第5話 タタン街の人達2
「なー、じい。なんでじいはあいつにあんなにヘコヘコするんだ?あの衛兵はそんなに強いのか?それにじいは何かをあの衛兵に渡していなかったか?」
街の中を馬車で商人ギルドに向かって、ゆっくりと進みながら俺は素朴な疑問をじいにぶつけてみた。
「レオ、よく見ているな。そうじゃな、なんと説明すればいいか。あの衛兵達は自分たちの立場を利用して弱い者からお金を巻き上げているのじゃ」
「巻き上げる?無理矢理取る、ということか?」
「そうじゃ。まぁ人間の汚さと弱さじゃな。自分さえ良ければいい、という愚かさと、現状の不満へのどうしようもない諦め、と言えばいいかのぉ」
「よく分からないけど、悪い事をしているんなら、じいが直してあげたらいいんじゃないの?そんなことしたらダメだよって」
横から話を聞いていたアリスがサッと後ろから顔を出して質問をした。
「それも可能じゃ。しかし人間の傲慢さと戦うのは、お前たちが思う以上に命懸けなのじゃ。ワシも長い間その傲慢さと戦ってきたが、色んなモノを犠牲にしてきた。ただワシたちは食糧と日用品が必要なだけじゃ。今は彼らと戦う時でもなければ、彼らの性根を直す時でもない。まだ大きな行動を起こす時では無いのじゃ。それに、ワシにはあの者達を不憫に思う気持ちもある。あんな場所で命を賭けて任務をするのじゃが、いつ命を落とすかもわからない。また、あんな態度を取っていれば、街の人達からも心からの感謝というものもない。心も荒むというものじゃ」
「よく分からないけど、あいつらも嫌なら辞めればいいじゃないのか?」
「世の中には衛兵しかできない者たちもいるのじゃ。世の中それほど単純ではない」
「そんな奴らにじいがヘコヘコする理由は?」
「そうじゃな。今、あの衛兵を殺すとする。もしくは正論を説いたとしよう。そうすれば他の数百人の衛兵と敵対するじゃろう。そもそもが鬱屈した連中じゃ。正論が罷り通るならこの世界は既に平和な世界になっておる。闘争なり議論なりは長くなり、ここの街の貴族たちも出てきて、最終的にはワシらはこの街と敵対関係になるじゃろう。そして、今後ワシ達の食糧や日用品を買う場所がなくなる。そこに得なことは何も無い。将来お前たちがここで暮らしたい場合、それも不可能になる」
「たぶん俺たちはここで住みたいとは思わんぞ」
「まぁそう言うな。なんでも選択肢は多いに限るのじゃ」
「じゃあ泣き寝入りか?」
「そうじゃな。ではワシに、この衛兵を皆殺しにして、この街の護衛の為にこの身を捧げるつもりはあるのか、と問われれば、『今はない』との答えになる。今はワシは他のことや、お前達の育成の方が最優先じゃ。そこまでこの街への思い入れはワシにはない」
「じゃあこの街はもうこのままということなのか?」
「そうじゃ。今はこのままじゃ。まぁそんな目で見るな。この問題はお前たちが考えている以上に根が深いのじゃ。この街だけをなんとかしたところで何ともならん。この世界の支配者層にいる貴族達をどうにかする必要がある。そしてそもそも魔物達が人間世界を分断しているところがまた物事を複雑にしているのじゃ」」
「どういう事?」
「お前達がお互い協力したり仲良くしたくても、お互いが意思疎通ができないのであれば、協力したくとも、また仲良くしたくともなれんじゃろ?そんな感じじゃ。魔物がいるせいで、人間の交流がかなり困難になっておる。ワシは何とか人間の交流を自由なものにしたいと考えておるんじゃ」
アリスは驚いたようにじいに聞いた。
「じいがよくどこかに行くけど、それが関係しているの?魔物をどうにかできるの?」
「まぁ今度それに関しては、お前達にも教えてやろう。それと、レオ、お前の最初の質問だが。何故ワシが衛兵にヘコヘコするかということに関しては、じゃ・・・」
「そうだよ。じいがわざわざヘコヘコする必要はないだろ」
