第27話 異変3

【レオ視点】


俺とアリス、ロアは一旦、街の入り口付近に帰ってきた。他の仲間とじいと合流する為だ。


あの安らかな風が吹くタタン街も、今では殺伐とした異様な雰囲気に覆われている。このままいけば、俺たちはただ大虐殺を目の当たりにしながら何もしないで過ごすことになってしまう。


アリス「私たち、どうしたらいいのかしら」


ロア「このままではただ無為に人が死ぬだけだわ」


レオ「じいと話をしてみないといけないな。これほどの規模の殺戮だ。俺たちも何かできるがしたい・・・」


そう言い終わるか終わらないかで、フィンとヘレーネも門の前に戻ってきた2人も暗い顔をして帰ってきた。


レオ「2人は、市民街の方に行ってきたんだよな?どうだった?」


ヘレーネ「あそこはもう我関せずのような雰囲気だったわ。もともとスラム地区の人達に対して負の感情を持っているからね。何も考えていなかったわ」


フィン「無関心」


アリス「そ、そんな・・・。スラム地区の人達がどれほど苦しい思いをしているかわかっていないなんて・・・」


レオ「同じ人間とは思えないな。一つ壁を越えたら同じ人間の苦しみが感じられないなんてな・・・本当に呆れる」


ヘレーネ「全員が全員、悪感情を持っているわけではなさそうだわ。心配の声は聞こえてきた。けどそれだけ。何か自分たちで何かをする意志は全く感じられなかった。同情だけ。安全圏内の人間だからこその意識なのでしょうね」


レオ「そうか・・・救われないな、スラムもその市民たちも」


アリス「じ、じゃあ、スラム地区の人達はどうするの?」


ヘレーネ「今までのじいの言葉を借りるなら、『責任を持てるなら救え』でしょうね。私たちに数千人もの人たちの生き死にをどうにかできる力はないわ。私たちが救える命は、数人程度ね」


ロア「そうなのね・・・」


フィン「本当に残念」


レオ「確かにな・・・」


アリス「そ、そんな・・・そ、そうだ!!私たちが持っているお金を使えば!!」


ヘレーネ「仮に金貨10枚で一人の命が救えても、その後は何もできないわ。その人たちがこれからも人頭税を払い続ける財力はあるとは思えないわ。結局私たちが保護できるなら話は別だけど、保護できてもロアぐらいの覚悟がないと、私たちには匿えないわ」


アリス「そ、そうだ!ロア!ロアなら何か案はないかしら??」


ロア「ごめんなさい・・・私にも分からないわ。タタン街の貴族が何を考えているかも分からない。私が分かるのは、今このタタン街の数千人のスラムの人達をどうにかできる力は、正直誰にもないと思うわ」


ノア「いや!!一旦じいを待とう。じいなら名案があるのかもしれない。じいを待とう。多分、じいもそろそろここに戻ってきてもいい頃だと思う」


そう話しているとちょうど、じいも門前に帰ってきた。


じい「おう、お前たちもここに戻ってきていたか」


ノア「じい、この街の状況は最悪だ。市民街の連中も何もしようとしない。スラム地区の人達にこれから生き延びていく力はない。正直八方塞がりだ。俺たちに何ができるんだ?」


じい「お前たちもこの惨状を見てきたか・・・ここは本当に酷い。商人ギルドもひっくり返ったような騒ぎになっておるわい。スラムの人間の中にも商人ギルドにとって有用となるような人間もいるからのう。どう助けるかなどを話し合っておったわ」


アリス「それは救いね。じい、私たちに何かできる事はないの?」


じい「ワシたちにできる事は・・・残念ながら・・・ない」


ノア「それは嘘だろ、じい。そんな事はないはずだ!」


じい「ノア、お前もこの状況を誰よりも分かっているはずじゃ。金貨何十枚とも知れないお金を積めば何人は助かるじゃろうが、それは無理じゃ。もしワシ達の全ての財力を持ってすれば、何百人とは一時的には救えるじゃろうが、その後に来る『なぜお前たちはそんな大金を持っているのだ?』などの疑惑には答え切れん。もちろん、正規のルートでしか稼いできてはいるが、無用な疑念を持たれワシ達がトラブルに巻き込まれかねん」


