第21話 ロアの決意

俺はタタン街に入る際には、門番に2人分の通行料の銀貨2枚を渡し、入街を許可された。


(こいつら、金貨3枚をじいからせしめたくせにな・・・)


服もボロボロで、また同様にボロボロの服の少女を腕に担いで入ろうとしている少年だ。不審がられたが、普段より顔見知りである、商人サリカの付き人だ。特に尋問されたり、別室に案内されることもなく、問題なく通してもらった。


さて、他の仲間も猿の一群から逃げ切れているだろうか。早く合流はしたいな。一体どこで何をしていることやら。


俺は周囲を見渡しながら、いつもの宿泊場へと向かっていった。まずはこの子をどこかに置いておいて、彼女の服を何とかしないと。ほとんど服装がボロボロになっているので、俺がどこからか奴隷の少女でも強奪してきたと疑われるかもしれない。いや、むしろ、周囲からは大差ない評価を受けていると思う。


俺はともかく宿泊施設に到着し、顔見知りの女将に声をかけた。


「こんにちは。女将さん、お久しぶりです」


「こんにちは。久方ぶりだね。たしか・・・レオだったかい?今日はサリカさんとは一緒じゃないんだね。その女の子は?ん?だ、大丈夫かい?あんたたち、服がボロボロだね。その子もかなり大変そうだね・・・」


「はい、僕もこの子も大丈夫です。少しここまで来るまでに、魔物から逃げまくっていまして。ははは。服がボロボロですが怪我などはありませんので、ご安心ください」


「それなら大丈夫だけど・・・、どうするんだい?ここに来たということは、ここに泊まるんだよね?」


「はい、そのつもりです。何泊かはさせてもらいますが、当面は3泊ほどさせてもらいますね。彼女と同部屋でお願いしたいので、2人部屋をお願いします。2人部屋であれば、たしか1泊2銀貨ですかね?6銀貨お渡しいたしますね。それと、私の仲間は分かりますかね?サリカさんの他の付き人たちです。それと冒険者のノアと商人見習のヘレーネです。ここには最近来ましたか?」


「いや、最近はこちらには顔を出してないね」


「そうですか・・・。もし顔を出してきましたら、俺が部屋にいることを伝えてもらってもよろしいでしょうか?」


「わかったよ。あんたはこれからどうするんだい?」


「しばらく、この街で過ごして冒険者ギルドか商人ギルドに行ってきます」


「他の子たちはどうしたんだい?逸れたのかい?」


「はい。残念ながら。私も彼らと合流したいのですが・・・。それではありがとうございました」


「お大事にね」


俺はいったん銀貨6枚を渡し、部屋にこもった。俺はゆっくりと彼女をベッドの上に横たえ、近くにあった椅子を引き、魔力収斂で視覚、聴覚を一瞬強化させ、周囲の気配に探索した。特に問題となるような気配は今のところは感じられない。しばらくは変な奴らを警戒しながら過ごすとするか。


とにかく、彼女が起きない事には動きようが無い。彼女を一人にして、何かがあったらそれは一大事なので、裸の状態ではないにしろ、服装ははっきり言ってボロボロだ。人前に出れる格好ではない。それは俺にも言えたことだが・・・。


俺は索敵を何度もしながら、眠りについた。魔力の一部を無意識下においても活性化させた状態で、体と意識は睡眠状態に入る。じいから叩き込まれた森の中での必須技能だと言われ、よくこの方法を使い、森の中で放り出されたっけ。それから皆と一緒に昼夜を分かたず動くことが通常なので、あまりこの方法は使わないが、今はこの方法を使い、この少女の護衛をしなければならないし、また他の仲間の状況も常に探しておきたい。