「そうじゃな。ではお前たちに質問をしよう。お前たちが道を歩いていて、その道の先にお前達の目的地があるとする。しかし、道の真ん中に巨大な岩が横たわってあり、道を塞いでいた。お前達なら魔力を全力で使えば岩を割って先に進めるだろう。さて、お前達は岩を割って進むか、それとも岩を避けて通るか。どうする?」
じっと話を聞いていた他の仲間も口々に答えてきた。
ノア「それは割るだろう」
アリス「邪魔なモノは全て潰すかな」
フィン「割る」
ヘレーネ「何でも挑戦してみないとね」
レオ「じいなら、これから通る人たちの事を考えて岩を破壊すると思うが、どうなんだ?」
じいは少し間を置いて、答えた。
「ワシなら避けて通る」
俺にはじいの答えが不可解なものだった。
「なぜ?じいには大きな岩も小石の様なものだろ?割ることなんて簡単な事じゃないのか?」
「力を見せる必要のない時には見せないのが一番じゃ。この場合お前達の目的はあくまで目的地に到着することにあるが、そこに辿り着くまでに予想外の事も起こり得る。山賊が出るかもしれない。魔物が出るかもしれない。敵対している者もいる場合もある。その時に敵にこちらの情報を少しでも掴まれては、戦略的には不利になりえるのじゃ。だから避けるのが一番じゃ」
ノア「よく分からんな。力を見せて相手をビビらす方がいいんじゃないのか?」
アリス「それって結構レアな状況じゃないの?」
フィン「分からん・・・」
ヘレーネ「難しく考えすぎでしょ~」
レオ「そういうものなのか?」
「お前たちにはこの街では一切力を使うなと今までも言ってきたが、その理由はここにある。お前たちが持っている力はこの世界では圧倒的じゃ。ここら辺りの衛兵団ぐらいでは歯が立たないじゃろう。しかし上には上がいる。いつかそのような連中と戦う時は来るかもしれん。その時の為に、万全の準備が必要なのじゃ。十分な下調べをし、あらゆる場面を想定して戦闘に臨むことで、勝負に確実に勝てるようになる。逆を返せば、相手にいかに自分たちの力を把握させず、準備をさせないかが、勝負のカギになってくるのじゃ。いつか本当に勝たなければならない戦に備えて、じゃ。だから力があるからといい気になるな。お前たちの力なぞ、大貴族たちに比べれば他愛もないものじゃ。各国の要となっている、3大貴族。また王国騎士団長や兵士団長など。奴らははっきり言って化け物どもじゃ。もし目を付けられでもしたら、お前たちは一瞬で叩き潰されるじゃろう。分かったか?」
「「「「分かった!!」」」」
「ワシはこの世界の為に何ができるかを考えきたが、この状況を解決するのに、ワシも手をこまねいているだけではないのじゃが・・・、まぁワシが今やっていることは、また追々話すとしよう。さぁ、こんな小難しい話はいいとして、お前たちは遊んできなさい。お前たちも分かっていると思うが、ここでの街の子供たちとの交流は、ここでの人脈を作る上で最も大切なことじゃからな。それに遊んでおれば、周囲にはお前たちが普通の子供と見えるだろう。そのアピールも大切じゃ。鐘が6つ鳴る頃に門の入り口付近で集合じゃ」
ノア「よーし、遊ぶぞー!」
アリス「ねぇ何して遊ぶ?」
フィン「行こう」
ヘレーネ「他の子たちはどこかな~?」
レオ「じゃあ、じい行ってくるよ。今日は俺はじいと一緒にギルドの方へ行かなくていいのか?」
「あぁ、レオも今日は一緒に行ってきなさい」
俺たち5人は馬車から降りて街の中を歩き始めた。街の子供たちが遊んでいる、いつもの広場を目指していった。他の4人と違って、俺は久しぶりに一緒に街の子供たちと遊ぶと思うと、若干億劫に思いながら、はてさて、どんな遊びをして子供たちと時間を過ごしたものかと、思い悩んでいた。
【セネカ視点】
