第2話 大魔導師とその弟子たちの生活
俺たちの中でノア以外の、フィン、ヘレーネ、アリス、として俺の4人は全員同じ年齢で6歳らしい。じいが「お前たちは6歳だ」と言ったのでそれしか自分たちの年齢を知る方法はない。ノアは一人だけ9歳、らしい。
俺たち5人は常に一緒に行動をしている。それがこの死の森での生存率を一番高く上げることを自覚しているからだ。
5人の子供の中で、9歳のノアは体が一番大きくて粗暴な男の子だ。赤毛の髪にがっしりとした体格。「俺について来い!」とよく叫んでいる。皆でハイハイと言っているが、なんだかんだで、このグループのムードメーカー的で、リーダー的な存在だ。5人の中で、最初にじいによって保護された。ノアは、じいに保護された時の記憶を持っており、当時は奴隷だったらしい。奴隷の親と一緒に逃げており、親が殺されたが、ノアだけは奇跡的に救われた。俺たちの中ではどんな悲惨な状況であろうと、自分たちの親のことを覚えているのは羨ましい。得意魔法は火魔法だ。
フィンも体は大きいが少しぽっちゃりとした体つきの男の子。茶色の髪の毛で身長もノアより少し低いぐらい。あまり自己主張はせず皆の話をじっと聞いてくれる。何かあったら、みんなフィンに愚痴を言ったり文句を言ったりして同意を求めていたりする。フィンは何も言わず笑顔でうんうんと頷いてくれるので、とても癒されるのだ。ノアが激流の川としたらフィンは清流のような穏やかな川だろうか。得意魔法は土魔法だ。
アリスは活発でお転婆な女の子だ。俺たちの中では、「黙っていれば美少女」と言われている。そう言うといつも怒られる。身長は高くもなく低くもない。長い緑色の髪の毛を後ろで束ねている。対人戦が得意で俺たちの中で組手をやると俺の次に強い。しかも、5人の中で一二を争う腕力を持ち、得意魔法の風魔法を使って、腕力を強化させてどんな大きな岩も持ち上げている光景を見ると、彼女に下手な事はできないな、といつも思う。
へレーネはよくしゃべる女の子で、頑固な性格をしている。肩までかかるぐらいの長さの青色の髪をしている。彼女はよく分からない発言をしている事が多く、なんでも「いつか白馬に乗った王子様に私を迎えに来てほしいな」などと言っている。「何故白馬?狼に乗っている方が速いと思うが」と俺はよくツッコミを入れるのだが、「お子ちゃまには分からないのよ」とヘレーネはピシャッと言ってくる。「お子ちゃまって・・・同い年なんだが・・・」と俺はついつい口答えをしてしまい、よく彼女とケンカになる。「そんな夢物語を考えているより、自分を鍛えた方がよっぽど生存率は上がるぞ」との助言を俺は言いたくなるのは内緒だ。ヘレーネは、見た目を気にして前髪を水魔法で生成した水鏡でよく確認しているのだが、一体誰の何の目を気にしていることやら・・・。髪の毛をどういじろうが、何も全く変わらないな~、と内心で思っている。思う度に、ヘレーネからはジト目で見られたりするのは、何故か分からない。水魔法に心読術ってあったっけ?
