第8話 奴隷ハンターの仕事

冒険者には多くの仕事がある。自分たちの生計を立てる上で、植物採取を主としている者もいれば、魔物を狩る者、運搬を受け負う者、護衛任務を主とする者。それぞれの強みを生かして冒険者たちは自分の稼業を行っている。


そして、その冒険者稼業の中で最も異彩を放つ仕事がある。それは『奴隷奪還』だ。


奴隷とは、この世界で貴重な労働力であり資産である。この世の中には3種類の奴隷がいる。


罪を犯した者が、罪を償う為に奴隷の地位に落ちる、『犯罪奴隷』。

自分や家族が作った借金のカタに奴隷として身売りをする『債務奴隷』。

そして、戦争の捕虜となった、『戦争奴隷』。


その奴隷たちが自分たちの身分から脱する為に逃避するケースが多々見受けられる。都市間の連携が無い為に、奴隷たちは自分たちの都市から逃避し、違う都市に到達できた時、奴隷の身分を偽り生活することができる。誰も彼らが元々が奴隷の身分であったかどうかなどは分からないからだ。


しかし、自分たちが住む場所から一歩外に出れば、そこは死の世界。戦闘能力の高い冒険者や傭兵でも簡単に死ぬ世界である。戦闘の手解きや準備も何も受けていない奴隷であれば、死亡率はほぼ100%に近い。


奴隷たちは辛くとも屈辱の日々を耐えて過ごすか、一か八かで自由の天地を目指すかの2択が存在する。逃げ切れば奴隷の身分からは解放される。その儚い希望に縋り、逃亡する奴隷の後が絶たない。


貴族や商人など、奴隷を常時使う階級の人々は、奴隷逃亡を何とか止めようと日々四苦八苦している。奴隷は彼らの所有物であり、労働力であり貴重な資産でもある。その資産が逃亡でもされれば、大きな痛手だ。奴隷は大切な労働力であるので、いくら子供奴隷だとしても、長年働けば自分たちの事業への大きな貢献となっていく。また、見目麗しい奴隷たちは性奴隷として高値で取引される。それが逃げ出し、防御壁の外に出て死んでしまっては、巨額の損失となる。それを無事に『奪還』するのが、奴隷ハンターたちである。


彼らの仕事は、生きたまま逃亡奴隷を奪還することだ。故に、城壁外での活動をする彼らは高い戦闘能力を有することはもちろんとして、逃げる奴隷を拘束する能力や、高い探索能力が求められる。彼らのような奴隷ハンターは数こそ多くないが、確かなニーズは存在し、成功報酬は非常に高いのが特徴だ。一人の生きた奴隷を奪還できた際の報酬は、相場で金貨1枚となる。金貨1枚あれば、一家族が街であれば1年間は暮らしていける金額だ。


そして、今日も2人組の奴隷ハンターに新たな依頼が舞い込んできた。2人組は冒険者ギルドに呼ばれ依頼説明を受けていた。


「子供の奴隷が逃げたのね」


「はい、監視員の目を掻い潜り逃げました。今から1週間前の話でございます。おそらく既に城壁外へと逃げたと思われるそうです。街内にはどこを探してもいなかったとの依頼主のよりの情報提供があります」


「子供に逃げられるとか、どんな見張りだ。無能だな」


ナーシャとハロルドは、2人組の奴隷ハンターだ。冒険者ギルドに2人は奴隷ハンターとしての登録をしており、奴隷奪還の依頼が入った時は、2人に優先的に依頼が入るようになっている。2人の成績は非常に優秀であり、達成率でいえば5割を超す成果を上げている。奴隷は生きてこその成功であるが、城壁外への逃亡の場合は、どうしても死亡してからの発見がほとんどになっているのだが、そうであっても5割以上の生きた奴隷の奪還を達成している2人の成果は異常であった。


ナーシャは単独でランクFの冒険者であり、ハロルドはランクE。2人パーティではランクEとの評価を得ている。ランクFの冒険者は、一般魔導師10人~100人分ぐらいの戦闘能力に相当する、と言われている。


一般魔導師とは、魔法の手解きを受けて日常生活で魔法を使いながら生活をする貴族層の中での『一般人』と称される。魔力を使わない市民が100人いて、一般魔導師1人分の戦力だと言われており、一般魔導師たちは間違いなく、この世界での支配層に属している。そして、一般魔導師が100人いて、国保有する兵士1人分の戦力との評価が一般的だ。


ハロルドはランクEの戦力として認められており、一般魔導師100人~1000人分のぐらいの戦闘能力を有する。国に所属する兵士で言えば10人~100人分ぐらいの戦力と言えるだろうか。


