた。


「これが土竜の魔石だ。これで俺がランクEの討伐証明になるだろう。どうだ?」


ラミアさんは目を見開いてその魔石を見た。


俺の周囲の冒険者たちも、俺の出した魔石を見て、目を見開いた。

「あの大きさは・・・かなりの高ランクの魔石だ・・・」

「何者だ・・・あんなに凄い魔石を持っているのは・・・子供?」

「デカい。あれはかなりの魔石だろう」


などと周囲にさざ波のように囁き声が広がった。


「わ、分かりました。少々お待ちください・・・。こ、こちらで魔石を確認します・・・」


そう言い、ラミアさんは魔石を持ってカウンターの後ろにあるドアを通って裏に慌てて消えていった。


周囲もその様子を見たのか、たじろぎながら後ずさった。


おそらくこのギルド内で単独で土竜を討伐できる冒険者はいないだろう。一匹でも討伐で来ているなら中堅に位置する。土竜たちはランクF~Eの間ぐらいの力があるからだ。その土竜の魔石を2、3個ほど持っているという事は、かなりの実力を有する冒険者の証明だ。これが分からない冒険者はいない。冒険者にとって最も必要な能力は、実は戦闘能力でもなければ索敵能力でもない。危機察知能力こそが最も重要であり、それの有無で生存率の高さを決める。


ギリギリと歯ぎしりをしながら、気絶している冒険者に巻き込まれた冒険者たちは、こちらを睨みながら何も言ってこれなかった。


魔石はブラフか・・・


こいつの実力は本物か・・・


俺の腕辺りに視線が集まる。


腕輪の装備。


この装備を見て魔道具の使用を疑わない奴はいない。


本来は俺が魔力の解放を一瞬だけ行い身体能力を大幅に上げて一撃食らわしたんだが、そう判断できる人間はいない。


腕輪とランクEの魔石。


これだけあれば、俺に突っかかる人間はもうこのギルド内には存在しない。


『危機察知能力』の高い冒険者たちは俺への注目を止め、自分たちの目の前の受付の人間に対して今後の事を話し始め、再びギルド内は喧騒に包まれた。


気付けば、先ほどの大男の冒険者はギルドスタッフたちによって建物の隅の方にあるベンチに移動させられている。


俺の周りにはぽっかりと穴が空いたように誰も近寄ろうとはしない。下手に俺に関わってトラブルに巻き込まれても困るからだ。


俺はラミアさんが帰ってくるのを待つしかやることがなかったので、ぼんやりとラミアさんが入っていたドア辺りをぼぉと見ていた。


パタパタパタパタパタパタパタパタパタ


十数分後してドアの奥から聞こえてきた足音。


ラミアさんは息を切らしながら俺の元に戻ってきた。手には先ほど渡した土竜の魔石があった。


「はぁはぁは。お待たせしました。鑑定をさせていただき、確かにランクEの魔石でした。こちらで手続きは済ますことはできますので、ノアく・・・、ノアさんは、これからランクEの冒険者として認定いたします。冒険者タグはお持ちでしょうか?これは凄い事です。最年少でのランクE達成ではないでしょうか!?本当に凄いです!」


「ありがとう。これが俺の冒険者タグだ。ランク上げをお願いする。それと・・・、1つお願いがあるんだけどいいかな?」


「はい、承ります」


「家を一軒買いたい。もちろんこの一般街地区内でだ。大きさは問わない。いくらかかる?」


「はい。今ギルド内でもその話が何十件もございますが、一番安い物件が金貨500枚で購入可能となります。現状、頭金として金貨300枚を納めていただいて、後は分割でのご相談をさせていただいております」


