第18話 ロア・フォルトン3

「いけーー!!」


護衛兵士たちはトリスタンとロアを連れて走り出した。


その後ろからはまだ誰も追いかけてこない。護衛兵士の1人ロイが捜索部隊と対峙し足止めをしているからだ。ロイの槍術は、護衛兵達の中でも屈指の実力だ。そこらの兵士などなら相手にならないはずだ。


そう信じて、他の護衛兵士たちは城門まで辿り着いた。攻防戦が激化している城門外へ出ることは普段であれば多くの手順を丁寧に踏んでいかなければならない。そして、今はまさに緊急事態。多勢の魔物が押し寄せているのだ。城門には防衛線が引かれていた。


しかし、その中でも護衛兵士たちは城門外に出ることを目指し、城門を守っている兵士たちに声をかけた。


「すまない。城門外へ行くことは可能か?この都市から脱出したいのだが?」


「お前達は馬鹿か!ふざけるな!こんな中で城門外に出れば死ににいくようなものだぞ!」


護衛兵士たちは自分たちが着ている鎧に刻まれているフォルトン子爵直属兵の証明である紋章を指さして言った。


「この紋章がその証拠だ。君たちには関係のないことだ。これには事情があるが、今ここでそれを君たちに説明している暇はない。我々は大丈夫だ。この魔物の中であっても、生き残る手立ての準備はある。見くびらないでもらおう。すまないが、これ以上話す時間はない。ここを通らせてもらう」


「し、失礼いたしました!」


「うむ。大丈夫だ。ではここでの防衛線をよろしく頼む」


その紋章は、この城塞都市の最高権力者であるフォルトン子爵当主ガルフの直属の兵士団であることを示すものであり、この状況下においては、指示があれば従わなければならない立場であることを示していた。


「し・・・、しかし、現在の状況下におきまして、城門を開けることは不可能です。開ければ魔物が押し寄せてくる可能がありますので・・・。申し訳ありませんが、この門は開けることはできかねます・・・。こ、この都市の人々を危機にさらす結果となえますので・・・」


「そうか。確かにな。承知した。では城壁の上に出たい。案内してくれ」


「は、はい。しょ、承知いたしました・・・」


この緊急事態に不可解なと思いながら、そのように了解し、対応していた兵士は、子爵直属兵士たちを城壁の上へと案内した。


そう言って、護衛兵士たちは2人の幼子を連れて犇めく魔物を見下ろせる、城壁の上に出た。


目の前に広がる光景は地獄絵図であった。


数えきれない大蛇が城壁に体当たりをして、城壁を破壊しようとしていた。


無数の猿達が自分の群れに指示をして城壁を飛び越えるように一塊となって突進してきた。


数限りない大トカゲが地を這いながら城壁に激突する。


他にも魔物たちが大群となって西門へと突撃をかけていた。


圧倒的な物量で襲撃を続ける魔物たちは城壁に激突するたびに、城壁に埋め込まれている魔道具が発動し、スタン状態に陥っている魔物や魔力が吸い取られ地に伏せる魔物たちなどが続出していた。城壁上の兵士や傭兵、冒険者たちは、弱体化された魔物たちを様々な攻撃で狙撃しながら一体一体屠っていっていた。


テオは、城壁上から魔物の大群を見下ろした。横を見ると、城壁上から投石や弓矢を身体能力強化した力で、轟音を立てて魔物に激突し、城壁に埋め込まれた魔道具から出る魔法攻撃が大きな波のように浮かび上がり、押し寄せる魔物の突撃を薙ぎ払っていた。


大嵐が目の前で発生しては消えていった。


魔物たちからは毒液や巨大な岩や木が高速で投げ込まれ、城壁上の兵士たちは吹き飛ばされていた。そして鳥型の魔物が上空から降りかかって城壁の兵士たちをはるか上空へ連れ去り落としていった。


そこら中に死体の兵士たちと魔物が転がり、無数の死が目の前で繰り広げられているような光景であった。


「あの辺りが魔物が手薄になっている箇所のようだ。行こうか。ここを突破できれば何とか生き残れる」


護衛兵士たちは一瞬はこの魔物の群れを突破するのにたじろいだが、この絶体絶命の危機を乗り越える為に決意を固めた。


「アーマープロテクション!!!」

「ハードソリッド!!」

「タートルクラッチ!!」


護衛兵士たちは自分たちの持つ魔道具を起動させ、ロアとトリスタンを中心として、半円形の球体を出現させた。これらの魔道具は全て、防御に特化した性質を持ち、どんな攻撃があっても跳ね返すことができる。


「いくぞ!!転移!!」


転移魔道具を起動させ、一瞬で護衛兵士とロアとトリスタンは城壁から消えた。


次に現れたのは、魔物の群れの真ん中だった。


周囲の魔物は新たな獲物が来たと判断し一斉に襲い掛かってきた。


ガン!!バキ!!ドン!!ガチャ!!グチャ!!ボン!!