まどろみの中で、俺は今後の動きを考えながらこの少女の行く末を案じた。



【ロア視点】


私は夢の中にいた。


夢の中にいる自分が、今夢の中にいることを教えていた。


今、目の前で起こっている事は現実ではなく夢。


私の母は、屋敷で一人残り誰も決して近付かない地下牢へと追いやられていた。そこで拷問を受け、死に絶えている状態だった。


私は叫んだ。


「おかあさ――――ん!!おかあさ――――ん!!おかあさ――――ん!!おかあさ――――ん!!おかあさ――――ん!!」


私は涙した。決して声は届くことは無い。分かっている。これは夢だ。現実ではないかもしれない。しかし、私と弟に放たれた刺客を見れば容易に、残った母親に何が起こっているかは予想がつく。この夢は、私の奥底にある、否定してもしきれない現実を見せているのだろう。


私は逃げた。追ってくる恐怖の全てから逃げた。


私は、必死になって一緒に逃げているトリスタンの手を強く握り、走り続けた。


私がふと、気付くと、トリスタンは既に走らず、私の引っ張る手に引き摺られているに過ぎなかった。


「トリスタン!!起きて!!トリスタン!!寝ちゃダメ!!タタン街まで行けば何とかなるわ!!起きて!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


私は既にトリスタンが二度と起きることは無いことを知っているのにも関わらず、泣き叫びながらトリスタンを起こすことを全力で行った。


そんな私を後ろから追いかける不吉な影がいた。


ドン!!!


私は背中を押されて、はるか遠くへと飛ばされていった。


地面を転げ、その場で倒れ伏していると体が力で漲ってきた。


魔力だ!!!


私は本能的に力の根源を知っていた。私は走り続けたが、貧弱な魔力は使い尽され消え失せ、再び私は地に伏した。


自然と恐怖は消え失せ、そこに残るのは安心感だった。何故そのように感じるかは一切理解できないでいた。


私の手を引いてくれる者。

私の行くべき道を示してくれる者。

私の槍となり、盾となり、守ってくれる者。


そんな存在を身近に感じ、その安堵感を全身に感じながら私の眼は自然と開いた。




薄暗い部屋だった。


何故か私は布団の中で横たわっていた。


明確にここは私がいた子爵邸ではない。全ての調度品や部屋の内装がその判断を否定していた。市民の泊まるそれだ。


「こ・・・、ここは・・・?」


声がほとんど出ない。体は不思議と何の倦怠感も痛みもなく動いた。私は上半身を起こして周囲を見回した。


「やっと起きたか」


私はその薄暗い中、椅子に座りこちらを見ている双眸に気付き、緊張感が五体を貫いた。


「大丈夫だ。1週間あんたは眠り続けたが生き延びた。安心したよ」


「い、一週間!!??ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」


「落ち着いて。そこに水があるから、それを飲んでくれ。食事は今から俺が一階の食堂から持ってくるから、安心してくれ」

私は全ての疑問や心配などを脇に置き、近くにあった木製のコップを見つけ、中にあった液体を飲み干した。飲んだ感触は、たしかに水であったが、それがもし毒であっても、私は全て飲み干していただろう。それほどに私は脱水状態で乾き切っていた。


「・・・。毒の心配をされたらどうかと思ったが、まぁ、いいか」


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。ありがとう・・・ございます。あ、あなたはどなた様でしょうか?」