「金貨300枚を頭金というのは、結構な金額だな」


「申し訳ございませんが現在、子爵がスラム地区に関する宣言をしてから物件の価格が急高騰しておりますので・・・」


「しょうがない。分かった。金貨300枚で後は分割だな。これで足りるかな?」


そう言って、俺は肩辺りに下げている小さな袋からお金を出して白金貨を3枚取り出した。


「これは・・・白金貨・・・」


周囲はコソコソと俺の置いた金を見て驚愕していた。


「おい見ろよ、白金貨だぜ」

「初めて見る。こいつ、それほどの力の持ち主か」

「何者だ、こいつ?こんな大金を持っているなんて」

「ノアって言うらしいぜ。さっきまでランクHの下っ端の奴がなんでこんな金を持っているんだ」


俺はそんな周囲の声を無視しながらラミアさんだけを見て言った。


「あぁ、白金貨1枚で金貨100枚の計算だと思うが合っているか?」


「は・・・はい。仰る通りでございます。では手続きをさせていただきますので、あちらの部屋に来ていただいてよろしいでしょうか?」


「あぁ」


俺が動くと、周囲が一歩引いて俺の進行方向にスペースが自然とできた。俺は周囲を見渡しながら悠々と人垣の割れたスペースを歩きながら別室へと移動していった。


ラミアさんは俺に物件や支払いに関する事など諸々を説明してくれた。ランクEであることが保障となるので、今後の金貨200枚に関しては担保などは必要ないと言われた。さすがランクEの信頼だ。低ランクとは扱いが天地雲泥の差だ。ラミアさんと話をして1カ月に金貨5枚ずつ払うことで同意した。


俺は住所と鍵をもらい冒険者ギルドから飛び出した。こんなところで時間を潰している暇はない。変な輩が襲ってくるかもしれないから、ここに長居する理由にはない。それにとにかく早くサマンサに会わないと。その逸る気持ちを抑え、最優先として俺は先ほど購入した一般街地区にある家を見に行った。住所を片手に周囲を確認しながら、家を見つけた。ついでに俺の後を追ってきている奴もいないかと思ったが、誰もいなかった。いや、最初は気配を感じていたが、俺が素早く色んな方向へと移動しながらだったのでうまく捲けたようだ。こっちには猿の追跡を捲ける力があるんだ。舐めんなよ。


俺は家の前に立った。2階建ての小さな家だった。ドアは鍵がかかっていたのでもらった鍵で開錠し、中に入った。おそらく何年も誰も住んでいなかったのか、埃まみれで家具などは一つもない。ラミアさんの話によれば、昔3人家族が住んでいたとのことだが、その形跡は一切残っていない。まぁ、これぐらいの広さであればサマンサ一家もここで住めるだろう。


そう安心すると、俺は直ぐにスラム地区へと急いだ。サマンサの暮らしている家へと向かったが、突然、どうこの状況を説明しようかと頭を悩ませ始めた。


(そういえば、そもそもサマンサたちが俺のこの話を受け入れる保証もないしな。どうしようか。そこまで考えていなかったな。あまりに前のめりで話を進め過ぎたな。まぁ、なんとかなるだろう)


俺は突然不安感が心に押し寄せてきたが、この緊急事態だ。成るように成れ、と思い直し再び向かう足に力を入れ直した。


スラム地区の中に入ってきて、乱雑にして不規則に立ち並ぶ『家』とも言えない家々の間を抜けていった。しばらくすると、サマンサの家が見えてきた。板と布で作られた家だった。よくこの家にも遊びに来たな。


俺は入り口になっている布の部分を横に除けて、中に入った。


そこには、3人の影が項垂れるように座っていた。サマンサの家族だ。


一人の男性が座っている。サマンサのお父さん。貧相な風貌の中にも威厳を感じさせる父親だった。彼の顔にはしわが刻まれ髪は白くなりつつあるが、普段はその目には強さと決断力が宿っている。身のこなしは堂々としており言葉遣いは荒いが、優しさと安心を感じさせる家庭の柱だ。


しかし俺の目の前にいる、その父親は疲労困憊の様子を見せていた。普段の明るさは消え、肩を落とし、目は陰り、口角は下がっている。威厳に満ちた姿とは対照的に、今や彼の姿は打ちひしがれた絶望に満ちている。その表情からは今までの安心を与えるような自信は感じられない。家族に対する愛情や責任感が彼を支えているのだろうが、その中には無力感や焦燥感も交じり合っており、彼が直面する問題が彼の心身を蝕んでいることが容易に分かる。