そして、俺。名前はレオ。この5人グループの中では背が一番低いが、素早さ、索敵は一番だ。魔法を使わない素手での戦闘では、他の4人と戦っても基本負けない。しかし、魔法を使った勝負になれば、余程条件が揃っていないと勝つ事はまずできないだろう。なぜなら、俺は属性魔法が使えないので距離を取られ遠距離攻撃を連発されたら、かなりヤバい。まぁ、それでもやりようはあると言えばあるのだが。
魔力を持つ者たちは、体内の魔核から魔力解放を行い魔力を操作可能な状態にする。そして、その解放された魔力を属性魔法に転換できる。水・土・火・風の四元素に魔力を転換できるのだが、魔力を解放することはできるが、属性魔法に転換するのが俺だけはできないのだ。他の仲間たちのように、火や水、風、土を生成することができない。
じいが粘り強く俺に色々と教えてくれたのだが、結局俺は属性魔法を使えなかった。だが、俺は自分の魔力操作に関してはかなり上手にできることが分かり、魔力を体内で局所的に集中することができ、また魔力を体外に放出し自由自在に動かすことができることが分かった。じい曰く、魔力を普通、自由に動かすことはできないとのことだ。自分の体外に魔力を出すことなど、論外らしい。案の定、他の仲間たちも魔力を動かすことはできないでいた。もちろん体外に魔力を出すことはできない。
体内で生成された魔力は、体内の魔核から離れると体内を血液のように循環していく。そもそも、体内のどこかに留まるという発想がない。
そして、その魔力は体内から離れれば、その威力や形を保持できずに霧散してしまう。だから、体外に魔力を出す際は、水土火風の四元素に変換させる以外には、世界に影響を及ぼす方法はない。
魔力を体内に留めれば身体能力を大幅に上げることができる。自分の体のダメージを修復することができるのだが、どれほどの魔力解放したところで、浅い切り傷の血を止めるぐらいが限界だ。
そして、魔法を使う人間はこの世界では別格の存在だ。もし魔法使いと魔法を使わない者が相対してしまえば、その戦闘は大人と子供のケンカのようなものだ。いや、一国と子供一人のケンカのようなものか。魔法が使えるか使えないかは、それほど人々の戦闘能力や有用性を左右する。
俺は魔力を使えるが魔法は使えない。しかし俺は体内の魔力を体の一部に集中させることができる。これはじいによると『魔力収斂』と呼ばれる、稀少な現象らしい。魔力収斂をすると、その体の箇所が硬質化できたり、急速に治癒させることができる。体外に出たその魔力で、他の生物の身体能力の強化をさせることも可能であり、またその魔力で他の生物の傷の治癒、病気の回復までもできる。これに関しては、じいからかなり驚かれた。なぜならこの世界において、自分の以外の生物を『回復』させることはほぼ不可能とされているからだ。
ほぼ不可能となっている理由は、一部可能となる回復魔法は存在するのだが、この回復魔法は俺がやる魔力での回復(『魔回復』とじいは呼んでいる)とは全く性質が異なる。なんでもどんな外傷も内傷も『時間を巻き戻す』かのような現象で治癒する、奇跡のような魔法だ。人類史上でも指で数えるぐらいだそうで、その回復魔法の使い手である『聖女』と呼ばれる人が神聖王国にいるとかいないとか。
もちろん、他の仲間の4人は俺が使う魔回復は使えない。聖女の『回復魔法』ももちろん使えない。じいも回復魔法は使えないが魔回復はできるし、魔力収斂も使える。
俺の魔回復のおかげで、この5人はバランスは最高に取れたチームだ、とじいはよく言っている。俺が支援系で他4人は攻撃と防御を担当するのが一番良いとじいからは言われており、俺もそう思う。
魔法が使えるか使えないかで大きく人々の運命を変えるが、そもそも魔力が使えるか使えないかで人生は大きく変わってしまう。
まず人は体に魔力が宿っていないと魔法が使えない。その魔力を保持しているかどうかの判定は、魔力を持つ人間でなければ分からない。じいは大魔導師として魔力を使えるので、俺たちの魔力を探して当ててくれた。
しかし、人体に魔力が備わっているからといって使えるわけではない。まずは魔力を解放することを覚え体に循環させることを覚えさせ、その後その魔力を属性魔法に変換する方法を学ばないといけない。
しかも、人体の魔力は10歳までに使用されないと消滅する、という性質を持っている。幼少時代に魔力が備わっているかどうかを確認し、備わっているなら魔力解放の仕方を教えてやらねば、その体は魔力を要らないものと判断され、魔力を生成する魔核が自然に消滅してしまう。
