第9話 逃亡奴隷たち

「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!」


(逃げられたのはよかった。ここまで来れたのも良かった。けども、あんな魔物がいたなんて・・・。ごめんなさい・・・。一緒に逃げたかった・・・)


涙を流しながら、10歳の奴隷の女の子ラダは草原をひたすら走っていた。


アワード商会の奴隷として農作業をしている時に、偶然に冒険者たちの殺し合いの喧嘩が目の前で繰り広げられた。見張りの監視員もその殺し合いを注視しており、結果二人の冒険者たちは相打ちになり、畑の中で死んだ。その1人が持っていた指輪がラダの元に転がってきたのだ。その指輪には不思議な効果があり、装着すると姿を消すことのできるのだった。ラダは監視員に見つからないようにその指輪を手の中にサッと隠し、自分の納屋へと持って帰った。


魔道具が開発されたのは、今から100年前。魔力を持つ貴族たちが魔力無しの兵士たちの戦力向上の為に開発したのがきっかけだった。最初は兵士のみでの使用が許されていたが、その中で逃亡する兵士や鹵獲された魔道具が少しずつだが増え、一般市民にも手に渡るようになった。


市民たちはその魔道具を手に入れ、更に自分たちでの開発を始めた。それが冒険者ギルドや傭兵ギルドの始まりだった。市民たちはその魔道具を分解、解析、復元、生産を始めた。


貴族たちは市民たちの魔道具開発の動きに、全くの脅威や衝撃を受けることは無かった。


理由は2つ。


1つは、貴族たちも同様に魔道具を使うことで、冒険者が魔道具でどれだけ戦闘能力を強化しようが、その上を確実に行くのだ。全く脅威になり得なかった。


2つ目は、魔道具の特性として、魔石をその原動力としている。つまり、稼働しえる魔道具は常に魔物を狩っている必要があり、それほどの力のある者自体が多くはないことから、今の支配構造を転覆するほどの力を持つことは無いので、支配階級の貴族からしてみれば、良い具合に力を付けて自国の防衛力を上げている冒険者や傭兵の存在に感謝をしているぐらいだ。


ラダは奴隷たちが寝静まった夜中に、その指輪を手に嵌めてみた。綺麗な色の石がついており、いつかはこんな指輪ができる、人間的な生活をしてみたいと思っていた時、突然自分の存在が消えたことに気が付いた。体が半透明となり、ほぼほぼ自分の腕や体が見えなくなったのだ。


(魔道具だ!!!)


瞬間的にその存在と効能と有用性が頭の中で閃いた。


(これで逃げられる!!!)


今まで練りに練った計画があった。城壁の外、太陽の出る方向にずっと走っていけば、どうやらタタン街という都市があり、そこまで逃げ切れば奴隷としての生活は終わる。この指輪を使えば、自分の人間としての尊厳を取り戻すことができるのだ。


しかし、と、ラダはその思考の先で踏みとどまざるを得なかった。


(じゃあ、今まで兄弟姉妹と思って過ごしていた、仲間たちはどうなるのか?私がいなくなれば、連帯責任で殺されるだろう。いや、価値のある奴隷だ。そう易々とは殺しすまい。しかし・・・)


アワード商会は、最も有用で価値のある奴隷には隷属リングが首に嵌められ、完全に逃げられないようにされているが、それ以外の奴隷には連帯責任の方式を取り、誰かが逃げれば残った者が全員厳しい処罰を受けることとなり、お互いを監視する制度が取られていた。


ラダの親友であり兄の様な存在のナウムは、突然にラダに話しかけてきた。


「ラダ・・・。話がある・・・」


奥歯に物が挟まったような話し方で、ナウムはラダに小さな声で夜に話しかけてきた。


「どうしたの?」


「ラダ・・・。ここだけの話だ・・・。絶対に周りに言うなよ」


「いいよ。私もちょうどナウムと話をしたいと思っていたの」


「なに?何の件だ?」


「私の話は後でいいわ。ナウムから言ってちょうだい」


「いや、俺から話しかけてすまないが、ラダから話をしてくれないか」


「・・・。分かったわ。私の話もなかなかな話なんだけどね・・・。そうね・・・。ナウム、あなたはここから脱出できるとしたら、したい?」


「!!!!」


「実はね・・・。今日こんなものを拾っちゃったの」


ラダは決死の覚悟で、今日の昼にあった殺し合いの事件の話をした。その時にこの魔道具の指輪を拾ったことも話した。この話をして、ナウムに奴隷主人に付き出され殺される可能性もあった。しかし、信頼するナウムに殺されるなら本望だ、とも思った。


