第7話 タタン街の人達4
遊び場の子供たちは時間を忘れておしゃべりをしたり、戦闘ごっこをしたり、走り回ったり虫を追いかけたりして各々の時間を楽しんでいた。
アリスは、あれぐらいのダメージを与えられた後に、もう一度遊び場に戻るのも説明がつかないだろうと判断して、そのまま冒険者ギルドを訪れ、じいと一緒に過ごしていた。
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン
俺は鐘が鳴ったのに気付いた。
「6回鳴ったな」
「えー、じゃあ、もう4人とも帰っちゃうのー?!」
鬼ごっこが始まってからフィンもヘレーネも参加して皆でこの短い普通の子供としての交流を楽しんだ。ノアは相変わらずサマンサと一緒に遊んでいた。
「ごめんねー。またじいと一緒に来るから。その時遊ぼうね」
「サマンサ、楽しかったよ。また一緒に遊べるかな」
「いいよ。ノアも元気でね。街の外にいるって大変だと思うけど、また来てね」
俺たちはそれぞれで別れを惜しむようにさよならを言って、広場から出て行った。
入り口の門を目指して俺たちは小走りで向かっていた。
俺はニタニタしながらノアに話しかけた。
「ノアは残らなくても良かったのかよ?残ってもいいんだぜ」
ノアは憮然とした表情だった。
「うるさい。最大火力の俺がいなくなったらお前たちが困るだろ?見捨てない俺に感謝しろよな」
フィンは無表情でノアの左横について走り始めた。
「寂しがり屋」
俺はノアの後ろについて走り始めた。
「見栄っ張り」
ヘレーネはノアの右隣りについて走り始めた。
「天邪鬼」
顔を真っ赤にさせたノアは焦りながらスピードを上げて入り口の門へと走っていった。
「うるせー!!」
俺と他の2人はノアをいじりながら、じいとアリスの待つ集合場所の門の入口へと向かっていった。
「はははははは!!!!!!」
じいは、今日あった話を聞いて森への帰りの道中で爆笑していた。
「それは正解だ。ワシへの悪口など大したことない。その子供の評価こそ、ワシの最も嬉しい評価じゃ」
俺はそんなじいの表情を見ながら静かに言った。
「まぁ、じいならそう言うと思ったよ」
「いいんじゃ。いいんじゃ。アリスもレオもフィンもヘレーネもノアも、本当によく頑張っておる。愚人に褒められるは第一の恥なり、とは誰かの言葉だったかのー。いや、ワシの言葉か。ははははは!!!!」
上機嫌のじいの後ろで俺たちは馬車の中で森に到着するまで待機するように言われているのだ。
「けども、じい。私はめちゃむかついた!レオもなんかやられっ放しだし。私も『全力を尽せ』なんてレオから煽られたから、逆にテンション下がっちゃったけど。あんなことを言われ続けていたら、じいは街に行くのも嫌になったりしないの?」
「アリス。それはもっともな意見だが、結局アリスはどうしたいかが問題だと思うのじゃ」
「どうしたい?私が?」
「そうじゃ。力を見せて、そのハルという少年から尊敬されたいのか、それとも他の子供たちから憧れたいのか?それとも、この世界で楽しく生きていきたいのか?何を最上位目標にするかが大切なのじゃ」
「今のじいが言ったものの全部がほしいかな」
「まぁ、そうじゃが、一番はどこまでいっても生き抜くことじゃ。これ以上にはお前たちの目標はない。それ以外は、全てまやかしのようなものじゃ」
「まやかし???」
「まやかしとは、幻。意味のないもの、という意味じゃ。つまり、お前たちの様な小さな子供たちが圧倒的な力を見せるとしよう。それはたちまち噂となり王国内の貴族の目に留まってしまうじゃろう。『うちの領地に来ないか?』『うちの騎士団に入らないか?』『うちに士官として仕えないか?』などじゃ。言うことは大体そこらへんかのう。そこで問題となるのは『どうしてそれほどの力があるか?』ということになる。もし先ほどのやり取りで魔法を使っていたなら、『どうして魔力が使えるのか?』ということになる。ちなみに、ワシに教えてもらったとは言わない方がいい。そもそも、ワシの名前は極力出さない方がいい。ワシは昔かなりやり過ぎた身じゃ。『セネカの差し金か。殺す』と言う輩も現れかねない。では、違う別の人の名前を出せば、そこの関係者と分かり殺される可能性もある。全く架空の人間を言うと、嘘と分かった時に『疑わしきは罰する』のが貴族の習わしじゃ。『何故嘘をついた?怪しい者は殺す』となる。逃げれば追われる。そして殺される」