これらの戦力の見立ても、戦況に応じて変化する。また本人の体調、敵との相性なども総合的に見れば固定化はできない。社会の中でお互いの力を数値化できるという便利さがあるのだが、便宜上付けられているランク制度である。例えば、ランクFがランクEと戦闘をして必ずランクEが勝つとは限らないということだ。


またランク制度は冒険者のみに適応されることは無く、傭兵、魔導師、貴族、魔物にも使われ、この世界における力の尺度として使われるのが通例だ。


そしてランクが低いからその冒険者は低能かというと、一概には言えない。力を隠している場合もあれば、毒無効化の魔道具や、属性魔法無効化する魔道具、地平線まで見渡せる魔道具など、汎用性はなくとも、能力特化した魔道具を持つ冒険者たちは、低ランクに位置していたとしても、その特化された能力でギルドや国軍から重宝されているケースもある。その冒険者たちは単独の戦力としては低いが、他の冒険者や傭兵、魔導師と一緒にチームを組むことにより、その総合的な能力を大幅に上げることは非常に多く散見されるのだ。


ハロルドは説明を聞きながら感想をこぼした。


「おそらく子供だったから、重要性は低かったんだろうな。だから『隷属リング』もつけなかった」


奴隷の主人が自分の奴隷を拘束する際は隷属リングを使用する。しかし、魔道具である隷属リングは非常に高価であり、絶対に逃がせない奴隷や戦闘能力が高い奴隷にしか装着させないのが通例だ。それほど重要ではない、または簡単に制御できる奴隷に関しては見張りの者の監視の下で、統制を図っているのだが、今回はその監視をうまく掻い潜り逃げたようだ。


ナーシャは、背が高いが猫背の20代の女性で、彼女の眼は深い憂鬱な色合いを持ち、表情は重く沈んでいる。彼女の肌は蒼白で、覇気が無く、健康的な輝きを欠いており、彼女を見た者は彼女の陰気な雰囲気を瞬時に感じ取り距離を取る者がほとんどだ。笑顔を滅多に見せず、感情を表に出さず、また、彼女の服装は控えめで、暗い色合いの服を好んで着る為、より一層、陰気な印象を与えている。


ハロルドは、背の高いナーシャより更に上背のある、筋肉隆々な30代の男性だ。社交的でユーモアセンスがあり軽快で楽しいジョークを言ったりして、周囲の笑いを誘い、周りの人々を笑わせることが得意で、狙った女は必ず落とせると豪語する男前だ。彼は新しい経験や冒険を楽しむことが好きで、彼の陽気さは新しいことに挑戦する意欲から生まれている。切れ目でいつも笑顔を振りまいているはいるが、思っている事やる事言う事は悪辣非道である為、彼の周囲には女性関連のトラブルは絶えなかったりする。


そんな印象的に正反対の2人であるが、2人の間に共通するのは、残忍で弱い者を嬲るのが何よりも好む性格であった。お互いの嗜好性が似通っている為、お互いを深く理解することができ、2人は意気投合し、また戦力的にもお互いの足りない部分を補い合っていた。


ナーシャは人の跡を追うことにかけては、非常に有能な魔道具を持っていた。


ナーシャの持つ魔道具は『シーカー』と呼ばれる短剣だ。短剣シーカーを発動させると、所持者は闇の中でも全ての物が昼間のように見え、昼間に発動すれば地平線まで物体を視認できる。


そして彼女が持つ、もう一つの魔道具が『ステップ』と呼ばれる眼鏡である。魔力の入れ具合で地面に付けられた全ての足跡が見えるのだ。多く魔力を注入した分だけ過去の足跡が見える仕組みになっている。地面にはあまりに雑多な足跡しかなく、この中から目的とする足跡を見つけるのは至難の業であるのだが、彼女の観察眼は異常に発達しており、一つひとつの足跡から対象相手の状態を深く洞察し、相手の大まかな目的地、精神状態、また行動パターンを推察することができた。


ハロルドは『スライサー』という長剣と『チョーク』という鞭を持っている。スライサーは切れ味を増大させることのできる魔道具の長剣で、魔力の発動量により剣の鋭さを調節できる。チョークは触れた相手の肺機能を停止させる凶悪な魔道具で、簡単に対象者を無力化するのに抜群の効果を発揮する。