ノア「けども・・・、絶対何かできることがあるじゃないのか?!じいなんて、とんでもない力を持っているじゃないか!?それを使えば、どうにでもなるはずじゃないか!?どうしてその力を使おうとしないんだ!?」


じい「昔からこの議論はし尽くしてきたじゃろ?ノア、お前がサマンサを救いたいならすれば良い。その代わり必ずその着地地点を明確にしておきなさい。サマンサをどうしたい?この街で暮らせるようにしたいのか?その方途は何があるのか?それをしっかりと分かった上で救える命を救っていくのじゃ。それが明確でないなら、その行為は逆に、サマンサにとっては仇となろう。ノアがせっかく親切心でしているのにも関わらず、逆に恨まれる結果にもなり得ん。分かるか?」


ノア「分かるが、俺にはそんなところまでは見通せない。教えてくれ、どうしたらいいんだ!?」


じい「それは自分で考えるしかない。ワシには何とも言えん」


ノア「くっ・・・。じゃあ、分かった・・・じいにもできないって言うなら、俺は俺でできることをする。それでいいんだろ?」


じい「もちろんじゃ。既にお前はワシの手を離れておる。10の年になれば、みな自分の道を歩むように言っておろう。ここにお前がいるのもいないのも、お前の自由じゃ。誰もお前の自由を束縛するものは何も無い」


ノア「分かった。じゃあ、俺の好きなようにする。じゃあな」


そう言って、ノアは足早に走り去っていった。


レオ「いいのか?行かせて」


じい「自分で考えて自分で動く。お前たちもどのように動くかはお前たちに任せる」


レオ「分かった。俺はノアと一緒に行ってくる。何かできることがあるなら何かしないと」

ヘレーナ「私も行くわ」

アリス「私も!!」

フィン「行く」

ロア「わ、私も!」


俺は他の仲間を連れ立ってノアの後を追って行った。後ろにいたじいは、とても優し気な眼差しで俺たちを見ていたような気がする。




レオ「待てよ。何をする気だ?ノアがどう動くかによって、俺たちも助けることもできるぞ。何か策はあるのか?」


アリス「そうよ、何かあるなら私たちにも言いなよ」


ヘレーネ「ノア、あなた何か考えはあるの?」


ロア「ノア」


ノア「いや、結局俺にはサマンサを救う手立てしか思いつかない。俺はサマンサを保護する。それだけだ」


レオ「それだと、サマンサのお父さん、お母さんも救わないといけないよな」


ノア「あぁ、分かっている。サマンサ一家全員に声をかけるよ」


ヘレーネ「それだと、気を付けないといけないのは、そのサマンサと仲の良い人たちや周囲の人達でしょうね。その人たちも、ノアの伝手を最後の希望として、助けを求めてくるわ。それはどうするの?」


ノア「力づくだな。俺は今から冒険者ギルドに行って、俺のランクを上げる。今までの討伐結果を見せて、今の俺のランクはEまで上げられるだろう。そのランクの人間に対して誰も文句は言えないだろう」


フィン「それでサマンサを守る・・・と」


ノア「そうだ。タタン街での市民権の獲得の為には、人頭税と家屋が必要だ。俺はこのランクEの階級があれば冒険者ギルドも家屋の購入を斡旋してくれるだろう。サマンサ一家ぐらいを匿えるぐらいの場所は確保できる。もし他の連中が来た時は、俺が説明するよ。俺が救えるのはサマンサ一家だけだ、ってな」