と、これが一般的な魔力に対する考え方なのだが、じい曰く、この説は完全には正しくはないらしい。一番の誤りは、魔力が宿っているかどうかは人による、という箇所に間違いがあるようだ。
実はどの人間にも魔核はあり、魔力は元々備わっており、結局それを鍛えられる人間が周りにいるかどうかで、その人間が将来、魔力を使えるかどうかが決まってしまうのだ。そして10歳までに魔力を使わないと、体内の魔核は消滅してしまうのは本当らしい。そして、魔力使用をした体は、だいたい20歳まではその最大魔力量が増えていく。だから、この20歳までに如何に魔力を使い続けるかが大切らしい。じいは何度も実験を繰り返して、じいなりに確証を掴んだようだ。
万人皆魔法使いとの説は、じいが独自に提唱しているのだが、世の人々には一切共有されていない何故かというと、一度、世に共有しようとして多くの人々に働きかけたのだが、貴族たちから異端扱いを受けて、殺されかけたからだ。
それ以来、じいは貴族たちに追われる生活を強いられ、共有する機会を奪われた。
森の生活の中で、じいは俺たちを保護し、俺たちの中の魔力を引き出し、その魔力を使用できるように魔力解放の仕方を教えてくれた。魔力を解放すると身体能力が格段に上がる。体に備わる魔力を使い切る毎に魔力量がどんどん増えていく。
そして解放された魔力を魔法へ属性変換することで現実世界に大きな影響を及ぼす事ができる。この変換できる魔法には適性があり、俺にはどの属性魔法にも適性はなかった。しかし、俺には魔力操作には抜群の才能があったようで、試しに他の生物の魔力を渡し活性化させると、怪我した部分の傷が塞げることが分かったのだ。
じいからは、生物の体には自己治癒力がありそれを活性化させれば傷は直ぐに治る、と教えてもらった。仕組みとしては、俺は自分の魔力を相手に乗せることで、自己治癒力を強烈に活発化させることができる。じい曰く、これを簡単に使っている俺は、魔回復が使える稀少な人材となった、らしい。ちなみにじいもこの方法での回復を使える。しかし、さすがのじいでも聖女が使うような回復魔法はさすがに使えないようだった。
この魔回復で、俺たち5人の継戦能力は大幅に上がり、この凶悪な森の中でも強い部類に入ることができた。森の中の、最強の部類である魔物たちはランクCまで存在する。その魔物たちは魔力を使える一般の貴族を1万人連れてきて戦わしてやっと、互角か負けるような、途方もない強さを持つ化物共だ。並の冒険者や傭兵、兵士団でさえも壊滅しえるような凶悪な存在。まだ俺たち5人は、森の中の最強の魔物たちを狩ることはできないが、最強の部類の魔物と交戦状態に入ったとしても、逃げ切ることはできる力は付けられた。つまり、俺たちはこの森で生きられる力を付けられた、ということだ。
俺たち5人は、小さい時に大魔導師のじいが、森や草原などで全滅した一団から見つけ保護してくれた。このような世界において、自分たちの生活圏を守る城壁外を移動していて、赤ん坊や子供が生き残るケースは普通は有り得ない。
軍隊によって護衛されていない一団が魔物に襲われたらほとんどのケースは全滅してしまう。移動する場合は王族や貴族が軍隊を組み移動する。戦闘能力の高い冒険者以外では、個人で都市から都市へと移動するケースはほとんどない。都市から都市への移動は全て大きなリスクを孕むからだ。
どうやら、俺たちの出自は街から街へと移動中の商人か何かの一団だった可能性が高い。護衛していた冒険者や傭兵はいたようだが、運悪く森か草原を抜ける時に強力な魔物に遭遇し全滅したようだ。ノアだけは奴隷として逃げており、両親が殺されノアももう少しで殺されそうになった所を、じいに保護された。
人々は自分たちの生活圏を城壁で固く守り、魔物の襲来に応戦している。基本その城壁から出ることは無いのだが、人間は命を賭して自分たちの富を増大させようとする。人間の性のようなものだろう。その為に、城壁外で死にゆく者たちが後を絶たない。
魔物が蔓延るこの世界に於いて、国と国、都市と都市、そして街と街の人的交流は大きく制限され、人の世は分断されてしまっている。