「はぁー。お前は本当にお人好しだな。そんな事なら、お前1人で逃げたらいいじゃないか」


「まぁそれも考えたわよ。けどもナウムもあのおチビちゃんたちも血を分けた兄弟みたいなものだからね。私の為にみんなが殺されるのも嫌だし」


「ははは。本当に俺は、良い仲間に恵まれた」


「どういうこと?」


「実はな、俺も同じ話をしたかったのだ。お前はその指輪を今日の昼の殺し合いで手に入れたんだろ?俺も実はもう1人の冒険者の持ち物だろう、この腕輪が俺のところに転がってきたんだ。奇跡だとしか言いようがないだろ。着けると凄いんだ。身体能力が抜群に上がるんだぜ。こういう魔道具を使って冒険者達は狩りをしてるんだな。卑怯だよな、自分たちだけこんなズルい方法で力を上げているなんて」


「あなたもお人好しね。あなたもそのまま逃げたら良かったのに」


「お前達を残してはいけないよ。それにこの子達だな」


その視線の先には、まだ幼い6〜8歳の子供達が3人、スヤスヤと寝ていた。


「この子達に厳しい処罰が待っていると思うと、勝手には脱走できない」


「大いに同感ね。けども悩むのは、どちらが本当にこの子達にとって幸せかということね」


ナウムは頭を抱えて唸った。

「そうなんだ。俺たちと一緒に来た場合、城壁外は死の世界だと聞く。この子達がここで地獄の生活をしていようが、それでも生きていればまだ希望はある。尊厳も何もない生活だが生きてはいける。しかし、俺たちの逃亡に付き合わさせてしまっては城壁外で魔物に殺される可能性が高い。ほぼ死ぬだろう」


「死んだような生活をし続けるか、死中に生を求めるか」


「選ばしてやりたいが・・・」


「私たちが逃げた後にこの子たちがここにいれば、ただじゃすまないだろうね」


「・・・。それでも選ばしてやりたいが・・・」


「決行するなら今よ。どうせ何をするにしても時間は私たちの不利にしか働かないわ。今起こして今決めさせましょう」


「そうだな」


6歳の男の子キリル、7歳の女の子イリア、そして8歳の男の子マラートを起こして、2人はこれからの計画の話をした。3人は即決で一緒に行くことを同意した。ラダとナウムは3人にとって兄姉のようであり、また親のような存在であったので、2人にどこまでもついていくことは3人にとっては至極当然のことであった。



2人は、3人が一緒に逃亡し城壁外に出れば、ほとんどの確率で死ぬであろうとも話したが、3人の決意は変わらなかった。2人はホッとしたのと残念に思ったのと両方の複雑な感情を胸に抱き、直ぐに納屋から出発することを告げた。


ラダはナウムから腕輪をもらい、姿を消す指輪を付けた。魔道具を発動させ農作道具の倉庫に忍び込みロープと鎌などを盗んだ。皆を先導して周囲を警戒して街の中を走り、何とか城壁にまで辿り着いた。そしてラダは身体能力を上げて、高いレンガによって作られた分厚い壁を乗り越えていき城壁の上にまで容易に登っていった。そこからロープを下ろして4人を壁の上に上げた。地上を見下ろすと、足の竦むような高さであった。ここから落下すれば普通であれば、即死するような高さであるため、ラダ以外の4人は青ざめた表情で地面を見降ろした。しかし、魔道具の力で身体能力を大幅に上げているラダであれば、ここから飛び降りたとしても少しの怪我で済むであろうと直感的に感じていたので、特に恐怖を感じることは無かった。


ラダは1人ひとりを背中に背負い、ゆっくりとロープを伝って降りて、全員を安全に城壁の外の大地に降ろすことに成功した。


「とうとう来たな」


「えぇ。ここからはこの腕輪はナウムに返すわ。私はこの指輪をキリルに渡すわ」


「いや、ダメだ。全部ラダ、お前が持て。そして、俺たちが逃げている時に、そのサポート役に徹底しろ。力は一つに集約し、最大戦力を上げた方が、全員の生存率は上がるはずだ」


