第24話 再びタタン街へ

「レ、レオ、は、速い。ちょっと、待、って!」


「おいおい、これぐらいの攻撃で速いとか言ってたら、まだまだだぜ」


俺は攻撃を仕掛けていた。右から大きなモーションで腕を振り抜きロアの顔面を狙った。


ロアは何とか動きを目で追いながら上体を前に折って下に逃げた。


「下に逃げるのはいいが目線を俺から外したら次の動きが見えないぞ!」


そう言って下からロアの顔面をカチあげるように前蹴りを放った。


スピードに付いて来れずに腕でガードをしたのだが・・・


「それは悪手だ」


俺はロアに当たっている足と逆の足で跳び上がり横蹴りをロアの側頭部に繰り出した。


ガン!!


ロアの側頭部にクリーンヒットしてロアは横に吹き飛んだ。


地面を転がってロアは地面に横たわりながら沈黙した。


「ロア、攻撃を受けてもまた次の攻撃を見ておかないと対処できないんだから、気を失っている場合じゃないぞ。死んでも意識は繋ぎ止めろ」


「そ・・・そんなこと言われても~」


ロアは泣きそうな顔で、こちらを見上げていた。






ロアが俺たちと生活を始めてから、早くも1年が経とうとしていた。


ロアは最初、今までの貴族の生活を捨てて、この何もない自給自足の森の生活に慣れるのに結構時間がかかった。何せ、何もないから、全て自分たちで何とかするしかない。寝床から食事、排泄、服、洗濯、などの全てを、何もない、この森の中でやるしかない。


俺たちはこの森で生きている。この森で一瞬の気の緩みは死に直結する。その為、俺たちは常に一緒にいながら、周囲の索敵を怠らず、一定の緊張感を保ちながら生きている。


俺は彼女の戦闘訓練の為にも、時々手合わせをしている。何せ今まで戦闘訓練も何もない生活をしていたお嬢様だ。魔力量が驚異のランクFぐらいあるからと言っても、まだまだ森の中での生活は厳しい。とにかく彼女の生存率を上げる為にも、今はロアの力を高めることに専念しないといけない。



「どうしてこんな生活を続けているの?」


ロアが最近聞いてきた。


疑問だったんだろう、こんな生活をしないで、街の中に溶け込み、人々と共に生きている方が余程安全な生活ができるだろう。


「人は魔物より怖いらしい。俺は直には知らないが、じいも若い時はかなりやられたって言ってた。俺たちが10歳までは、森で過ごせと言われている。10歳になれば、冒険者ギルドで冒険者としてそれぐらいまでいれば、世間の事も、生きていく術もできる。後は俺たち次第だ。ロアも嫌だったら、出て行ってもいいんだぜ」


「私は、レオの奴隷としてこれからも生きていくわ。あなたにしてもらった事は、返しても返しきれないわ。ちなみに、あなた達は実際の年齢は知らないんじゃないの?どうやって10歳と分かるの?」


「正直適当だ」


「そ、そうなのね・・・」


「俺たちは自分たちの親も知らない。物心ついた時からこの森だからな」


「そうだったわね。ごめんなさい」


「謝る必要はない。この世の中ではよくあることだ。じいに言われた年齢が俺たちの年齢さ。俺たちは全員1月1日生まれになっている。ノア以外は全員、今は8歳設定さ。ノアだけは今は11歳設定かな。ロアは今何歳だ?」


「私は今10歳かな」


「まぁ年齢なんてあまり意味がないものなんだろうが、年齢分だけこの世界で生きていられたという自分の努力の証拠のようなものだな。俺たちは本当によく頑張っているよ」


「たしかにね」


そんな他愛もない話をして、俺たちは日々の激闘を生き抜いていくのだった。






「ロアー!こっち来て私の髪を編んでくれない?」


「ロアー!ちょっとこのアクセサリー見てくれない?最近買ったんだけど、どんな服と合わせればいいかなー?」


「ロア、こっち来て、この料理、見て」


ロアは俺たちにとっては間違いなく無くてはならない存在になっていた。


戦闘能力に関してもまだ俺たちの動きには見劣りはするが、彼女の貴族としての経験値は俺たちにとって衝撃的なものばかりだった。


食事のマナー

調理方法(特に調味料!)