「俺の事は覚えていないか?猿の群れに襲われている時に、あんたを助けようって駆け寄った奴なんだが」


「え・・・あ・・、あの時の男の子!!あ、あなたが私をここまで運んでくれたのですか?」


「そうだ」


「ありがとうございます・・・。あなたは一体?」


「まぁその質問に答え始めると、時間がかなり要するから、あんたの体のこともあるからな。動けるか?」


「え・・?は、はい。大丈夫です。動けると思います」


「気を付けなよ。一週間も体を動かしていないと体が自分の思った以上に動けないもんだからな」


「ありがとうございます。たぶん大丈夫と思い・・・!」


そう言って、私はベッドから足を出して床に立とうとしたが、私の足は全く自重を支えることはなく、私はそのまま床に倒れそうになった。


「よっ」


私は倒れそうになる体を少年に受け止められた。普段より異性に触られることもない生活をしてたため、動揺して私の顔は真っ赤に火照ってしまった。


「な、ほらな。これが中々動かないもんなんだよ」


「あ・・・、あ・・・」


何と反応していいかもわからず、私は少年のなされるがままに体を持ち上げられ、ベッドに戻された。


「まぁ、一旦食事を持ってくるから、食べてから話そうか。少しは俺があんたを助けったっていう認識はあるんだったら、信頼はちょっとはあるのかな?」


「い、いえ、それより・・・、先に話を・・・」


ぐぅ~


はっきり言って最悪・・・はしたない女って思われてないかしら・・・


「まぁ、俺もここから直ぐに出て行かないし、飯も逃げない。ゆっくりと行こう。ちょっと待っててくれよな」


私はご飯よりこの場の状況の把握を優先したいと思ったが、自分の胃は私の体の状態に関しての理解が私自身よりも深かったようだ。


私は顔から火が出るぐらい恥ずかしい思いをしながら、この強烈な空腹感には贖えず、私は静かに首を少しだけ縦に振った。


「すいません・・・分かりました・・・ありがとう、ございます」


そう私が言うと、少年はニコっと微笑んで颯爽と部屋から出て行った。


私の記憶が正しければ、あの少年が私を窮地から救ってくれた恩人だ。しかも、彼の話だと、あの逃避行から1週間が経ったとのことだ。ここはどこだろう?無事にタタン街に着いたのだろうか?


少しでも状況を把握しておかないと。


まず、私は自分の体を確認することにした。


傷といった傷はなく、外傷はないようだ。四肢も欠損しているわけでもない。体内の内臓の損傷もないようなので、体中どこにも痛みは存在しない。


どうやら単純に1週間という長期間をベッドに横になって過ごしていたため、脚の筋力が自分の想像以上に落ちてしまい、イメージ通りに動かなかったのだと分かる。


たしか私の最後の記憶ではあの巨大な大猿の攻撃が直撃して、はるか遠くへ飛ばされたように思う。今、冷静に考えると、あの飛距離とあの強烈な衝撃であれば、確実に死ぬと思うのだが、このように生きている。しかも、外傷、内傷も全く無い。


一体、あの少年は何者なんだ???


私は少年を待っている間、彼の事に関して覚えている事をできる限り思い出そうと頭を絞った。


たしか、あの少年は商人の付き人と言っていた気がする。サリカじいの元とか言ってた・・・。


彼と一緒の方が生存率は上がると明確に言ってきたと思うけど、戦闘経験もあるのだろうか。


それに大猿に追い付かれ攻撃を受ける前に、衝撃に備えろ、と言ってた。ということは、彼にはあの衝撃を知っていた。どうして?もしかして、あの大猿と戦ったことがある?


それと、あの少年の魔道具は絶対に異常だ、と思う。あの衝撃でも生き残れる魔道具。周囲の魔力を索敵、感知できる魔道具。身体能力を上げる魔道具。私もそんなに魔道具を知っているわけじゃないけど、誰でも持っている魔道具じゃないというぐらいは分かる。


しかも、城壁外の草原に一人でいた・・・?いや、違う。彼が現れてから直ぐに別の方向から攻撃魔法が撃たれて、ほとんどの猿達がそちらに向かっていった。彼には仲間がいるってことかしら?