そして、追撃を大蛇が放ってきた。とぐろを巻いて防御壁を囲い、強烈な圧で潰しに掛かってきた。


グググググ!!!!


その中でも冷静に護衛兵たちは状況を見極めた。「行けるか!?」


「あぁ、大丈夫だ!もう少しで転移魔道具の充填される」


再び転移魔法陣が光り出した。「転移!!」


次に現れた先も魔物の群れの中であったが、防御壁を保ちながら何度も転移を繰り返した。


とうとう群れの外側まで転移できた。後は、ここから走り切るだけ。


そう判断した護衛兵たちは、ロアとトリスタンを必死の形相で見た。


「後は走り切るだけです。走りましょう!!」


ロアは衰弱するトリスタンを見て、キッと何もない平原を見て走り出した。


護衛兵たちも群れを突破して、トリスタンを交替で背負いながらただ必死に走り続けた。


「トリスタン!大丈夫!?」


トリスタンはもう既に返事をしない程であった。死んでいるのか生きているのか。


「トリスターン!!!!」


トリスタンはうっすらと目を開けて生きている事を虚ろな目で答えた。


「早く!!早く街で治療を!!」


「分かっています!ロア様、失礼!!」


そう言うと、一人の護衛兵がロアを肩に乗せて走り出した。


少女が並走するよりも身体能力を強化した護衛兵たちだけで走る方が格段にスピードがあるのだ。


(こ・・・これで助かるの・・・?)


そう思った次の瞬間、隣の森から猿たちが現れた。


「さ・・・さる!!!???」


一瞬で、後方の護衛兵の1人が、十数匹という猿に食い殺されていた。


「ギャ!!ギョ!ギュ!!」


護衛兵からは全く普段聞きなれない音が漏れていた。足が捥げられ、体内の内臓をまだ意識のある中にも関わらず強引に引きづり出し食べ出されていた。


「おぉ・・・おぇぇぇえええぇ」


次々に護衛兵が横の森から飛び出してきた猿達の群れの波に飲まれ蹂躙されていった。


気付けば残ったのはロアを運ぶ護衛兵のみだった。


ロアは思わず胃の中の内容物を吐き出し、目の前の凄惨で非現実的な状況を目の当たりにして、もう既に逃げる気力も生きる気力も失っていた。


(あ・・・、私は・・・もうダメみたい・・・。トリスタン・・・あなただけを独りぼっちにしないわ。私も直ぐに行くからね)


ゆっくりと近づいていくる猿達。もう既に他の護衛兵たちは肉塊と化し、骨という骨はむしゃぶりつかれていて原型を留めてはいなかった。


ロアの目にはもう生きる気力は残っていなかった。ぼんやりと猿たちを眺め、まるで自分自身を上空から見下ろしているかのような感覚で、事態の推移を客観的に見ていた。


(あの猿は何か笑っているようだわ。この状況を楽しんでいるのかしら。本当に理不尽で残酷ね、この世界は。どんなに一生懸命に生きても、どんなに正しい事をしようとしても、結局は力に屈する以外にない。こんな世界からは早く脱出したいわ)


猿は超高速で距離を詰めてくる。グッと膝を曲げたように思えた。


そして最後に自分を運んでいる護衛兵の足を捉え、ロアは地面を転がった。


「お逃げ下さい!!!私がここであしどべぼ・・・」


一瞬で目の前の護衛兵は、猿に首を折られ胴体を上下二つに切られ、絶命した。


(一気に襲ってくるね。私もあの大きな爪で引き裂かれて死ぬのかしら。痛いのは嫌だわ。いっその事一思いに喉元あたりを切り裂いて痛みのないようにしてほしいわ・・・)


ロアは目を瞑って自身の終焉の時を待った。


ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!


耳元には猿達が近付いてくる音が大きくなっていく。


(もう終わりかな・・・)


しばらく待つが、終わりの時はまだ来ない。まだ意識もある。どれだけ待っていても、その終わりの時が来ない。


その時


「なぁ、生きたいか?死にたいか?」


目の前に、同じくらいの年代の男の子が1人佇んでいた。


不思議な光景だった。


本来はそこにいるはずの猿は全て叩き伏せられていた。頭は潰されている猿もいれば、下半身が無くなり既に絶命している。胸部に大きな穴が空き死に絶えているモノもある。


(何が起こったの?一体何が起こったの?この子が・・・やったの?)


「おい、あまり時間がない。あんたの意思を確認したい。生きたいか、死にたいか、どっちだ?生きたいなら全力で守る。死にたいなら、このままにしておく。どうする?」


「わ・・・私は・・・」


「早くしろ。俺も早くこの場から逃げないとあの魔物たちに殺される」


「わ・・・・、私は・・・・、いぎだい」


「分かった。じゃあ俺に掴まれ。死ぬかもしれんが、まだ生きる確率は俺といる方が高いからな」


「え・・・きゃっ!!!!」


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