第25話 異変

楽しく話をしながら俺たちは馬車が街に入っていくのを感じた。


しかし今日の街の雰囲気はいつも全く違っている。何故かそこら中で喧騒のようなものが聞こえてくるからだ。


レオ「なんだ?えらく騒々しいな。何があったんだ?」


へレーネ「さぁ?何が起こっているのかしら?」


俺たちは馬車から降りて街を右に左に忙しく動き回る人を1人捕まえて話を聞いた。


レオ「すいませんー。何かありました?」


街人「何があった?!そんな事も知らないのか!?タタン街の子爵がスラム地区を一掃すると宣言したんだ!」


レオ「スラム地区の一掃?何をバカなことを。どうして?」


街人「知らん、どうしてこんなことになっているかは。君らと話している余裕はない。私もどこかで街の人に引き取ってもらえないか交渉しないと!」


レオ「引き取ってもらう?交渉?一体何の話なんですか?」


街人「私も急いでいるんだ。違う人にでも聞いてくれ」


取り付くしまもなく、その街人はどこかへ走り去っていった。


俺は何がどうなっているのか、嫌な胸騒ぎを感じながら周囲を見渡すのみだった。


ヘレーネとアリス、フィン、ロアもそれぞれが街の人と話をして事情を聴いてきたようで、総合すると以下の様な状況らしい。


スラム地区の人達は全て、1週間後に別の街へと移動してもらう。

「スラム地区の人達」の定義は、この街の市民権の無い人たちの事を指す。

「市民権のある人たち」の定義は、この街から居住を認められた人たちのことを指す。

「居住が認められた」の定義は、人頭税を払う必要があり一般街であれば毎月一人に付き銀貨2枚、市民街であれば毎月一人に付き銀貨50枚。


レオ「なるほど。つまり今スラム地区の人達は、1週間以内に『居住を認められる』状態になっていないと街の外に追い出されてしまう、ということだな」


アリス「街の外って・・・それって絶対に生きていけないよね?」


フィン「虐殺行為」


そこに別ルートでタタン街に来たノアが焦った様子で俺たちと合流してきた。


ノア「一体、何なんだ!!??この街の雰囲気は!なんでこんなに騒然としているんだ?!」


そこで俺たちはノアに状況を伝えた。スラム地区の人達が街から追い出される状況に追いやられていることを。


ノア「ちょ・・・ちょっと待ってくれ。サマンサはスラム地区の住民だ・・・。彼女の状況はどうなっているか分かるか?」


レオ「いや、俺たちも今着いたばかりだから、普段俺たちが会っている奴らの状況はわからない。中にはスラム地区出身の子供たちもいるから、心配だ」


ノア「すまん。俺、様子を見てくる」


じいはこの逼迫した状況を見て、口を開いた。

「ノア待て。とにかく、今は情報があまりになさすぎる。ワシはこのまま商人ギルドへ行ってくる。今どんな対応をしているのか見てくるわい。ノア、レオ、アリス、ロア、お前たちはそのままスラム地区に行って、情報を集めてきなさい。ヘレーネ、フィンは市民街の様子を見てきなさい。市民街に入る為の城門には、おそらく陳情をする人たちで大混乱を起こしているかもしれん。おそらく貴族街には入れないじゃろうが、できるなら子爵邸に行ければ行ってみてくほしい。それぞれ情報が集まれば、いつもの宿舎に集まろうかのう。よいか?」


「「「「「了解」」」」」


ノアは今のじいの方向性が決まって直ぐに、スラム地区へ飛び出していった。


【ノア視点】


「レオ、アリス、ロア、俺はサマンサを探してくる。お前たちも知り合いの所へ行って状況を聞いてきてくれ」


「分かった」


(サマンサ・・・無事でいてくれ・・・)


俺はいつもの皆で遊んでいる広場に到着した。多くの人達がそこに集まっていた。よく見ると、皆スラム地区の住民の人達ばかりだ。見る限りサマンサはいない。


俺は近くの小さな子供に近付き話を聞いてみた。


「なぁ、お前大丈夫か?!」


「知らないよ!子爵の奴、俺たちに突然出て行けって!!じゃあ、俺たちはどこに行けばいいんだよ!街の外なんて死んでしまうのに!死ねって言うのか!!」


「そうだよな。お前の親はどうしているんだ?」


「今、市民街に行って俺たちを市民にしてくれる人はいないか探しているんだ。なぁ、俺はこれからどうなっていくんだ?なぁ、俺はこのまま死んでしまうのか?」


そう言って子供は泣き崩れていた。


「ごめん。俺には分からない。すまん。少し聞いていいか?」


「なんだよ」


「サマンサがどこにいるか知らないか?」


「そんなん知るわけないだろ!」


「そうだよな。すまん」


「う・・・うぅぅ・・・うぅぅぅ・・・」


胸に迫る苦しさを我慢して俺はスラム住民たちの間を縫うように走っていった。


(どこだ?サマンサ?どこにいる?確かこっちがサマンサの家があるところだった気がする・・・)