コンコン


時間が経つのも忘れ思考の渦に入り込んでいた。ドアのノックの音で現実に引き戻された。


「入っていいか?」


「は、はい。どうぞ」


少年は食事を乗せたお盆を持って入ってきた。


「魔力切れを起こした体はだいたい1日ぐらいは寝込む、とは聞いたことがある。体の疲労も考えると2~3日ぐらいかと思っていたが、おそらくあんたの精神的疲労もあったのだろうな。まさか1週間も目が醒めないとはな」


「お・・・、お世話になりました・・・助けていただいた恩人に聞くのもどうかとは思いますが・・・、貴方さまは一体・・・?」


「まぁ、積もる話は飯を食べてから話そう。まずはゆっくりと食べることに集中しな」


「は、はい。ありがとう、ございます」


私は眼の前に出された食事を見た。野菜と肉の入ったスープと固そうなパンだった。温かい飲み物も添えられていた。


「結構おいしいぜ。この宿の女将は料理が旨いっていうので人気があるんだ。パンをそのスープに浸して食べるんだ。全然悪くないぜ」


私はその言葉を聞いて、(あぁ、そうやって食べるのか)と合点がいき、言われた通りに食べ始めた。


「あ・・・、おいしい」


「貴族様の舌にもあって何よりだ」


「い、いえ。私は貴族と言われる程の者ではありません」


「そうか?服装も振る舞いも言葉遣いも、庶民のそれとは全く違うけどな」


「・・・」


私は彼の言葉に答える術を持たず、ただ沈黙をするのみだった。むしろ、『貴族』との単語に今までの越し方の全てが蘇り、自然と涙が眼に溢れてきた。


「すまない。何か深い事情があるんだな」


「・・・ぐすん・・・うぅぅぅ・・・」


私が涙に暮れていると、目の前の少年は「すまない。何か気に障ること言ったようだ」と言って、席を立ち私を一人にしてくれた。


私は悲しみに暮れながらもこのままではいけないことは、分かり過ぎるぐらい分かっている。しかし、どうしても前に進もうと思っても、生きる気力が湧いてこない。


深い深い悲哀が私の心の奥の奥の奥底にまで染み渡っていく。


心が落ちていく。


世界が黒く塗られていく。


孤独感が心を酷く苛んでいく。


もう生きていたくない・・・こんな孤独な世界で生き永らえる意味がない・・・


そのように心も思考も陥っている中で、命の奥底から湧き出てくる怒りの炎があることが分かる。


感じる。


知っている。


訴えかけてくる。


『お前はこのままでいいのか?』


『お前はあの連中をこのまま生かしていいのか?』


『お前は自らの生を支えた人々に報いるべきではないのか?』


『お前は自分の新たな力を使うべきではないのか?』


そうだ・・・そうなんだ。





魔力





私は使うことができるようになった。


奇跡だ。


運命か。


偶然か。


それとも必然か。


世を正せとの天命か・・・


それとも使命・・・


私は決して死ぬわけにはいかない。このまま何もしないでいるわけにはいかない。そうこの体は知ってしまっている。あの少年に見いだされ、かつてない力で私は草原を走れた。かつてない力の奔流を私の生命の奥から感じたのだ。


世界が変わった。


意識が変わった。


自由の翼を得たようだ。


そうだ・・・


私は自由になったのだ。


私自身に生きていいんだ。


あのおぞましい世界から脱することができた。


あの抑圧の鉄鎖から私は解放された。


だからこそ、私は死した者たちの遺志を継がねばならない。




気付けば、太陽は東天の空から空の最も高い位置になっていた。もうお昼になった。私は結局もらった食事を摂ったものの、あまりの疲れと虚脱感で寝てしまっていたようだった。


コンコン


「俺だ。入っていいか?」


「はい」


ドアのノックで目が醒め、レオの入室を受け入れた。


少年はまた食事を持って来てくれていた。なぜ私のような見ず知らずの子供に、こんなに甲斐甲斐しくお世話をしてくれるのだろうか。


そんな疑問が私の脳裏を掠めた。


「すいません。こんなにしていただいて。感謝の思いでいっぱいです。本当にありがとうございます」


「いいよ。あんたを救ったのは俺の責任というか義務の様なものさ。あんたがしっかりと生きていけることを確認できるまでは助けるよ」


「本当にありがとうございます。すいません。私の自己紹介が遅れました」


それから私はつらつらと今の自分がどこから来て何故ここにいるのかを少年に説明した。


名前はロア・フォルトン。フォルトン子爵城塞都市ルーガリアという都市で、フォルトン子爵当主の子供として生まれたが、妾の子として生まれたが為に魔力が一切使えなかった。また、一般庶民の母を持つ私は貴族の世界に溶け込めず、不遇の日々を送っていた。