「じいも昔大変だったもんね」
「そうじゃ!今思い返しても身震いがするわい。超大国バウトから逃亡し、都市国家アージェントでは貴族の恨みを買い、軍事大国ラースでは反感を買い、裏切者のレッテルを貼られておる。まぁあまり近隣国にはいい印象はもたれていないのじゃ。ワシの名前を出すと、お前たちにも大きな迷惑が掛かるじゃろう。前にも説明したと思うがな」
「・・・」
「だから、自分を守れる後ろ盾がない限りは無暗に力を行使するべきではないのじゃ。この世界はお前たちが思っている程甘い世界ではない。一生この森の中で過ごせ、とは言わん。しかし、一歩この森から出た際はしっかりと身の振り方を覚えておかねばならん」
「じゃあ、これから一生魔力は人がいる所では使えない、ということなの?」
「どのような場合であっても、お前たちは決して魔力が使える事を他人や国に気取られてはならん。これが原則じゃ。魔力隠蔽を使い魔力量をゼロにしながら、生きていかなければお前たちの魔力保有は見破られてしまう。お前たちが魔力を使用すれば、魔力を持つ者であれば簡単に察知されるじゃろう。そして魔力を待たない者でも、魔力を察知する方法もある」
「何なの?」
「魔道具を使うことで魔力を感知することが可能となる。しかし、まだ現在の魔力感知の魔道具では精度が悪く、大体お前たちの膨大な魔力量であれば3分の1ぐらいまでの使用量でないと、魔力を感知できないだろう」
「3分の1・・・。ランクFの子猪ぐらいを狩るのが限界かな」
「まぁそうじゃな。それか、他人から感知できないぐらい一瞬のみ発動させていれば、察知は不能なのじゃがな。しかし、一瞬の解放のみじゃぞ。それ以上少しでも長く魔力解放すれば、魔力を持つ者なら分かるし、魔道具でも感知される可能性がある。相手にこちらの魔力を探知されるかどうかは、最終的にはお前たちの魔力操作にかかっている、と言っていいじゃろう。また、他の魔力を隠蔽する方法としては、お前たちに渡している武器を魔道具として使っているように見せかければ、魔力を使っていることが見破られても、それは魔道具から発される魔力であると魔導師は誤認するじゃろうな。しかし、その場合でも、『何故そのような高価な魔道具を持っている?』ともなるから、事態は複雑化するじゃろう」
「ともかく、これからもっと強くならないと自分の身は守れない、ということね」
「弱肉強食の世の中じゃ。自分を守る為にも『力がある』ことは、全てにおいて最優先事項となる。だから今は魔道具に頼るのではなく、地力をつけるのが大切じゃ」
そんな話をしながら森に向かって草原をのんびり進んでいると、俺は周囲に狼の群れが現れ、距離を詰めてきているのに気付いた。だいたい距離として100メートルから200メートルだ。総数は約50体。魔力の大きさからは、狼単体のランクはGかF辺り。けども、この数ならランクはEぐらいになるだろう。
「じい」
「分かっておる。お前たちでやれるか?」
「もちろん。距離は100~200メートルだ。周囲にまばらに点在している。2グループに分かれて各個撃破だ。俺とアリスとフィンで1グループ。ノアとヘレーネで1グループ。これで行こうか。俺は正面。ノアは後方へ。お互い右回りで潰していく。いいか?」
「「「「了解」」」」
「ワシのことは放っておけ。ゴーレムでこの荷物は守っておく」
ノア「心配してねぇよ」
アリス「これも訓練でしょ」
ヘレーネ「じいがやったら一番早いのに」
フィン「やる」
レオ「よし行こう!!」
そう言って俺たちは馬車から飛び出した。
俺とアリスとフィンは前方へ全速力で駆けた。スピードでは俺が一番速いので、目の前の狼に到達するのは俺が一番だ。魔力隠蔽をしながら魔力量をゼロの状態で接近したので、狼たちはこちらを視認できる位置まで俺たちが来るまでは俺たちの存在に気付かなかった。突然10メートル前に俺たちの存在を認知したが、もう遅い。
シュッ!!!