しかし、残念ながらこんな環境下にも関わらず人間同士の争いは今なお続いている。じい曰く、人は他人を自分の思うように操りたいどす黒い願望があり、自分が上であることを強く望む習性があるようなのだ。「じゃあ、君が上、私が下になるよ」とはならないのが、人間の性だとか。
これが、俺たちが人里離れて森の中で住む最大の理由であったりする。人間の権力闘争を舐めちゃいけない。
俺たち子供はまだそれを体験はしていないが、じいの若い時の悲惨なエピソードを何度も聞いて、森の中の方がよほど安全ではないかと思ってしまう。特に貴族が絡む話は、大抵碌なことがないらしい。
俺たちのじいの名前はセネカ。昔は貴族としてセネカ・ランビアートと名乗っていたが、人間の世界から退避して、ランビアート姓は捨てて、今はただのセネカとなっている。
世間では大魔導師と呼ばれていた。(本人がそう話しているから、それ以外にじいの話の真偽を確かめる術はないのだが・・・)
俺たちの棲み処としている広大な森林は『死の森』と呼ばれ複数の王国と隣接している緩衝地帯だ。隣接国の1つである超大国バウトは野心家であるアナスタシア2世によって統治されている。隣国の軍事国家ラースと都市国家アージェントとは、この地域の覇権を巡り常に緊張が高まっている。小規模の衝突は両国の国境沿いで断続的に続いているのだ。バカな事だ。
死の森には凶悪な魔物が住み着いており、どこの王国も開拓する財力も人的資源もなく、隣接している超大国バウトや軍事国家ラース、都市国家アージェントでさえ、手を出すことは無い。故に暗黙の緩衝地帯として機能しているのだ。
戦闘能力は、社会の中でどのような地位を得るかを決める大きな要因となる。このような世界において人々の人生を大きく左右するものは、『魔力』だ。
この世界での通説は、魔力を使えるようになるためには、まずは自分が魔力を保有しているかどうかを知らなければならない。しかし、自分たちで魔力の有無を確認することは不可能であり、魔力を持つ者でしか魔力を感じることができない。その為、魔力を持つ者たち、すなわち国の支配階級である貴族たちに魔力保有の有無を判定してもらわないといけないのだが、基本貴族が自分たちの既得権益保護の為に、平民の魔力判定をしに行くことは決してない。自分たちの優位性が損なわれるからだ。
そして、その素養を見出された貴族の子弟は王国によって庇護されている魔導師に師事し、丁寧な指導の元で魔力解放を学び、属性魔法への変換を覚える。そして、王国が運営する王立魔導学園に学び、更に力をつける。
もし平民が万が一自分に魔力を備えていることが分かったとしても、魔導師から手ほどきを受けない限りは魔力を自在に発現し使いこなすのは有り得ない。ましてや属性魔法を使うのも不可能だ。
遥か昔、魔力で国の平安を守り、領土の防衛に命を賭すのが、魔力を持つ者の使命と責務とされていた。これが人類史上における最初の社会構図であった。歴史的にはその力をつけた者たちが、力の無い者たちの為にその特異な力を使い領土を守ってきたのだ。しかし、支配階級に君臨する人々はその権力の甘い蜜に絆(ほだ)され、自分たちを『貴族』と呼ぶようになった。魔力を有するが故に支配階級として市民を支配できることが許されている、と考えられてきたのだが、現代ではその構造は逆転してしまった。
魔力という特異な力を使える者たちは、力無き者たちを支配する特権階級となってしまった。魔力を使える貴族たちはその稀少な魔力を戦場では使うことはせず、軍を指揮する側に立った。戦場に出るのは基本魔力を有しない軍隊と予備兵士たちとなってしまっているのが現代である。ここぞ、という時に後方より満を持して魔力持ちの貴族が現れるのだ。最大火力の、魔力を持つ貴族たちが殺されれば、戦の勝敗は決まるが故に、最後のその時まで待っている、というのが理屈だ。正直、俺には納得いかない。
まぁ、詰まる所、魔力こそ全て。魔力が人々の人生を大きく変える。この魔力至上主義の思想が深く国家に根付いている。
人々は魔力を有する親から魔力を有する子供たちが生まれると信じている。確かに魔力持ちの親からの子供の魔力はどんどん強まる傾向は存在する。今、各国の最強の貴族たち、超大国バウトのアル・カリール公爵、軍事国家ラースのガルバレス侯爵、都市国家アージェントのマシェド大公。彼らを総称して三大貴族と呼ばれるが、それぞれの当主はランクBに相当する力を有していると聞く。また王国騎士団長や兵士団長も同様の力を有しているとの噂も聞く。要は、今のじい並の力を有しているのだが、力がある者たちが自分たちのだけの力を更に強大にしていくという、あまりに不平等な世界となっている。そして、その子弟を育成する資金や環境も整っているのが貴族であり、平民にはそれがない。その為、この支配構造は人類史の初期段階から変わることなく続いている。