※俺たちは調味料を知らなかった・・・

都市で流行のファッション

都市の庶民文化と貴族文化の違い

貴族の義務

市民の義務

奴隷制度

騎士として生き方


など


基本的な事はじいから聞いてはいたが、それほど詳しくは聞いてはいなかった。今後生きてい上で、必要であればロアから教えてもらえた情報は得たのだろうが、まずは森での生存確率を上げることが先決であった為、俺たちはそれほど気にかけなかった。じいもそれほど話もしてこなかった。


しかし、普段からロアと訓練や狩りをして過ごす内に、彼女の身の上話を聞くことが多くあった。悲惨な生活環境を過ごしたこと。どれほど恨みを持っているのか。おそらく母親は既にこの世にはいないだろうこと。


聞いているとこちらも気持ちが暗くなるが、その段階が過ぎると貴族暮らしについて聞いたりもした。


「貴族は基本は市民を税の徴収対象として見てないわ。守る対象でもない。如何に殺さず細長く生かしていくか。反抗する気が起こらないように、武器や財力を削いでいく。こう父と継母は考えてたわ」


「それでも貴族の庇護の元で生きているのは、死ぬよりマシだな」


「それは考え方ね。私には耐えられないわ。市民は貴族の眼を気にしながら決して注意を引かず、邪魔をせず、反感を買わずに生きているわ。そうするうちに、支配されること自体が普通になってくるの。誰かが何かを全て決めていく。自分たちはただ生かされている存在。その中でも私の知り合いになった市民の方々は、健気に生きていたわ。希望を持って、この状況下でも僅かな幸福に満足しながら」


俺は眼を瞑りながら、被支配者の市民の生活に思いを寄せた。

「森の生活は自由だがあまりに悲惨だ。弱ければ死ぬ。市民の生活は生きられるが、人間の生活ではないな。虐げられるが生きられる。どちらが良いかはその人次第だな。問題は俺も誰も、自分たちの生き方を選べないのが問題だろうな」


ロアは眼を落とした。

「その通りね。生きた環境が、そのままその人の人生となっていく。これほど不平等な世界は無いわ」


アリスも何か胸を締め付けるような思いに駆られた。

「これほど人の思いを踏みにじる世界は、不幸しか生まないように思うわ」


じいは横から話に割り込むように入ってきた。

「まぁ拙速になることは青年の特徴じゃが、それほど悲観的になる事はない。大丈夫じゃ。ワシも今できることを考えておる」


ロアは笑顔になり、じいの言葉にうなづいた。

 「おっしゃる通りですね。とかく悲観的になってしまうのはとても悪いことです。どうしたらできるかを考える方がよっぽど価値的ですからね」


俺は立ち上がり、腰や足に付いた土と草を取り払った。

「さぁ行こう。タタン街に行こうぜ。今日もいっぱい魔物の素材があるからな。久し振り街の美味しい飯が食べたい」


皆はそうだな、と腰を浮かして出発する準備をし出した。


いつも通り、じいの従者として俺とアリスとフィンはじいの馬車に入った。


ノアは俺たちとの関係をあまり示さないようにした方がいいだろうと、ノアは判断したようで別ルートで街に向かうことになった。


へレーネはじいの従者としてではなく、一人の見習い商人としてじいの馬車に入っている。



「そう言えば1年ほど前にあった闘技祭はどうなったんだったっけ?」


俺は急に昔の出来事を思い出した。ロアと初めて会ったのも俺たちが闘技祭を見に行こうと思っていた道中だった。


へレーネは街にいることが多いので、街のことに関してへレーネかノアに聞くことが多い。


へレーネは少し眼を瞑り、記憶の底から情報を引き出そうと眉間に皺を寄せて答えた。

「えぇーとね。あれね。確か・・・、私推しのランクEのハーフエルフのサンダールが準優勝で、毛むくじゃらの獣人族のダンダークが優勝した、と思うわ。魔道具無しの拳闘会だもんのね。人族では魔道具や魔法無しでは勝ち目はないわね」


レオ「やはり強いんだな」


へレーネ「まぁかなりね」


フィン「僕たちならどうかな?」


へレーネ「そうね。お互い全力で制限ゼロなら・・・、分からないわ。あの人たちに関して分からないことが多過ぎるし」


フィン「たぶん戦闘条件にもよる」


レオ「獣人族は最終手段として獣化があるからな。身体能力が数十倍になるって聞いたことがある」


ロア「私もどこかで獣人族の奴隷の話を聞いたことがあるわ。確か今でも奴隷たちを戦わして楽しむための、貴族の闘技場があるらしいわ。そのほとんどは獣人族が奴隷として戦わされていたらしい。その闘技場は獣化を前提として作られていたようで、異様で大きいと聞いたことがあるわ」


アリス「獣化には何かしらの作用、反作用はあるのかな?一度戦ってみないと分からないね」


レオ「俺たちが将来、出遭うことなんてあるのかね~。あんまり想像がつかないけどな」


ヘレーネ「まぁ何でも想定はしておいていいとは思うわね。準備はし過ぎるぐらいでちょうどいいし」


アリス「そういえば、ロアもこの森での生活に馴染んだ?一緒に狩りをしたり山菜採取をしたり寝床を作ったりとか。街の生活と比べて実際どう?」


ロア「いえ。確かにきついことは間違いないけど、ルーガリアの時も結構きつかったから、まぁトントンね」


ヘレーネ「トントンって・・・森の生活ぐらいしんどい生活って何?」


アリス「けどもロアの魔力量は凄まじいよね。さすが貴族の血を引いてるだけのことはあるわ。たぶんもう私たちの3分の1ぐらいの魔力量を保持しているんじゃないかしら。ランクFかな?」