その前には30代ほどの女性が座っていた。サマンサの母親だ。普段は愛らしさと優しさが溢れる若い母親の姿があった。彼女の顔には、疲れ知らずの笑顔が絶えず浮かび、その眼差しには家族への深い愛情が輝いている。髪は乱れていても、その柔らかな表情が家庭を温かく包み込んでいた。


普段は明朗快活で家族を明るくさせる彼女が、今はその片鱗も見せない様子がそこにあった。笑顔は消え、代わりにその顔には疲労と悲しみが重くのしかかっている。目には涙が宿り、口元は強張り、肩は前のめりに落ち込んでいる。


そして一番奥には肩を落とした一人の美少女が座っている。サマンサだ。


快活な13歳ぐらいの金髪の天真爛漫な美少女がそこにいた。普段の彼女の笑顔はまるで陽光のようで、周りの人々を明るく照らしている。彼女の瞳には輝きがあり、その笑顔には無邪気さと純真さが満ちている。金髪が風になびき、彼女の笑顔はまるで庭に咲く一輪の花のようだった。


そんな彼女も大きな絶望の淵に沈んでいた。従来の明るさは消え、代わりにその顔には暗い影がうっすらとかかっている。瞳には悲しみが宿り、笑顔は消え失せてしまった。彼女の姿からは、無力感と哀しみがにじみ出ている。従来の活発さや楽天的さが、今やその体から消え去ったかのように感じられる。彼女の心には深い傷が刻まれ、その重みが彼女を押し潰そうとしているようだ。


ノア「ちょっといいかな」


俺はその暗鬱な雰囲気の中、一歩踏み出た。


サマンサ父「どなただい・・・。あぁ、ノア君かい・・・」


ノア「こんにちは、お父さん。お母さんもサマンサも。今、どんな状況ですか?」


サマンサ父「ノア君・・・はっきり言って最悪の状況だ。私たち夫婦は商人ギルドの会員だ。その会員証で何とか市民街の知人の家に行くことはできたが、全く取り付く島もない対応だったよ。このままでは私たち一家は城壁外へ出て、近隣の都市へと移動せざるを得ない・・・。このスラム地区の人達が何人生き残るかと思うと・・・う・・・うぅぅうううぅぅ」


サマンサ母「お父さん・・・何とかしていきましょう。希望を捨てない限り・・・」


サマンサ「お母さん…お父さん・・・・・」


ノア「良かった・・・まだ間に合ったようですね」


とにかく最悪の状況にはないっていなかったようだ。俺の最悪の想定は既に自暴自棄になり、サマンサを誰か市民街の誰かに命の保証だけを約束してもらい奴隷として請け負ってもらうか、もしくは貴族への暴動を画策していたりしていたら、目も当てられない状況になっていた。そこまでは行っていなかったようだ。


本当に助かった。サマンサの一家が絶望に打ちひしがれて、まだ無気力の段階で留まっていて。


サマンサ「ノア・・・どういう・・・こと?」


ノア「サマンサ、お父さん、お母さん、これから俺が言うことをしっかりと聞いてほしい。いいでしょうか?」


サマンサ「どうしたの?何が・・・あったの?」


ノア「とにかく、落ち着いて聞いてほしい。分かった?」


サマンサと彼女の父母からは特に反応なく、静かに項垂れるのみだった。俺はできるだけ小さい声で三人に囁いた。


ノア「助かる算段がついた」


サマンサ一家「えっ?」


サマンサ一家全員、希望を失った泣きそうな目をしていたが、その目に薄っすらと光が戻ったように見える。


そして俺は家の真ん中の方に入っていき、3人の中心に移動した。そして、できるだけ家の中心に来るように手招きして頭を付き合わせた。


ノア「俺がどんなに手を広げても、救えるのはサマンサ一家の3人だけだ。これだけは分かってほしい」


サマンサ「ど、どういうことなの?詳しく教えて」


ノア「あぁ、今から説明する。とにかく信じられない話かもしれないが聞いてほしい。俺はさっき冒険者ランクをEまで上げて、一軒家を買ってきた」


「??」


3人は怪訝な目で俺を見つめてきた。それはそうだろう。年端も行かない子供が突然、街の中でもそれほど見られないような高ランク冒険者になり、大金を払わないと買えないような家を買ってきたというから、普通に信じろ、という方に無理がある。