じいの出自は詳細には話をしてくれたことはない。話してくれたことがあるのは、流れの魔導師を長年しており、一時期は超大国バウト領内のある子爵の元に身を寄せその都市の発展の為に働いていたことだ。じいのその稀なる魔力とその操作力、圧倒的に幅広い知識と世界に対する理解、またこの世の者とは言えない程の発想力により将来は有望と見られていた。
じいは自分の説である『全ての人々に魔力は存在する』と秘密裏に広めていったのだが、それがバウト国の貴族たちに発覚されてしてしまった。この説は、世界の支配構造を破壊しえるものであったため、貴族たちはじいを異端とし、じいを全力を持って排斥した。じいも元々、貴族が行う権謀術数の世界に辟易していたので、渡りに船とばかりに、違う国へと避難していった。
しかし、じいは超大国バウトより出奔した人類の敵である、大逆賊の大魔導師として周辺国にも広く知れ渡ってしまった為、軍事大国ラースと都市国家アージェントも受け入れを拒否。むしろ、暗殺を企てきた。
それほど、じいの説は既存の社会構造を根底から破壊しえるものだった。当時の貴族たちは震えあがっていたに違いない。貴族たちが必死の形相で、じいを亡き者にしようと躍起になっていた姿が目に浮かぶようだ。
じいは、その時に多くのものを失った。財産も友人も弟子たちも全て失ったようだ。いくら、当時はランクAまで上り詰め、生きる天災と呼ばれた男であっても、三国との総力戦を同時に相手にするのは、やはり困難であったようだ。
逃げる中で自分のコピーのゴーレムを魔法で生成し、槍に刺され斧や剣、また魔法で体をズタズタにさせ、明確に誰からも分かる場で首を刎ねさせ殺した。こうして『セネカの乱』は終息し、じいは何とか逃げ果せたようだ。今は、自分の存在の一切の痕跡を消して、孤独な森の生活をしている。
じいは拒絶しながらも人の世の行く末を案じては、どのように行動をすることが最善であることを長年に渡り思案している。今も何やら、俺たちの知らないところで行動しているのだ。じいからは何も説明はされていないし、聞いても「お前たちはまずはこの森で生き抜くことだけに集中しなさい。それ以外の事はそれ以降の話じゃ」と言われる。何をしている事やら。
一時期都市国家アージェントにある森の近くに点在する街々が飢饉に見舞われ、じいは見るに見かねて、人道的な理由で深く関わったこともあったらしいが、都市国家アージェントに大きな影響を及ぼしすぎた為、権力闘争の中に巻き込まれ暗殺を企てる者たちが出てきてしまった。じいはそのような経験を経て人間の治世に関わる事は、やはり合わないと判断し、再び隠遁生活に巣篭った。
死の森は凄まじい生存競争が日々繰り広げられ、全ての魔物にとって平等であった。単純であった。差別もなければ、排斥もない。蔑視もなければ、誹謗中傷もない。しかし、そこにあるのは、力のあるモノ、智慧のあるモノは生き残り、力のないモノ、愚かなモノは淘汰されていく、という単純な弱肉強食の世界だった。じいはその激しい戦闘の中でも自分の生活領域を維持し、悠々自適な隠遁生活を送っている。
しかし平穏な生活も俺たち5人の子供を気まぐれに保護したことにより大きく変化を余儀なくされた。
じいは、俺たち5人にこの生き地獄の様な世界で生き抜く力を付けさせてあげたかったようだ。じいは俺たち5人を不憫に思い、じいの自説を用い俺たち5人の魔力の育成を始めた。
俺たちはじいを本当の父親というか祖父として接し、時には生意気な態度を取ったり反抗的であったりしているので、じいはよく「お前たちはワシの頭痛の種だ」とボヤいているが、そう言っているじいの表情はいつも明るく笑顔だったりするので、本心はどちらなのかは一目瞭然だったりする。俺たちはじいが大好きだし、じいも俺たちのことが大好きだ。
ある日俺は他の4人と一緒にじいの言いつけ通りの森の場所に食糧を狩りにいった。じいの言っている場所以外に行くと、毒草の草むらや毒蛇の縄張り、また他の凶悪な魔物たちの生息域に突っ込んでしまうので、まだ俺たちでは全滅しないにしても何人かは殺されてしまう可能性がある。だから、俺たちはいつもじいの言う通りの場所で狩りをすることにしている。
