第26話 異変2
【へレーネ視点】
「確かこっちが市民街のはずね」
私はフィンと混乱する街の中を小走りで走りながら、市民街を目指した。
街は三層に分かれており、一般街地区、市民街地区、貴族街地区だ。それぞれが壁で隔たりがあり、一般街は低ランクの冒険者や傭兵たちが住み、そこには冒険者ギルド、傭兵ギルド、商人ギルドの支店がある。そして店屋が多く、武器や魔道具、食事できる店や屋台が並んでいる。一般街の住民たちが行く場所であるのだが、スラム地区はその一般街にある。
私も特に何も用事がなければ市民街に行く事はない。それぞれのギルドの支店もあるので、わざわざ入場料を払って、市民街に行く理由などないのだ。私は様々な人たちとの交流を、この一般街で行っている。この区分の理由は、もし魔物が街を襲撃した時に人の壁になるのがこの一般街地区の人々だろうと、私は感じている。どこまでも貴族たちを守るための構造になっているのが、このタタン街だ。
市民街に入る為には色々な方法がある。
市民権を持っている住民である事。
高ランク冒険者・傭兵である事。
商人ギルドのメンバーである事。
私は今、商人ギルドの見習いになっているので、よく市民街の中に入り、商品の売買や運搬に関わったりもしたので、じいが私に行けと言ったのはそういう意味だと思う。
フィンは私の付き添いとして来ればいいと思うので、何とか市民街の様子を見てみたい。
そう思っていると、市民街に入るための城門が見えてきた。人だかりになっている。もちろんスラム地区の人たちが中に入ろうと許可を求めているのだ。
こんな混乱が起こる事なんて考えれば分かる事なのに、本当におかしな事をする。最悪暴動にまで発展しえるのじゃないかしら。
市民街に入ろうと人々は必死の形相で衛兵に詰め寄っていた。
「俺を入らせてくれ!!俺の知り合いが中にいるんだ!」
「では、その知り合いにここまで来るように伝えろ!市民家のない者は市民街に入れない!」
「緊急なんだ!知り合いから連絡が来るのを待てるか!!」
「お前にとって緊急でも、市民にとって緊急でなければ緊急ではない!お前の基準で物事を考えるな!」
「ふざけるな!!こっちは生死がかかってるんだ!入らせろ!!」
「入らして下さい!!私の親戚が住んでいるんです!」
「その親戚を呼べ!!街外の人間は許可なくば入いれん!!出ていけ!!」
「お願いします!!!」
「帰れ!!!」
もうそこには普段の穏やかな雰囲気はなかった。阿鼻叫喚の地獄のような光景だった。
数十人もの門番が門前に立ち、その後ろには更に警備兵が立っていた。押し合う人々。それを押し返す門番たち。なんとか自分だけは入ろうと間をすり抜けようとする者もいるが、全員門番や警備兵により取り押さえられている。
人々は自分たちの力で無理やり入ろうとした所で、更に後ろの警備兵に止められるのが分かると、無理強いはできない。しかし自分たちの命、また家族の命が関わっていると思えば、簡単には引き下がる事は出来ない。
私たちはその横で、商人ギルドのメンバータグを見せて、入場の許可を求めた。
「お前のような小娘が何の用だ?」
「はい、私の主人より買い付けの用事を言い渡されておりして使用人と伺いました。どうぞ中に入らせていただけませんか?こちら、主人より預かっております。心ばかりでございますが」
と言って私は門番の手を握った。手には数枚の金貨が入っていた。
「商人ギルドか。この状況で大変だな。承知した。おい!2人入るぞ!」
「何でその娘が良くて、俺たちがダメなんだ!!娘さん、俺も一緒に入れないか!?」
「えーい、うるさい!許可があれば入れる!!許可をもらってこい!」
門番が暴力的になってしまえば、集団化した人々を下手に刺激してしまうと判断してか、言葉は荒いがまだ押し返すだけで手に持つ槍を手荒に扱う様子はない。
申し訳ないが私たちはこの一般街の様子を見に来ているのでここに留まるつもりはない。
焦る気持ちを抑えながら、街の中心にある子爵邸に足を向けながら、周囲の人々に注意を払いながら、私たちは歩いた。
「いや無理だ。人頭税が払えない」
「そこを何とか!何でもします」
「あなたを奴隷にすれば可能だが」
「奴隷!そんなバカな!」
「金を貸してください」
「あんたの娘を売れよ。高く売れるだろう」