家の中では女中たちにいじめられ、時には家に入れてもらえず納屋で過ごす時もあった。


フォルトン子爵家当主ガルフの在宅時は問題はなかったが、ガルフが在宅するなどは一年で数える程。正室のアマンダに脅されて、私たちは勇気を出して当主ガルフに生活改善を訴えることはできなかった。報復を恐れたのだ。


それでも何とか生き永らえていたある時、恐ろしい転機が訪れた。


無数の魔物が街を襲撃し出した時に恐ろしい計画が持ち上がったとの一報をいつも良くしてくれている女中から教えてもらった。それはこの混乱に乗じて妾である母、私、そして弟を魔物襲撃に見せかけて殺害しようとする計画。


私達の境遇に心痛めていた人たちの助言と案内と護衛により、別の街へと逃げる事にした。しかし、残念ながらランクCの大猿の一群に捉まり全滅の危機に瀕した。そんな中、あなたに救われた、という顛末。


目の前の少年は真剣な眼差しで私の眼を射抜いて言った。


「悲惨だな」


「・・・はい。もう私には天涯孤独の身となりました。フォルトン家とも縁が切れたでしょう。私がどのような扱いになっているかはだいたい想像はつきますが、酷い言われようだと思います。既に死んだ事になっているでしょう」


「そうか・・・」


「しかし私には一つの希望が見えているのです。実は私は今まで魔力が使えないと思っていたのですが、この逃避行の中で魔力が突然使えるようになりました。レオさんに教えてもらったことです。これを使い、私は・・・私は・・・」


「どう使いたいんだ?」


「フォルトン子爵家に・・・報いを受けさせてたいです」


少年は何も答えなかった。俯いたままの私は、暗い表情で俯き続けた。


少年は、ふぅ、と一息を突き「復讐、か」と呟いたのが私の耳に聞こえた。


「笑っていただいてもいいです。見下していただいてもいいです。無意味と仰られたとしても、私は構いません。けども、私にはそれしか・・・、それしか残されていないのです」


「・・・」


私はワナワナと体を震わせながら精一杯の気力を振り絞って語り続けた。


「私にとって最も大切な弟は死にました。殺されました。草原での出来事なので、もうその遺体を見つける事も不可能でしょう。一人で足止めの為に屋敷に残られたお母様も、おそらく死んでいるでしょう。私だけがのうのうとここで生きている訳にはいかないのです。レオさんに助けてもらった、この命。多くの人のおかげで生き残った、この命。あの腐った子爵家の奴らに、これ以上不幸な人を出させない為にも、私はこの命と魔力を使い復讐がしたいです」


「俺はあんたの行動を良いとも悪いとも言わないし、思わない。ただ、あんたにはこの街の孤児院で引き取られて、そういう世界から縁遠い生活をすることも可能だ、とは言ってあげたいかな。血なまぐさいそんな世界に入るよりも、そっちの生活の方がよっぽどあんたは幸せになると思うぜ?そのように俺としては話を勧めたいと思っていたのだが・・・」


私は静かに首を横に振り、顔を上げてレオさんを直視した。


「お気遣い大変にありがとうございます。私にはあの子爵家が存在しているだけで、心休まる日は来ないと思います。あの子爵家はまだ私を狙っている可能性もありますし」


「可能性ね・・・」


「レオさん、私を助けていただけませんか?あなたなら何かご存知ではないでしょうか?魔力の存在を教えてくれたのはレオさんでした。どうか魔力の使い方を教えていただけませんか・・・?」