レオ「じい曰く、それが貴族の血の力だそうだ。魔力のある者が魔力のある者と交わり、子を成した時、その子供は2人の魔力量を引き継ぐ。そして、その子供が更に成人し魔力を豊富に持つ相手とまぐわえば、その子供は更に魔力量が増え続けていく。はぁ。これがこの貴族支配が絶対的な理由だよな。ロアを見ていて納得だ」


ロアには子爵への復讐心に燃えた感情が心の底流に流れている。何度も話を聞いたが、かなり悲惨な日々を送っていたようだ。子爵の子供であれば、いかに庶民の女と結婚したところでもある程度魔力は受け継ぐだろうが、ロアには全くなかった。否、誰か家の中の、彼女の家族の敵対勢力が密かに彼女の魔核を封じこめた。


子爵の落胆はいかばかりか、推して測るべしだな。


最後は殺されかけたが、今は平和(?)に暮らしている。あんな凄惨な生活をしていて、彼女が笑顔でいられるのは本当に奇跡的だろう。


そう思っているとロアがこちらを向いた。


「レオ、何を見ているの?」


キョトンとした感じで、頭を横に少し傾けて俺に聞いてくる。彼女がよくやる仕草だ。


「何でもないよ。ロアの実力は大したものだなーと思っていただけさ」


「何それ?」


ロアはふふふと笑いながら、俺の言葉に答えた。


だんだんと村に近付いてきていると、ふと俺はあの事をロアに言っておかないと思い出した。


レオ「なぁ、ロア、そういえば、俺とロアとの奴隷契約は既に解除しているからな」


ロア「えっ?!」


レオ「じいがそんな物騒なものしていたら、間違って隷属リングが起爆でもしたら大変だからって言って、俺に解除するように言ってきたんだ」


ロア「どうやって解除したの!?」


レオ「ロアが寝ている時に一度、ロアの付けている隷属リングに魔力を通してみたんだ。要は呪いの様な効果があっただけだった。その中にある魔石を内部から破壊したら効果は無くなったよ」


ロア「そ、そんな簡単に・・・。普通そんなことはできないって、商人ギルドでは聞いていたのに」


アリス「レオは規格外だからね、その点は」


レオ「まぁ、だからさ、これからはロア、君は君次第の人生を歩んでも構わないんだぜ」


ロア「け、けど・・・。もし私があなた達のことを周囲に知らせたらどうなるの?」


レオ「まぁ、その時は俺たちは貴族達に包囲されて、運が悪ければ生け捕りにあって、もっと強力な奴隷紋でも刻まれて、死ぬまでこき使われるだろうな。だから、頼むぜ、誰にも俺たちのことは言わないでくれよな」


ロア「そんな!?そんなリスクがあるなら止めてよ!!また私に奴隷リングを持たせて!」


レオ「ロア、この世界で一番大切なのは、信頼なんだ」


ロア「信頼?」


レオ「背中を託したい人間には、背中を見せるのが一番なんだよ。もしその時に後ろから刺されたりすれば、その時は自分の見る目がなかったと諦めるしかない。そこらへんは俺たちは潔いつもりかな」


ロア「そ、そんな・・・」


レオ「ロア、君はこの一年でとてつもなく強くなった。既に、俺たちと一対一でやり合えば、俺たちもかなり覚悟を持って君に臨まないといけないレベルまでいる。それに合わせて、君は理知的であり、貴族としての知識も持ち合わせている。この世界では間違いなく上位の人間に属するだろう。そこまで来た。それに、ここまでロアの事を知って、みんなロアが大好きになったのさ。奴隷なんて立場でいるなんてあり得ない。そう俺たちは話し合ったんだ。ロアとは信頼できる関係になりたい。もちろん、ロアのやりたいことも、俺たちの出来る範囲でサポートもしたいと思っている。俺たちはもう、仲間なのさ」


ロア「そんな・・・私なんかに・・・そんな風に思ってくれるなんて・・・。私はみんなに何も返してないわ・・・」


ヘレーネ「あなたは十分私たちに返してきてくれたわよ。あなたの色んな知識や見方には、私たちは大いに触発を受けたのは確かよ。ありがとうね」


アリス「ありがとうなのだ!」


フィン「感謝」


ロア「そ・・・そんな・・・みんな、ありがとう。私もまだまだだから、これからもよろしくね」


じいは後ろを見ながら、微笑ましく俺たちの会話を聞いていた。

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