「あんた、それでも同じ人間か!?」
「善意で世界を回っているとでも?」
「可哀想にね。一般街のスラム地区の人たちは大変ね。私たちに何かできないかしら」
「何も無いわ。子爵が決めた事ですからね。下手に関わると大変よ」
「そうね。けども本当に不憫だわ」
市民街の人々は同情はすれども対岸に火事として、スラム地区の人々の絶望的な状況を傍観するに止まっていた。誰も我が事として見る人々はいなかった。
私は周囲を見るが、ここには特段の混乱が起こっている訳ではない。皆、無関心に今の情勢を傍観しているだけに過ぎない。
「これでは誰もスラム地区の人たちが救われる事はないわね。思った以上に今のスラム地区の人たちの状況は絶望的な事が分かるわ。何とかしないと・・・。フィンはどう思う?」
「最悪。スラムの人たちにお金をばら撒いて人頭税を払えるようにするか、高ランクの冒険者か傭兵を雇って安全性を高めるかのどちらかな」
「フィン・・・、あなたも結構考えているのね。それに、あんまりそんなに話をしているところを聞いた事が無かったからビックリしたわ」
「そうかな」
「そうよ。とにかくまだ退去まで1週間って話だから、何ができるか考えましょう」
「そうだね」
そうして、私たちは市民街を歩きながらこのどうしようもない状況の解決策を考えていた。
印象としては市民街の人達はそれほど一般街で起こっている事に関心はなさそうだ。大変だ、可哀想だ、とは感想としては持っているようだが、では何かをする、という段になると口を閉ざす者が多い様に感じる。これでは一般街の人達は全て排除されることは確実になっていくだろう。
私もこの状況に関しては何とかしたい。しかし、あまりに関係者が多すぎる。スラム地区に住む人達の数は数知れない。数千人はいるだろう。彼らを全員救うなんて言うのは不可能だ・・・
そもそも何故こんなバカげたことをタタン街のアラン子爵はしようとしているのか。警備兵たちは、スラム地区の人達がこの街の治安を悪くしている、と言っているが、そもそも一般街と市民街の方は明確な区分けがされているのだから、タタン街全体に影響があるとは到底思えない。むしろ、タタン街全体の多くの汚い仕事を一般街の人達が担っているのだから、利益はあっても不利益があるとは思えない。
やはり子爵邸に行かないと分からないのか。
しかし、私には貴族街に行くことはできない。あそこの地域は貴族でしか入れないしな。
私はフィンと一緒に歩きながら、周囲の人々の躱す言葉に耳をそばだてながら、できるだけ状況の把握に努めようと努力していた。
【レオ視点】
俺たちはスラム地区の家の間を縫うようにして歩いていた。
人々がひしめき合いどこもかしも何かしらの議論がなされている。
「奴隷落ちすれば助かる」
「そんな・・・、人として生きていけないの?」
「人頭税さえ払えればなんとかなる」
「けども今までの分を全部払って言っているらしいぞ。金貨10枚ぐらいに相当するんじゃないのか?そんな金、誰も持っていないぞ」
「バーバラの所は市民の親戚に引き取ってもらったようだ。ラッキーだな」
「うちの子供たちだけでも引き取ってもらえないだろうか・・・」
「決起するべきか・・・自分たちの生きる場所は自分たちで勝ち取るべきだ・・・」
「無駄だよ。私たちの力で貴族には負ける」
「このまま犬死するのか?!」
「お金を集めて何人かを生き残らせるたらどうだろうか?」
「誰が誰を選ぶんだ?誰が納得するんだ?」
「じゃあ、どうするんだ!?全員死ぬぞ!」
「猶予は後1週間だ・・・この間に何とかしないと・・・」
「そもそももう死ぬような身だ・・・私はもう何をするべきか分からないわ」
そこかしこで、スラムの住民たちがどうするべきか頭を突き合わせ話し合っている。
彼らと同様、俺も何をすべきは全く分からない。
子爵の所へ行き抗議すべきか。警備兵たちを全て叩きのめしてスラム住民と共に戦うべきか。
いや、結局この数千もの人たちを救う手立てが俺にはない。おそらく、今の貴族連中を潰すことは可能かもしれないが、その後の街の運営や管理を俺たちでなんてできるわけがない。
俺にはただただ魔物を叩きのめす力と、自分だけが森で生き延びる力があるだけだ。多くの人達を救う手立てなんかはない。
悔しい・・・くそっ!一体、アラン子爵の奴は何がしたいんだ!