2人とも『ブースター』と呼ばれる魔道具の腕輪を付けており、この魔道具を発動させると所持者の身体能力が大幅に上がるのだ。


2人はこの魔道具を最大限に使える職を考えた末、『奴隷ハンター』になる事を決心した。


2人は元々傭兵ギルドに所属し、バウト王国が起こす戦争に従事し、日銭を稼いでいた。常に軍の戦闘に配置され、捨て駒のように扱われる傭兵である。戦闘時の死亡率は良い時で1割。悪い時は3割にまで跳ね上がる。そんな中、彼らは何年と戦闘に参加し生き残り続けきた猛者であった。


お互いは最初全くの赤の他人であったが、戦場で何度も顔を見合わせ、背中を預けながら戦う中で、戦友としての強固な絆が自然と出来上がっていた。


ハロルドもナーシャも、人を自由に殺すことに最上の喜びを感じ、戦場では切れ目の男の傭兵と陰気な女の傭兵には気を付けろとお達しが出ている程だった。ハロルドは、『笑うピエロ』、ナーシャは『真紅の眼鏡』との二つ名がつけられていた。本人たちも満更でもない様子であった。


彼らは死の危険を何度も経験しながらいつかは、傭兵として培った戦闘能力を生かして冒険者として働くことを考えていたのだ。 傭兵として生きる日々は殺伐としており、殺し殺されるのが日常の中で、早々に見切りをつけることを2人は考えていた。


ハロルドは、戦闘で抜群に有能であるが若くて陰気な女ナーシャに、ある戦場の夜番をしている時に何気なく将来の展望を語ったことがある。その時、なんとナーシャも同じことを考えていたことが発覚。今までの戦闘行為の中で、お互いの手の内はほとんどを知り尽くしているような仲だ。


ナーシャのシーカーとステップ。

ハロルドのスライサーとチョーク。


お互いの獲物を見ながら、同時に声を出した。


「「奴隷ハンターなんかいいかもな」」


そう言って、お互い目を合わせ笑い合ったのももう既に5、6年前のことだ。


『奴隷ハンター』


その職業は正式には存在しない。冒険者の中で特に、『私物奪還』との名目で逃亡奴隷の追跡、奪還を主な任務として行う冒険者を、人々は『奴隷ハンター』と呼んでいる。


この仕事はあまり冒険者の中で好まれない。それは単純に、脱走奴隷を捕まえることであるので、多くの奴隷たちからは恨みの対象になるからだ。依頼人からは感謝はされるが、奴隷たちからは蛇蝎の如く嫌われている。


多くの人々から恨まれ、自分が『奴隷ハンター』だとは人前では話さないのが普通だ。だから、この世の中で誰が奴隷ハンターとして実際にその任に従事しているかは、ギルド職員たちか、奴隷の中でしか知る者はいない。


奴隷を奪還するには、それ相応の力量が必要となる。普通の冒険者であれば、防御力、攻撃力などを上げて生存率を上げていくのが定石なのだが、奴隷ハンターとしては対象者を拘束し、自決をさせないで、依頼人の所まで護送する、という特殊な任をしなければならない。故に単純に生存率を上げることに特化した冒険者たちでは、この任務の難易度は思いのほか高く、それでいて実入りもそれほど多くはない。その為あまり、冒険者界隈では不人気の任務であったりする。


しかし、ハロルドとナーシャは、各地を転戦する中である噂を耳にする。


「奴隷ハンターには裏任務があり、かなり儲かる」と。


奴隷ハンターが担う裏稼業の任務。それは、『奴隷調達』。つまり、人攫いだ。


もちろん人道的に容認される行為ではないし、公にこの任務が行われているなどとは証明できる者はいない。またほとんどの人々はそんな非人道的な事が行われているなど、夢にも思っていない。


都市などの統治組織に属さない者は自分たちの人権を、誰からも保障はされることはない。奴隷ハンターは積極的にそのような人々が見つかれば、人攫いを敢行する。


誰からも知られていない者が、誰からも知られることなく、誰からも知られない場所へ連れて行かれる。


奴隷ハンターとして何度も任務を成功させる中で、奴隷商人たちからの信用を勝ち取った者たちが、自然と接触され、奴隷供給の伝手を得るのだ。


何人いるかも、誰が奴隷ハンターなのかも、誰も分かってはいない。城壁外での活動に支障が無ければ、実入りは非常に良い。また統治組織に属さないフリーの『人』を獲得し、奴隷商に売却されば大きな資金が手に入るのだ。


本当か分からないようなその噂を聞いた2人は、各地の惨状を見る中で、かなりの信憑性はあると踏み、今従事している戦闘が終われば2人組で奴隷ハンターをやる事を約し合った。