俺は大きく空中に飛び出して魔力収斂で手刀を魔力で纏わせ、1メートルある狼の首を切り落とした。周囲には3~4匹同じ大きさかそれ以上の狼がこちらに襲い掛かろうとした。しかし、俺だけに注意を集中させたのは悪手だ。狼たちの横から一陣の風が吹き、2匹の狼の胴体が真っ二つに引き裂かれた。そして他の狼の胴体には小さい岩のような弾丸が貫通して、バタバタと絶命していた。
「4匹」
俺は小さく呟き、馬車を中心として右回りに進路を取った。
既に俺たちの初撃でこちらの存在は分かっているようで、狼たちは臨戦態勢に入っていた。
「アリス!!フィン!!ガンガンに行くぞ!」
俺は3人の先頭となり疾走した。
後方からアリスは突風を発生させ狼たちを切り刻み、フィンは周囲に岩弾を打ちまくった。
高速で走り抜けながら、どんどん狼たちを片付けていく。俺は大体の討伐数を数えながら、撃ち漏れた狼が襲ってくるのを撃退していた。打ち漏れた狼が、大きく口を開けてフィンをターゲットにして襲って来たが、すぐさま俺は死角から狼に接近し、首に手を回し首を捻りあげ、ねじ折った。
ゴキッ!!!
窒息死を狙うなんて、そんな野暮なことはしない。一撃で首の骨を砕く。狼は白眼を向いて体を痙攣させていた。
「助かった」
「お互い様さ」
大体討伐数が15ぐらいになって、馬車を中心とした後方まで到達した。周囲を索敵すると、10匹ぐらいがすでにかなり遠くの方に逃げているのが分かった。
目の前には死屍累々たる様の狼の死骸が横たわる。あるモノは焼け焦げた焼死体として横たわり、あるモノは胴体に大きな穴が空いて絶命していた。
「だいたい終わったな。戻るか」
注意深く周囲を確認しながら俺たちはじいの待つ馬車へと戻った。
そこには10匹ほどの狼の死骸が散乱していた。どれもが体が潰されたり、頭が潰されていたりとしていた。
「やはりこっちにも来ていたか」
「おぉ、戻ったな。ケガはないか?」
「あぁ、さすがじいだな。狼たちが全て屠られているな」
「お前たちが数を減らしてくれたからじゃよ。よくやってくれた」
アリスはうーんと背伸びをしながら言った。
「あーあ、全然暴れたりないね。もっといたらよかったのに」
フィンも満更でもない様子で呟いた。
「楽勝」
そこへノアとヘレーネも戻ってきた。
「こっちはじいがやったのか。さすがだな。殺し方がえげつない」
「じいのゴーレムに相手に突っ込むなんて、命知らずね、この狼たちは」
「この狼たちを殲滅できるようになるとは、お前たちも本当に成長したのぉ~。ほ~、ほほほ~」
子供たちは周囲を見渡しながら馬車の中に潜り込み、一同帰路に戻るのだった。
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