大人たちはもう既に意気消沈気味の人達が多かった。項垂れている者も多い。泣いている子供たちも多い。
行動を起こした後なのか、それとも何も行動を起こすつもりがそもそもないのか、住民たちの中には自分の家の中で疲れ果てて、途方に暮れる人々も散見された。
アリス「レオ、スラム地区の人達はどこに住むの?」
レオ「無いな。最悪、城壁外へ出るしか無いだろう」
ロア「そんなの、死ねと言っているの等しい行為よ。そんな馬鹿な事は止めないと大量虐殺になるわ」
レオ「そうだな・・・。俺にはアラン子爵の奴が何を目的に、今更スラム地区排斥をしているのか、全く理解ができない。どうしたら止められるか分からないが、話を聞いている分には、後1週間は猶予があるようだ。この期間、俺たちができることを考えよう」
そう言って、俺たちはスラム地区の家々の間を歩いていた。
【アラン子爵視点】
私はアラン・トリュ・ポワール子爵。1年前ほどに10代目ポワール家当主となり、タタン街を管轄する筆頭貴族となった。この街は遥か昔、ポワール子爵家の寄り親であるコーカス侯爵よりポワール家に下賎された栄誉ある街である。
ポワール家の栄光の歴史は、1代目のトーマス・ポワールが小さな男爵家として分家に生まれたところから始まる。トーマス・ポワールは、強い魔力を有する子供として生まれた。本人は生来、貴族らしい生活に馴染まなかったようで冒険者として転身し城壁外で活躍。今でもあり得ないが、自身で城壁を建築し、村を興したことがこのタタン街の起源となっている。
トーマスは城壁外で死にそうになった冒険者や傭兵、商人、旅人を助けるなどの人道的な行為を続け、トーマスに恩義を感じ村に移り住む人々の数が徐々に増えていった。伝手を使い魔力のある貴族を嫁として迎え、結婚。その子供たちは更に巨大な魔力を持っていった。3代目ポワールの時には、当時の周辺地域で戦争が起こり、大きな功績を残し当時のコーカス侯爵家から引き立ていただき、小さな村であるタタン村の管理を侯爵家からの下賎されたものとして、正式に認められた。
そこから4代目、5代目ポワールは周囲の貴族や冒険者、傭兵たちと協力して、周辺地域の安定を目指した。周辺の敵対する都市や魔物との戦闘に連戦連勝し、徐々にタタン村は驚異的な広がりを見せ、6代目で4万人程の人々を収容できる城壁を作り、拡大していったのだ。まさに驚異的と言っても過言ではない。
1代目のトーマス・ポワールが見出した魔力増強の方法である、強い魔力を持つ者とまぐわり、子を生す。生まれてきた子供たちはその親を超える魔力が備わっていた。トーマスは自分がしたように、その子供たちを冒険者にさせ争わして、最も成果を出した者をポワール家当主に据え、相続させていった。何十人もの子供たちがその過程で死んでいったが、そんなことに構うことなく、常に最強の子弟を見出し、ポワール家は繁栄の歴史を築いていったのだ。これがポワール家の伝統なのだ。
常に頭脳も肉体も精神も魔力も、その世代において最も強靭な者が当主の座を得る。私も幼少期より同様に傭兵として戦いの中に身を置き齢30歳となった昨年、10代目ポワール家当主となった。タタン街は確実に隆々と発展し、この地域では最強の貴族として君臨している。
ポワール家は歴代、コーカス侯爵様にお仕えし、コーカス侯爵様はセイント・レヴィン・コーカス様となっている。セイント様がこの度、我が領地であるタタン街に御親臨いただくことになった。何でもこの周辺地域における度重なる魔物暴走により、各城塞都市の魔石が大幅に欠乏している状況のようだ。
幸いにしてか、我がタタン街のみが魔物暴走の被害を受けることはなかった為、かなりの魔石の備蓄はある。コーカス侯爵御自ら主導され巡幸され、魔物暴走の原因の視察と、魔石の確保をされるとは、かなり切迫した状況であることが推察される。
私はこのタタン街にコーカス侯爵がご心配されるような余計なゴミようなスラム地区を駆逐せねばならないことに気付いた。あれは、何の生産性もないカス共が何の税金も払わないで、この街に悠々と安全な生活をしている。怒り心頭となる。
私はこれより2週間後にコーカス侯爵の御親臨の準備をしなければならない。一般街地区を一掃し、お見苦しものがないようにしたい。
一般街ではカス共が何か騒いでいるようだが関係ない。騒ぐ奴らは城壁外に叩き出してやればよい。生かされているだけの身分の奴らが自分の権利を求めるな。
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