「え・・・。そういうものかな??」


「そういうものだ。なぁ、みんな」


「うん、それでいい」

「お姉ちゃん、頼むね」

「賛成―!」


「う、うん。わかったわ。とにかくみんなの護衛に徹すればいいのね。頑張るわ」


「よし行こう!ぐずぐずしていると、追手が来るぞ!」


そうして、私たちはどれだけ遠くにあるかもわからないタタン街に向かって走り始めたのだった。この時、私は他の4人が私に2つの魔道具を託していた意味を少しも理解していなかった。





1週間が経った。




私たちは太陽の登る方向に向かってただひらたすら走り続けた。私は身体能力が上がっているおかげで疲労度はかなり低い。なので、私が周囲に食べられそうな小動物や水場を探し、4人を誘導した。他の4人は疲れが溜まり過ぎてもう動けないような状態だ。特に一番年齢の小さいキリルは疲労の為何度もこけたりしていたので、全身傷だらけになっていた。


私は身体能力が上がると、視力も強化されているのか周囲の様子がよく分かるようになっていた。なるほど、冒険者たちがどうやって城壁外で活動をしているのかがよくわかる。魔道具でこれほど力が強化されれば、死の溢れるこの世界での活動もうまく行くだろう、とぼんやりと思う。この全能感は本当に凄い。


私は周囲に魔物がいることが分かれば、すぐさま進路を変えて進んでいった。大きな岩が近くにあったので、そこで休憩することにした。もう皆は疲れ切ってはいたが、何とか全員でここまで来た。


「まだ街は見えないか?」


「見えないわね。地平線の方まで何もない草原が広がっているわ」


「くそ・・・。もう1週間は経っている・・・。体力も限界だな。ラダ。お前はこのまま先に行け」


「えっ!?そんなの無理よ。みんなで行くって約束したじゃない!?」


「このままこのペースで進んだところでタタン街まで着かないだろう。泥を啜り、動物を何とか喰らいながら、なんとかここまで来たが、ここまでが限界だ・・・。むしろ、先に行って街を見つけたらここに迎えに来てほしい」


「ふざけないで!!!そんなの無理に決まっているでしょ!?みんなで最後まで行く。これが決定事項よ。ナウム、この話は終わり。もう二度とこんな話はしないで」


「お姉ちゃん・・・」

「もう疲れた・・・」

「も、もうダメ・・・」


「みんな、弱音を吐かないで。大丈夫よ。もう少しここで休んで出発しましょう。絶対に大丈夫だから」


岩ができる日陰の中で、私たち5人は休憩を取ることにした。この1週間はまさに歩き通しだったから無理もない。座り込んですぐに私以外の4人は意識を手放し眠り込んだ。


私は今までの逃避行を振り返ってみた。


ここまで来られただけでも奇跡の様な出来事ではあった。


魔道具が偶然手に入った奇跡。

連座制の5人全員が逃げる決断をした奇跡。

魔物がいない所を走り抜けられている奇跡。


奇跡が何度も起こってここまで来られたのだろうと、ぼんやりと思いながら、周囲の警戒を続けた。


(ん?何か振動を感じる・・・どこから?)


他の4人は既に目を瞑り静かに寝息を立てていた。デスゾーンである、この城壁外の世界で疲労はピークに達しており、もう動けない状態。もしこの振動が魔物の接近によるものであれば万事休すだ。私は立ち上がり周囲の草原を見渡した。


(どこ!?どこから来ているの!?分からないわ!!!)


私は一人で心の中で絶叫したが、(もう待てない!)と思い他の4人に移動するように声をかけようとした。


その時!


バシャッ!!!!!1


地中から大きな魔物が現れ、私を飲み込もうと襲って来た。私は紙一重で突如の襲来を避けて、地面に転がった。


グルルルルルル!!!!!


巨大な土竜のような魔物が地中から現れた。何に反応しているかわからないが、確実にこちらを探し当てようとバンバンと手足を地面に叩きつけて移動していた。


(も、もしこの魔物が土竜なら・・・、視覚で物は見ていないはず・・・何に反応している・・・しかし、まずい。土竜の向こう側には4人がいる・・・刺激しないようにこちらに来させないと・・・)


そう思っていると、4人の内の1人のキリルが目を覚まして、巨大な土竜を見てしまった。


「キャ―――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!」


(まずい!!!)