ここでの生活はもちろん自給自足だ。口を開けて待っていれば、誰かが食べ物を持ってきてくれるなんて夢のような話はここには無い。食糧である肉や植物は自分で獲らない限りは、俺たちはただ死んでいくのみである。
じいの俺たちの育成方針は「自由と責任」に集約される。
何もしてもいいが、その責任は自分が必ず自分で取らなければならない。本当に何も獲物が見つからなかった時は死にそうになったことも何度もあった。「生きたければ死力を尽せ」とは耳にタコができるぐらい聞かされたじいの言葉だ。
この森の全ては、凶悪の一言に尽きる。
植物にしても致死性のある毒を持つ花や、触れば全身が痺れる毒を持つ草がある。それらが繁茂している場所もあったりする。樹木と思って近づくと、魔物に擬態しているモノもいるので、無暗に近づくことはできない。
魔物達は強者のみがこの森に棲息できている。しかし、その魔物達を狩らない限り、俺たちは食糧不足で死んでしまう。俺達は必死で魔物狩りを学び魔力解放を学び、魔法発現を練習し、チームの連携を考え、今まで生き延びてきた。
俺たち含めこの森での全ての生物は苛烈な生存競争を強いられている。特に、この森で出遭えば即退避しなければならない最強部類の魔物は大猿と大雄鹿だろう。
大猿は多くの子猿を従えてこの森の中心部の山に棲息している。大猿は体長3〜4メートルあり、一瞬で10メートルほどの距離や高さを移動できる。その大猿の元には数十匹の子猿が付き従い、大猿ほどではないが1〜2メートルほどの体長をしており、子猿たちの素早い動きは目にも止まらない。この猿の一団は獰猛で好戦的な性格をしており、出遭う魔物は全て蹂躙されていく。猿たちは風魔法を駆使し高速の移動を可能とし、また風を巻き起こし獲物の捕獲にも使っている。じいはこの猿の一団に出遭っても問題なく対処はできるようだが、それでも面倒な相手と愚痴をよく零している。この大猿の一団で一番厄介なのが、その凶悪な交戦能力ではなく、奴らの執着心だ。何せ一度獲物への攻撃が始まれば、全滅するまで止まらないのだ。一度、じいも交戦状態に入ったらしいが、3日ほど戦いを続けたらしい。全滅させたと思っても、どこからともなく生き残りが襲い続けるようだ。しかし、相手が悪かった。じいの交戦能力の方が断然上を行っている。大猿の群れも何個かはじいによって潰されている。
大雄鹿は雷魔法を使い、視界に入る魔物を全て焼き尽くす。半径100メートル程に存在する魔物で獲物と判定されたものは雷魔法で撃ちまくられる。森の中でバリバリバリバリバリと轟音が時々響いているのは大雄鹿がどこかで雷魔法を放ち狩りをしている最中であることを示す。だからこの森では間違っても雷が鳴っている場所には近付いてはいけない、というのが森での暗黙のルールだったりする。大雄鹿は、体長約4〜5メートル程で大猿より大きいが、大猿の群れと戦闘になった場合はどちらが勝つか分からない。大雄鹿に寄り添うのは雌鹿であり、雌鹿は大雄鹿より体格は小さいが凶暴で土魔法を使い獲物の動きを封じて、大雄鹿の補助として動いている。この大鹿の群れと大猿の群れは、お互いの縄張りを意識しており積極的に刺激をしないようにしているようには見えるが、年に1回ぐらいはどこかで血みどろの戦闘が行われている。
この二つの種の魔物は出遭えば必ず逃げなくてはならない。そして他にも大猪や大蛇、大蜥蜴、大鳥など多様な魔物達が日々隙を狙いながらお互いを捕食し合っている。だから、こんな場所に住もうとする人間は世界広しと雖もどこにいないだろう。
うちのじいと俺たちを除いては。
俺たち5人は常に一緒に活動している。5人いてやっとこの森での生存権がある、とよくじいから言われている。俺たちもそう思う。
森の中を移動する時は5歩ほど先を俺が歩く。素早さと周囲の魔力探索は俺がグループ内で1番得意だからだ。俺は魔力収斂で視覚と嗅覚、聴覚を強化させて、周囲を警戒しながらグループを先導している。グループ内では最初に俺が敵を捕捉し、攻撃か退避の判断をする。不意打ちが来ても防御と回避は断トツで俺が一番得意なので、防いだり躱すことができるので、戦闘に関しては俺が最初の遭遇者となる。だから俺が先頭で索敵をしながら歩くことになっている。
俺の後ろを最大火力のノアが続く。敵との遭遇した場合、俺が受けてノアの火魔法で攻撃、撃退する。