ノア「これが家の鍵だ。それで、これが俺の冒険者タグ。ランクEと書いてあるだろ。そして、ここに金もある」


そして俺は3人の前に白金貨1枚を置いた。3人は驚愕のあまり叫び声を上げそうになったが、先ほどのノアの言葉を思い出して踏みとどまったようだ。皆、理解していたのだ、この白金貨は金貨100枚分の価値があり、このお金でサマンサ一家は救われることを。


ノア「ありがとう。はっきり言ってこの事実は、この辺りでは大事になる。間違いなく。この付近の人々にとってはもしかしたら、サマンサ一家だけが助かることに恨みを持つ連中もいるかもしれない。けども、俺にとっては知ったことじゃない。俺にとってサマンサ、それにお父さん、お母さんの方が大切だからだ。これで一緒にこれから暮らしたいと思う。いいかい?」


サマンサたちは茫然としていた。夢か幻か。いきなり子供から一緒に住もうと言われても、何と返事していいものかと思い悩んでいるのかもしれない。


サマンサは父母を順番に見て、頷いた。


サマンサ「ノア、本当にいいの?」


ノア「もちろんだ。もちろんだとも。けども、何も強制という訳じゃない。サマンサたちが違う方法でこの難局を脱するつもりなんだったら、俺はそれで構わない。サマンサたちが生きてさえいてくれたら、俺はそれで満足だ。けども俺と一緒に暮らすことでしか生き延びられる方法しかないなら、この方法を取ってほしい。俺はサマンサたちに生きていてほしいんだ」


サマンサ父「本当にいいのかい?ノア君が言っている通り、大事になると思う。私たちだけを救おうというのだ・・・。その時にノア君には大きな迷惑になるんじゃないかい?それにこれほどの事をしてもらうのはどうしてだい?」


俺はグッと気持ちを引き締めた。この件は必ず話の流れで来ることはわかっていた。ここが俺の覚悟を聞いている時だ。


俺は迷わず答えた。


ノア「大丈夫です。俺はランクEの冒険者ですからね。この街の中堅辺りの力を持っていると言っても大丈夫でしょう。そんな奴に挑んでくる奴は存在しないでしょう。どうして俺がサマンサ一家を救いたいか・・・それは単純ですよ」


俺は一瞬言葉に詰まったが、今までの思いの丈を吐き出す思いで言い切った。


「俺はサマンサが好きだからです。それ以上も以下もないです。サマンサ、一緒に暮らさないか?」


場の流れが止まった。


サマンサの父母ももちろん、俺の気持ちには気付いていたと思う。サマンサも分かっているだろう。この気持ちを今ここで言うかどうかは迷ったが、今言うのも後でも言うのも変わらないと思い、とにかく言ってしまえと思い告白した。


サマンサの父母は何と言えば良いか分からず、サマンサの方を見た。


サマンサは俺を見つめていた。そして突然サマンサの目からは一筋の涙が伝い落ちた。


サマンサ「ノア・・・本当にありがとう。嬉しいわ。私もノアとはそういう関係であればとずっと思っていたの。本当にありがとう。それに、こんなことまでしてくれて・・・どうやってあなたに、感謝を伝えればいいかわからないわ」


俺は内心、サマンサを抱きしめたくなる衝動に駆られたが、それを全力で食い止めた。俺はただ彼女の言葉に笑顔で応えた。


サマンサの父は、そうかそうか、と頷いて言った。


サマンサ父「ありがとう。本当に、ありがとう」


サマンサ母「ノア、あなたは私たち一家の命の恩人よ」


ノア「じゃあ、みんな了承ということで。とにかく一刻も早くここから出よう。不測の事態にもなり得ないから、ここに長く滞在することにマイナスはあってもプラスは一切ないよ。さぁ、荷物を持って行こう!」


そう俺はサマンサ一家を促して、持てる荷物などそれほどなかったようだが、あまり持って行かないように伝え、その『家』からサマンサ一家と共に逃げるように立ち去っていった。

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