その叫び声に反応し、土竜の魔物が4人の方を向き、一気に襲い掛かった。もう疲労で歩けないキリルと叫び声で目を覚ました後の3人が、状況把握に努めたのだが、もうその時は既に遅かった。


「ま、待って!!!!!」


逃げる間もなく、固まって座り込んでいた4人は、一飲みで土竜の魔物によって噛み砕いていった。


グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ


「あ・・・、あ・・・、そ・・・そんな・・・」


巨大な魔物はこちらを睨んだように見えたが、すぐさま地中へと戻っていった。


そこには巨大な穴だけが残され、何も無かった。


渡しは茫然として何もない空間を見続けることしかできなかった。


しかし、私に感傷に浸る時間などあるわけではなかった。再びあの音が聞こえてきたからだ。


(あ・・・あの音・・・。私もこのままここで魔物の食べられるのね・・・もういいわ。私も殺して。ナウムもキリルもイリアもマラートも誰もいない世界なんて、私には耐えられないわ)


おそらくあの魔物が地下から狙ってきているのだろう。


(もういい・・・私もあの子たちの元へ・・・)



『ふざけないで!!!そんなの無理に決まっているでしょ!?みんなで最後まで行く。これが決定事項よ。ナウム、この話は終わり。もう二度とこんな話はしないで』


先ほどの会話が脳裏を掠める。


ドッ!ドッ!ドッ!


『お姉ちゃん・・・』

『もう疲れた・・・』 

『も、もうダメ・・・』


『みんな、弱音を吐かないで。大丈夫よ。もう少しここで休んで出発しましょう。絶対に大丈夫だから』


ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!


(弱音を吐かないで・・・)


ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!!!!


「ナウム!!キリル!!イリア!!マラート!!!!!!!あぁーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」


ドガッ!!!!と大きな口を開けた魔物が地中から飛び出してきた。


私の足は前に動き出した。私の視界は涙で滲んだ。目からは大粒の涙が流れ落ちていた。


(ナウム!!キリル!!イリア!!マラート!!私は・・・私は・・・私は!!!!あなたたちを背負って生きればいいの!?あなたたちが私にこれらの魔道具を託したのは、こんな状況の為だったの!!??もし、あんまりよ!!私だけに辛い思いをさせて!!!私だけを残して!!)


私は脇目もふらず、全力で走り出した。


後ろからは地中を掻き分ける為の大きな鉤爪をバタつかせて、猛スピードで私を目掛けて追いかけてきた。私は身体能力を上げてはいるが、徐々に追い付かれそうであることを何となく理解した。


(ダメ!!このままだとやられる!!!)


はっ、ともう一つの魔道具の事を思い出し、指輪の魔道具に意識をやり、姿を消して、右方向へ方向転換をした。しかし、明らかに視覚以外の情報でこちらの状況を察知している土竜の魔物は、私の位置を認知しながら、正確に私の進行方向についてきていた。


(なんでこっちが分かるの!!??)


私は目の前の巨大な岩を見つけた。私の身長の5倍はあるような巨大な岩だった。私はすぐさま跳躍し、その上に飛び乗った。


ガン!!!!!!


巨大な岩に気付かなかったのか、土竜は頭を思い切り打ち、転がっていた。しかし、すぐさまバタバタと手足をバタつかせ地中へと潜っていった。


しかし、それでラダへの追跡が終わったわけではなかった。再び地中から同じ音が聞こえてきたのだ。


(まずい・・・。よく分からないけど、地上で私を追いかけるのも視覚情報ではないのね。さっきはキリルの音で反応していたわね。けども、最初は私は音を出していなかったけど、正確に私を襲って来たわ・・・。まさか、この魔道具の魔力??)


そう現状を分析し、土竜の関知している情報の当たりを付けて、私は巨大な岩から飛び降り、魔道具の発動を一旦中止し、音を出さないように静かに歩くことにした。




どうやら正解のようだ。




これであの土竜の魔物に襲われることは無いようだ。さっきまでの音がしなくなった。


一刻も早く、タタン街に着かないと。本当にこっちの方角なのだろうか…

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