「俺には無理だ。使えていたら、そもそも俺は魔道具を使っていないしな」


「そう・・・でしたね。で、では、あっ!レオ様のご主人様である、サリカ様!サリカ様であれば、ご存知ではないのでしょうか?!」


「じいか・・・んんん・・・・。申し訳ないが、あんたをじいには会わせられない」


「どうしてですか?!」


「俺たちの身が危険になるからだ。じいは俺たちにとって最も大切な存在だ。じいにあんたを会わせることで、じいに何かあるかもしれないし、じいの情報や居場所、また俺たちの様々な情報が外部に洩れる可能性がある。この世界ではそれだけで死ぬリスクにつながるんだ。できる限り、そういう個人的なつながりは付けないようにするのが、俺たちのやり方なんだ。すまないな」


「私は皆さんの事は絶対にしゃべりません!」


「その保証がない。脅されたらどうする?拉致されたらどうする?拷問されたらどうする?悪いことは言わない。その代わり、孤児院には話をつけておいてやるからさ」


「そ、そこをどうか!信じてください!」


「これは信じる信じないの話じゃない。俺たちの生活の安全保障の話なんだ。あんたの境遇には同情する。しかし、実際の所、あんたのその話がどこまで本当なのか、俺には判断がつかないだろ?また本当だとして、そのフォルトン家には、あんたを支援する人たちもいるんだ。その人たちとまだ繋がっている場合、俺の事やじいの事もその子爵家に伝わる可能性も有り得る。俺たちこの世界で生き残るための自分たちの力を過信していない」


「そうですか・・・つまり、私の事が信用できない、ということですか?だから、サリカ様には繋いでいただけない、と」


「平たく言うとそうなるな」


「・・・分かりました・・・」


「えーと、あんたの名前はロアだったよな。ロア、復讐に意味がない、なんて陳腐な言葉は吐かない。それが、ロアの生きる気力になっているならいいとは思う。それは横に置いておいたとしても、しかし、聞いている限りそのフォルトン子爵家はかなり強大だと思うぞ。いくらロアの力が強くなったところで、どうしようもないんじゃないかな?」


「・・・」


「だから、冷静に考えてみて、俺はやめた方がいいと思う。大人しくこの街の孤児院で過ごした方が長生きするぜ」


「・・・私はあなたの奴隷になります」


「はい?」


「私をレオ様の奴隷にしてください」


「いや、何故そうなる?待て待て待て。すまない。話の展開に追い付けない」


「いえ、これは私なりの覚悟を示すものです。つまり、レオ様は私の事が信用できないから、サリカ様に会わせられない、と仰りました。確かに私には何一つレオ様の信用を得る方法を持っていません。私が唯一、信用を得る方法は、私自身をあなたの捧げる以外にない、と思いました」


「だから、奴隷、か。極端だな」


「今から一緒に商人ギルドに行っていただけませんか?そこで手続きをさせてください。私自身を売ってお金にしてそのお金で隷属の首輪を購入し、所有者をレオ様にいたします。それで私のことも信用していただけるのではないでしょうか?」


「待て。俺はロアを奴隷にする事を受け入れない。ロアはせっかく生き延びたんだろ?自由になったんだから、自分の自由を放棄するようなことをすべきじゃない」


「いえ、私の決意は変わりません。私はレオ様の奴隷になります」


その後は5,6回の押し問答の末、レオ様は少し譲歩をしてくれました。


「・・・ロアの決意は分かった。もう奴隷じゃなくていいから。じいには話をしてみるよ」


私はパッと明るい顔になり、「ありがとうございます!!」と自然と声に出ていた。


「俺はちょっとじいと連絡が取れるか確認をしてくるから、絶対に部屋から出ないようにな」


そう言って、レオ様は部屋から出て行かれた。


私はレオ様が部屋から出て行く背中を見て、復讐への道を一歩踏み出たことを一安心してため息を付いたのでした。

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