その後ろをアリスが歩く。アリスの風魔法はノアの火魔法と相性が良くお互いの属性魔法で攻撃力が倍増することができる。多くの魔物はこのコンビネーションで対処は可能だ。
その次に水魔法のへレーネが続いている。ヘレーネの水魔法はノアの火魔法とは相性が悪い為、ノアの魔法攻撃の後、畳み掛ける時にヘレーネの水魔法の奔流をぶつけて敵を昏倒することができる。またもし火魔法で周囲が炎上したとしても、ヘレーネの水魔法で鎮火できるので、ノアとヘレーネのコンビはこの森では必須だったりする。
後方警戒に土魔法のフィンが歩く。フィンの土魔法は攻撃にも使えるが特に防御にかなり優秀な力を発揮する。どんな大型の魔物の攻撃であっても一撃であれば防ぐことができる土壁を生成することが可能なのだ。その一瞬の差が勝敗を分けることを俺たちはよく理解している。フィンが後方にいるからこそ、俺たちは前と両横の警戒に専念できる。
俺たちが警戒するのは魔物だけではない。周囲に繁茂する植物に関しても触ってはいけないものや近付いてはいけないものも無数にあり、またその植物に群がっている虫にも凶悪なものもいるので、細心の注意を払っている。そのような植物に遭遇した場合は注意喚起をして迂回したり立ち止まったりしてノアの火魔法で焼き払ったりして移動を続ける。どこまでも俺たちは危険を最大限避けながら、自分たちより弱い魔物を探すことに主眼を置いている。
俺の視界の隅に何かが引っ掛かった。
(左前方2キロ地点で2体の魔物の気配がある。周囲を警戒しながら、ゆっくりと動く様子とこの魔力の大きさから察するに、大猪の親子だろう)
俺は後方の4人に左前方に2体の魔物がいる事をハンドサインで伝えた。できるだけ森の中を疾走することは避けたい。獲物を追いかけている最中に違う魔物や致死性の高い植物との遭遇があり得るからだ。また長い時間交戦していると、他の魔物に気付かれ参戦してくる可能性がある。そんな場合は戦場が荒れに荒れまくり予測不可能なことが起こり得るので、交戦時間は最短を目指したい。
幸い相手はまだこちらに気付いていないようだ。
(相手をこちらに向かわして、待機している俺たちの所に誘い出せれば最善)
俺は素早く、後方の4人にこれからの動きをハンドサインで伝えた。
俺がまず大きく迂回して獲物の後方から魔力隠蔽で近付く。
そして、真後ろまで来たところで、魔力を思い切り解放する。
驚くであろう2体の大猪は逃走開始。前方へ走り出す。
これで、猪は4人の待ち構える場所まで誘い出される。
ノアとアリスの攻撃魔法の射程範囲まで来たらそこで交戦開始。
ちょうど相手は俺たちの風下にいるので臭いでは俺たちの位置は分からない。
4人には今の作戦をハンドサインで伝え待機させた。お互いの属性攻撃が相殺しないようにノア、アリス、フィンの3人が前に出る。へレーネには後方警戒させる。ノアとアリスは先制攻撃で、前方に最大火力魔法を放つ。フィンは土魔法で獲物が左右に逃げられないように左右に大きな土壁を出現させられるように準備する。アリスの風魔法で切り刻みノアの火魔法で焼き尽くす。これで仕留めきれなければヘレーネの水魔法で獲物を押し流して離脱だ。
俺は静かに獲物の後ろに大回りして回り込み、後方より近づいて行った。周囲をよく観察しながら、また魔力探索して他の魔物や危険な植物、昆虫類に遭遇しないように警戒しながら進んで行く。魔力を隠蔽し、また気配を気取られない慎重な動きで迫った。
とうとう大猪の後方に差し掛かった。俺の位置は魔物より風上にいるのでここからは素早い行動が求められる。
近くで見ると本当に巨大だ。黒色の大猪だった。1体が親で、もう1体が子供だ。親猪は5メートルほどの高さで、横にも7、8メートルぐらいあるだろうか。口からは巨大な牙を生やしていた。この大きさならランクE。体当たりでも喰らえば、跡形も残らず俺たちの様な人間は木端微塵だ。牙でかすったとしても、その一撃では俺たちもひとたまりも無い。子供の方は子猪と言えど背の高さは2メートルほど。子猪であれば、ランクFだろうか。突進した攻撃を生身の体で受ければ、こちらも無傷では済まない。
俺は予定通り素早く後方から接近、猪たちの至近距離でありったけの魔力を解放して猛スピードで襲いかかった。
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