第16話 ロア・フォルトン1

【少女目線】


「はぁ!はぁ!はぁ!」


私たちは子爵家から逃げ出し、何とかタタン街の近くまで来ることができた。あんな場所で死ぬのは嫌だ。


私はロア・フォルトン。フォルトン子爵の7番目の子供。フォルトン子爵当主・ガルフと妾のユリアとの間に生まれたのが、私だ。父には正妻のアマンダとその子供たちがいる。貴族が側室を取るのは珍しいことではない。しかし問題は、私の母ユリアはただの市民であったということだ。魔力がない。そのせいで私にも魔力が備わらなかった。私の弟トリスタンも同様だった。このまま市井に下ればいいものを、父のガルフがそれを良しとはしなかった。


「私が孕ました女だ。この子供達も私の子だ。だから、私が責任を持つ」


と父ガルフは言った。父の発言の聞こえはいいが、そのせいで私たちには地獄の日々が待っていた。側室であったとしても、元庶民が貴族の住む世界に入り込めるわけがなかったのだ。教養が違う。文化が違う。思想が違う。生き方が違う。魔力がない。全てが違う中、私は幼心から、なぜ私は兄姉たちから毛嫌いされイジメられるのかを理解できなかった。私の母ともう1人の母が存在することが分かってきて、そのもう1人の母が偉く、私の母は下であると。その事は日々の私の母、兄、私たちへの扱いで否が応でも 自覚せざるを得なかった。


住む家は同じでありながら、行動範囲は極度に制限された。正室の人々と側室の食事の場所は違った。移動できる場所や居間、寝室などは屋敷の端の棟に押しやられ、屋敷内を自由に移動することを禁止されていた。


しかし、それらは父ガルフが家にいれば全ては平等に扱われた。私たちも同じ場所で食事をするのだが、この異常な仕打ちを当主の父ガルフは気付くことは無かった。父はこの世界で生き抜く上で、自身の子爵領の防衛から経済、王族からの指示、他貴族の折衝、ギルドとの意見調整から市民生活の維持など、対応する事案は無限にあった。故にガルフが家にいる事は殆どなかったのだ。半年に2、3度あればいい方で、家の切り盛りは基本、正妻のアマンダが取り仕切っていた。


不遇な生活を強いられていたため、私の母は心身共に弱り果てており、母は病床に伏す事が多かった。


ガルフのいない家は地獄であった。メイドと同様もしくはそれ以下の生活を強いられ、時には納屋で眠ることなど日常茶飯事。外での農地耕作を言い渡され、夜遅く農作業から帰ってきたら家の鍵を閉められ、家に入れないのだ。メイド達も同じ庶民階級であるので同情的な心情を私たちに向け、助けの手を差し伸べようとするも、それはアマンダの息のかかった貴族専属のメイドたちにより厳しく制限された。


細く長く生かす。


殺してしまえば、父ガルフがアマンダを監督不届で厳しく叱責する事は目に見えていた。だから、私たちはギリギリ生きられらる、決して死なない程度の抑圧された生活を強いられていた。


しかし、その状況が一挙に変わる機会が来た。


魔物の暴走だ。


突如、多量の魔物の襲撃を経験したフォルトン子爵城塞都市ルーガリアは、戦時体制へと移行し襲撃に応戦した。


巨大な猿、トカゲ、鳥、蛇、ゴブリン、オークなどの魔物の大群が突如、城塞都市ルーガリアを突貫してきた。


一挙に大混乱となったルーガリアは、都市内の市民、冒険者ギルド、傭兵ギルド、貴族たち、子爵直属兵士部隊が総動員になり応戦した。


巨大な鳥が襲来し、それらと共に翼を持つ人型の魔物も襲来した。


子爵屋敷を襲って来た魔物達を、魔力のある貴族達は軽く屠っていくのだが、その時、悪魔的考えがアマンダの脳裏を過った。


(待って・・・これを使って、下賤の奴らを一緒に片付けられたら・・・)


城塞都市ルーガリアは大混乱だ。当主ガルフは最前線で指揮を執っている。この屋敷への注意はない。襲撃していた事実は周知の事実。この機を逃す手はない。襲撃の中で、不幸にもあの母子たちが襲われたとしたら・・・。そして、アマンダは兵士たちにユリア母子の捜索を指示した。




「奥様、どうかお逃げ下さい」


この屋敷に長く居れば、ユリアたちを味方してくれる人たちもできる。ユリアたちの立場を不憫に思うメイド達と兵士たちが屋敷内の異変に勘付き、ユリア達に進言したのだ。


不穏な雰囲気をいち早く嗅ぎ取ったユリアも、我が子トリスタンとロアを信頼する騎士達に託した。即座にこの屋敷から逃げるように伝えたが、自分は屋敷に残ると言った。


「いやです!私は母様とも一緒に行きます!」


「私の体ではどこかへ移動することは叶いません。テオ、お願いします。トリスタンとロアを安全な所へ」


「承知いたしました、奥様」


「そ、そんな・・・」


「ロア、まだ私がここに残る方が生き残る可能性は高いのです。分かりなさい。そうだ、このネックレス。ロア、あなたに渡すわ。これはヒヒイロノカネで作られたネックレスです。これはフォルトン子爵家を証明するものにもなるでしょう。何かあったら使いなさい。テオ、みなさん、後はお願いします。」


そう言って、母は私に糸状の精巧な刺繍のされた細いネックレスを私の首の周りにかけた。


「ごめんなさい。あなたには母親の様な事も何もしてあげられずに・・・。トリスタン・・・、あなたとの時間は本当に私にとっての忘れ得ぬ日々でした…」


そう言って、寝ているトリスタンの頭を優しく母は撫でながら話をした。


「ロア、トリスタンをよろしくね」


「奥様、申し訳ありません。行きます。足音が大きくなってまいりました」


「ありがとう。急いで!」


「お母様!どうか、どうかご無事で!」


そう言い残し、テオ達護衛兵に連れられ、私たちは暖炉の中に入った。そこが部屋の秘密の出口があり、屋敷外へとつながっていた。



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