ワシは自分が育てた子供たちが遠のいていく姿を、眼を細めながら眺めていた。普段は殺伐とした生活の中で、生死の狭間を綱渡りして生きているようなものだ。少しの間だけでも、子供らしく過ごす時間を取れたことはワシは心の底から嬉しい。そして馬車に揺られながら子供たちの所望するお菓子や食べ物を調達することも忘れないようにしないと、と脳内メモを呼び起こしながら、5体のゴーレムを伴って商人ギルドへ向かった。
【レオ視点】
俺たちは、街の大きな広場に到着した。そこには何十人もの子供たちが思い思いの遊びをして楽しんでいた。
「おーい。君たち一緒に遊んでいいか?」
俺たちは近くの子供たちに交じった。外から来た俺たちは普段は会うことは無いので、子供たちは俺たちの周囲に集まり人だかりができた。子供たちは好奇心の塊のようなもので、楽しそうであれば何でもするものだ。普段会っていなかろうが、面白そうだと思えば、一緒に遊び始める。そして、直ぐに俺たちと他の子供たちは一緒に遊び始めた。俺たちは戦いごっこや鬼ごっこなどをし始めた。
ノアは一人キョロキョロしながら広場を見ていると、何人かの女の子が鬼ごっこをして遊んでいるのに気付いた。そこにノアが探している女の子がいた。
「サマンサ!」
サマンサは12歳の可愛らしい女の子だ。華やかな瞳を持ち、その瞳は大きくて、まるで鮮やかな晴天の空を映し出すような輝きがあった。彼女の目の中には無邪気さと好奇心が詰まっているようなあどけなさがある。彼女の髪は爽やかな金髪で、太陽の光を浴びるとまるで金の糸のように輝いた。髪の毛は軽やかに風になびき、彼女の顔に優雅な影が時折かかる。彼女の鼻はちょうど適度に小さく、可愛らしい笑顔を引き立てていた。頬にはほんのりピンク色の色づきがあり、健康的で幸福そうな印象を周囲にいつも与えている。細身で身長は高い方であったが、9歳の大柄のノアと同じくらいの身長であった。
彼女は元気一杯で、いつも笑顔を絶やすことはなかった。彼女の笑顔は、周りの人々に幸福感をもたらし、心温まる気持ちにさせてくれる。好奇心旺盛で、新しいことに出会うことに喜びを感じており、天真爛漫という言葉が一番しっくりくる女の子だ。彼女の声は甘く、高い声で話すことが多く、その声は聞いている人々を和ませる。おしゃべりが大好きで、周りの人との交流を大切にしており、おおらかで思いやりがあり、友達や家族と楽しい時間を過ごすことが大好きであった。
ノアは初めて会った時からサマンサに心惹かれた。こんな綺麗で爽やかな存在がこの世の中にいるなんて!と驚愕した。森での殺伐した生活。もちろん森では、じいや仲間たちと強い絆で結ばれた楽しい生活をしてはいるのだが、彼女との出会いは、今までのノアの生活はただのモノクロな生活だったことを痛感させる瞬間だった。彼女の笑顔、彼女が発する一言ひとことがノアの世界に鮮やかな彩りを与えた。それからノアはタタン街に行く時は必ず彼女を自然と探して時間を共にするようにしているのだ。
そのノアからの好意をサマンサは感じており、彼女も腕白で少し粗暴で活発であるがどこか大人びいているノアと過ごす時間は好きであった。
「ノアー!」
「やぁ、サマンサー、元気か?」
サマンサはちょうど他の女の子達と鬼ごっこをしているおり、他の子を追いかけまわしているところだった。
「ノアー!久し振りね!また遊びに来たのね」
「そうなんだ。じいと俺の仲間達でまた来たんだ。一緒に遊ぼうぜ」
「いいよー。みんな、ノアが鬼でいいかなー?」
「「「いいよー」」」
「じゃあ10秒数えるから、その内に逃げよー。ノアは待っていてねー!」
「あぁ、いいよー。待ってるよ」
それからノアとサマンサ、そして他の女の子達は無邪気に遊びに興じるのであった。
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