戦闘を終え生き残った2人は傭兵として任を辞し冒険者として働くことにした。


元々が傭兵であったが為、城壁の外に出て魔物と対峙することに関しては基本問題が無かった。そして奴隷ハンターは人々の安全な生活圏外での危険地帯での仕事でニーズがあり、それでいて2人の実力では逃亡奴隷を捕まえるのは最も安全で簡単な仕事であった。また、彼らには弱い者を嬲る嗜虐性を持っており、2人は仕事内容にも喜悦を持って満足していた。


二人は冒険者ギルドから最優秀の奴隷ハンターとして認知され、日々主人たちから必死に逃亡する奴隷たちを冷徹に作業のように捕まえては主人の元に送り還す仕事をしていた。奴隷たちからは恨まれもしたが、そんなことは知ったことではない、と2人は何処吹く風で聞き流していた。


2人は冒険者ギルドの奥の部屋に通され、依頼内容を聞いていた。


「それで、何人の子供が逃げたんだ?」


「5人だそうです」


「わかった。特徴は?」


「全員が素足で、年齢は6~15歳。男が3人、女が2人。身長は平均ぐらいで、痩せており着ている服は布一枚です。全員がピルグ族で髪の毛は黒色です」


「どの商会の奴隷たちだ?」


「アワード商会です。農作労働者として働かせていたようです」


「それは1週間前の話だな?」


「そうです。第一曜日の夜に逃げたようです。今日が第一曜日ですので、1週間がすでに経っております」


「自分たちで街中を探したが、街の中にはもういなかった、か。だから城壁外に行ってしまったと結論付けたのか。確かに俺たちに依頼すればかなりの金銭を要求されるが、バカだな。もっとギルドへの依頼を早くすれば、この奴隷どもの生存確率も高くなるものを」


「承知した」


ナーシャは言葉少なく了解の意志をギルド職員に告げた。


「アワード商会は街の東部に位置しているな。東門からの逃亡が一番考えられるだろうから、そこからだな。行くぞ、ナーシャ」


「分かった」


2人は依頼票を持ち冒険者ギルド建物から出ていた。


さっそく2人はアワード商会に行き、依頼票を見せて仕事現場や部屋などを案内してもらった。


その子供の奴隷たちは家畜同然の仕打ちを受けており、寝起きしている場所も納屋の様な場所で、過酷な労働環境で働いていたことが伺える。


「本当に。これほど好待遇で遇してやっていたのにも関わらず、逃げやがって。恩知らずも甚だしい奴らだ」


アワード商会の主人は苛つきながら状況を2人の奴隷ハンターに説明していた。


(まぁこの環境なら逃げるわな。しかし、よく逃げ出せたな。監視がほぼ一日中あっていうのに)


そうぼんやりとハロルドは思ったが、特にその答えを知ることに何の価値もないと思い直し、追跡に必要な情報だけを収集することにした。


「ナーシャ、OKか?」


「OK」


「では、私たちはこれで失礼します。良い報告をお渡しできるように善処いたしますので」


「頼んだぞ。1週間は街中を探したが見当たらなかったんだ!あいつら!城壁外をどうやってか逃亡したのだろうか」


「まぁ、あまり期待せずお待ちください」


ハロルドはヘラヘラと笑いながら、依頼主の奴隷の主人と別れた。2人は商会の建物から出て地面を見渡した。


「分かるか?」


「はっきりと。東門」


「さすがだな~。ナーシャのシーカーがなければ俺たちの商売はあがったりだぜ」


「壁を乗り越えている。外」


「なるほどな。どこからから紐でもかっぱらって来たのかね。大したものだ。これぐらいの準備をしている連中だったらもしかしたら外でも生きている可能性もあるのかもしれないな。勝負に際しては準備が9割を決めるからな」


「そう」


そう言いながら、2人は東門から草原へ出た。


「こっち」


「外の状況も知っていたのか?そっちの方向はタタン街への方向だ。生きるか死ぬかを託すにはいい選択だ」


2人は軽く走りながら足跡を追って行った。


「見えた」


「おぉ!早いな!生きているのか?」


「まだ。1人は遥か向こうに歩いているわ。他の4人はいない」


「どれぐらい先だ?」


「私たちの全力なら1時間ほど」


「よし。良い感じだな。他の4人がいないから成功報酬が減って残念だが、しょうがない。1週間も経った後で1人奪還なら御の字だ。他の4人は死んでいるんだろう。死亡の証拠品だけでも回収できたらいいんだけど」


「見た限り、ない」


「とにかく、その1人だけでも奪還しよう。行こうぞ!!全速力だ!!!」


2人はブースターを全力で発動させ、生き残りの1人の逃亡奴隷の元へと走った。



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