スラム地区の大きさは誰もよく分かっていない。街が200年前ほど前から存在しているが、街の建設当初から常に存在し、徐々に住民も増えていっている。


スラム地区は、親を亡くした子たちが寄り合う場。

冒険者が住む場所なく居ずく場。

傭兵崩れが辿り着く最後の地点。

犯罪者が逃げ込む隠れ家。

他の世界では生きられなくなった者たちが身を寄せる場。

病気や怪我を持ち、もう一般社会では住めなくなった者たちの受け入れる場。

自分たちが隠したいものがある時に誰にとがめられることなく捨てられる場。


人々は様々な階層、場所、経歴から集まっている。スラム地区に辿り着いた者たちがまずすることは、街中にある木や枝、草、レンガ、布などを手に入る物は全て集め、いつ潰れるともしれない小屋を自分たちで作って住み始めることだ。


大雨が降ったり嵐の時は最悪だ。多くの家屋が倒壊するのだ。その度に新たな家が誕生する。


その為、一体何人がスラム地区に住み、どれほどの規模で存在するのかはもう既に誰も把握しえなかった。4千世帯とも5千世帯とも言われている。この街自体が5万のほどの人口なのだから、かなりの規模を誇っていると言っていい。


そんなスラム地区の人々に希望は無かった。全ての人々が街の社会に打ちひしがれ、希望を無くした者たちが自然と社会を構成してタタン街の中に独自のコミュニティを形成したのだ。お互いの傷を舐め合うように生きている。


絶望に打ちのめされた子供たちは、暴力的な小集団を作り、自分たちの縄張りを聖域のように守っていた。


人生を悲観した大人たちは、自分の作った家屋で静かに死を待った。


このような社会の中でも、環境に負けずに生き生きとしている人たちもいた。


大人たちの中にも冒険者として経験値を上げてのし上がることを望む者たちもいた。お金を稼ぎこの生活から脱することを願う者たちもいた。


ある子供たちは将来は最強の傭兵になるのだと夢を語っていた。


比較的、子供たちはまだまだ希望を失っていないようである。死んだ目の子供は少ない。ほとんどの大人の目は死んだ獣のような眼はしているが。


俺はこんな劣悪な環境の中でも健気に生きるサマンサに惹かれてここにいる。何としてもサマンサだけでも救いたい。どうしたらいいかも分からないが、とにかく彼女を見つけ出すのが最優先だ。


「サマンサ!!」


サマンサの姿が見えて俺は慌てて駆け寄った。


「ノアー!」


サマンサもこちらを振り返り泣きそうな顔をしていた。


「大丈夫か?今どうなっている?」


「うん。今はお父さんとお母さんが市民街に行ってるの。そこで掛け合っているところよ。どこも必死で生き残れるように走り回っているわ」


「そうか・・・。上手くいきそうなのかな?」


「分からないわ。何とか市民権を得た、とかいう話はまだ聞いたことがないわ。後1週間しかないから」


「そうか。どうしてこんな事になったんだろう?」


「子爵の突然の意向らしいわ。何でも、私たちがこの街の治安を悪くしているとか言っているけど、そんなの言いがかりよ。確かに粗暴な人たちはいるけども・・・市民街に迷惑が掛かるようなことはなかったはずよ」


「そんな事を言っているのか・・・」


「私たちがもし居なくなったら、市民街も大変なことになるわ。多くの冒険者や傭兵の人たちもスラム地区に住んでいる人たちもいるわ。様々な街の仕事を担ってきたのがスラム地区の人たちよ。街の人がその恩恵を知らないはずがないわ」


「本当に間違っている。問題があるならスラム地区の排除よりスラム地区の環境の向上に眼を向けるべきなんだ。こんなことは間違っている」


「けども、もし貴族や兵士団が動けば私たちもひとたまりも無いわ」


「とにかく上手く行くように祈ろう。俺も、俺の仲間たちも今動いているから。サマンサ、とにかくこの街は今とても危険だから、無事でいてくれ。また来るよ」


「待って。直ぐにどこかに行かないで。もうちょっとここにいてほしいんだけど、ノアはいれるないかな・・・私、不安で・・・」


「分かった。もう少しいるよ。大丈夫だ。何とかなる。何とかなるよ」


「ありがとう、ノア」


俺はサマンサの家の中でサマンサの隣に座り、しばらくはここで事の推移を見守る事にした。

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