ヘレーネ「なるほどね」


ノア「正直どこまでできるかは分からんが、俺の力を見せれば下手な事をする奴はいないだろう」


レオ「じゃあ、もうノアは・・・」


ノア「そうだな。もうお前たちはお別れさ。そんな力のある俺とお前たちが一緒にいるのをみんなが見てしまえば、お前たちも同様に力がある存在と、周囲は認識するだろう。それはお前たちにとって絶対に良くない。俺はここで、サマンサと暮らすよ。これが俺の結論だ」


アリス「そうか・・・これが私たちがそれぞれの道を歩んでいくってことなのね」


ノア「なんだかんだ言って、じいの言う通りさ。誰かに言われた人生なんて歩めるもんじゃない。俺がサマンサを守って暮らせ、とじいに言われても、俺はそれを納得できないでいただろう。今俺は悩んで、俺が決めた。それが大切なんだと思う。じいとの時間は、俺たちにとっては宝の様な時間だった。時間が経てば経つほど、じいの言っている事が正しいと分かる」


ノアはフッと笑ったと思うと、こちらを向いて真剣な顔をした。


ノア「俺にとっての真の戦いは今だ。もう後には引き返せない。実力を隠すのはもう止めだ。だから大丈夫。俺がここの街の連中に負けないよ」


俺たちは何て言ったらいいかわからず、沈黙するしかなかった。


ノア「もうここら辺で構わない。魔道具を持ってこの力が付いたことにする。いつも通りさ。当面は身体能力強化のみでやっていくよ。そのうち火魔法を打ち出す魔道具が手に入ったら、魔法もそれとなく使うようにするよ。じゃあ、またな」


ノアは冒険者ギルドに向かって踵を返して走り去っていった。


俺たちはただ、その後ろ姿を見守ることしかできなかった。ノアは今まで鍛え抜いてきた全ての力を使って自分の大切な人を守る事を決めた。決められたノアは本当に凄い奴だと思う。自分の命の使い方を決められる人間は幸運だと思う。俺はまだ何をすべきなのかは、決められない。


「まだまだな、俺は」


ノアを見ていて俺は本当に背伸びをしようとしている格好つけた、ただの子供だな、と痛烈に感じる。ノアは一歩踏み出した。俺も何かに、ノアぐらい情熱を持って注ぎ込める時が来るのだろうか・・・。


俺は周りを見渡した。フィンもヘレーネもアリスも、神妙な面持ちでこちらを見ていた。おそらく皆、同じように思っているんじゃないだろうか。


ノアに対する尊敬と寂しさ、羨望と不安感。


俺たちも一歩踏み出さないと。







それから、俺たちは門の近くで佇んでいたじいの元に戻った。


じいは何か深い思索に入っているようで、じっと静かにどこか遠くを見ていた。俺たちが戻ってきたのに気付くと笑顔で迎えてくれた。


じい「行ったか?」


レオ「行ってしまったよ」


じい「子供の成長は早いものじゃ。お前たちも自分の思った通りに動いて構わないが、今のこの街の状況に関わる術はワシ達には無い、ということだけを言っておく。ノアぐらいの覚悟があれば話は別じゃが、中途半端な同情は相手を傷つけるだけにすぎん。それも今までお前たちに伝える通りじゃ」


ヘレーネ「分かってるわ。どれほど私たちが駆けずり回っても、救えない命はあるのでしょうね」


レオ「けども、俺はスラムの人達がむやみに警備兵なんかに殺されそうになるような状況を見たら、救わざるを得ない。むしろ、そんな人たちは救ってやりたいと思う」


アリス「そ、それは私も思ってた」


フィン「僕も」


レオ「俺は行ってくる。何ができるかなんて分からないし、とにかくスラムの人達の中で過ごしていくよ」


じい「分かった。ワシもワシでできることを探してくるわい」


ヘレーネ「ちょ、ちょっと。レオ待ってよ。私も行くからー!」

アリス「こういう時のレオはいつも速いからね」

フィン「じい、またね」

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