第9話 邂逅
……僕たち三人は、お頼みの行為を終え、身体の熱情を解いてゆく。
彼女たちにも……満足してもらえたならよいが。
「──またすぐ誘ってくれるんでしょ?」
ティさんは、そう言っていたずらっぽく笑った。
冗談めかして言ってはいるが、たぶん、……いや確実に本気だろう。
目が少し熱を帯びている。
「え…と、えぇ、もしいいんでしたら…」
そう、戸惑いながらも答えると、
「はい、決まり~♪」
「約束…ね」
二人とも、ばっちり本気だったようだ。
……………
あ、と声を出して、───エレさんが小物入れの籠を持ってくる。
三人の個人端末を、その籠に入れて戻ってきた。
「連絡先、交換しちゃおうよ」
エレさんが提案してきた。
なんと、そこまで踏み込んでくるとは……。
これは、予想外だ。───どう対応するべきか。
癒しだけなら、そういうことも有りかと思っていたが、「お頼み」というのは基本的に一期一会のものだと思っていた。
しばらくして偶然再会することはあるだろうが、同じ人に二度も三度も続けて頼むというのは、あまり健全ではない関係を感じさせる。作法としても、慎むべきと言われていることだ。
仮に、そうでないというのなら……。
まるで交際や契約に……向かっているようではないか。
会ってくれるというなら、やぶさかではない。いや、嬉しいといっていい。
嬉しいはずだ───、はずなのだが……。
───────
───我々ドルイド族は、絶望的なまでの出生率の低下を鑑みて、
解決を目指し、新たな社会概念を生み出すに至った。
性からの解放、家族からの解放、血縁からの解放……。
だが、そこまで束縛を排除した我ら一族でも、なぜか結婚制度だけは旧来のまま残っている。
ワーキングファミリーや組織加入──、そういった方法論もあるなかで、結婚という制度だけは、社会的な有利不利、合理性のようなものではなく、精神的な……特別な関係ということがことさら強調される。
今や、結婚制度で得られる特典や優遇措置は、全て他の制度で代替可能となっている。
─── 言ってみれば、現在では結婚は必要の無い制度なのだ。
だからこそ、特別な契約だ
そうとも言える。
合理性ではなく、もっと精神と
その繋がりを公的な制度でもって証明する……
考えるほど謎な制度だ。
かつての人類は、何を思い、何を求め、
何を目指して結婚という方法を選んだのか。
そして、今なお残るこの、古からの契約は、
我々に何を伝えようとしているのだろうか。
───────
なにかが足りない、何が欠けているのか。
……仕事、そうだ。
仕事に必要だったから、行きたくもない診療所へ行き、癒しを受けた。
今までは、「お頼み」で精神力を補っていた。
全ては仕事のため、何より飛ぶためにそうしてきたんだ。
──癒しと、お頼み。
両方受けられるなんて、今までは殆ど無かった事だ。
むしろ、癒しが受けにくいからこそ、今までちょっとした出会いでも一生懸命「お願い」してきた。
……これは、代替行為だったはずなんだ。
「───あ……、やっぱり…そういうのは、止めておいた方がいい、かな?」
一瞬の迷いだったはずだが、逡巡が顔にでてしまっていたのだろうか。
エレさんは戸惑ったような顔で、急に遠慮したようなことを言い出す。
楽しくて嬉しくて、童心に還ったような無邪気さまで見せていた大人の女性に、前触れなく冷や水を浴びせてしまったような、……そんな猛烈な罪悪感に襲われた。
「ち、違うんです!こういうの、あ、どう言ったらいいんだろう…っ、あぁ…」
僕は、極度に焦り……しどろもどろになってしまう。
「い、嫌とかじゃなくて、……いいのかなって。普通、癒しを受けた相手にそれ以上に執着っていうか、しつこく関係求めるの、変態っぽいというか……。」
「いいのよ、別に…。無理しなくたって……。」
エレさんは、だいぶ……怒った、いや傷ついたのだろうか。拗ねたというよりは、諦めたような、後悔したような表情が混じっている。
「ほらほら~、ちゃんと言うこと言わないから~♪」
ティさんは、僕の肩に手を乗せながら、無責任なことを言ってからかってくる。
そうだ、ここは僕がちゃんと誠意を見せる場面のはずだ。
でも、何て言えば……
「えと、れ、連絡先、教えてください…!」
まずはそこから、と思ってエレさんに言ってみるが、
「もういいって…、診療所来ればまた会うこともあるだろうし……」
違う!そうじゃない、そういうことじゃないんだ…!
それではただの、患者と癒し手、としてだろう。
僕は、必死の表情を向ける。
しかし彼女は、ほぼ冷めた表情で、顔を背けた。
───だけど僕だって、そこまで究極的に鈍感な訳じゃない。
視線を落としたエレさんは、寂しそうじゃないか!……それはわかってるんだ。
後ろで、ふぅ~っと深いため息をついて、ティさんが僕の肩に顔を乗せて、割と深刻に……困ったような低い声で言う。
「お頼み、って、こういう時良くないわよね~……。一度きりの触れ合わせなら許される、みたいな風習。……都合良いかもしれないけど、女の気持ち軽く考えてないかしら~……?……誰が考えたのかしらね……」
「……男は空飛んでれば、それで満足なんでしょ」
エレさんも同調したように言う。
そういったところも含めて、もっとちゃんと気持ちが聞きたいんだ、僕は……!
はっきり、そのままそう言えばいいのか?
「──あー、心配しなくても……。診療所来たら、また施術はしてあげるから…。」
ついにエレさんは──、
僕に、気遣うような表情までしてしまった……。
「あ~も~!!」
ティさんは怒っている!?
そして、ティさんは……耳元に手を添え、救いの一言を囁いてくれた。
「(あの時……、どうして名前聞いたの?)」
………!
「……また逢いたいと思ったんです、……逢ってほしいから。もっと…エレさんのこと知りたいから…。」
もう一度、いや何度でも。
会って、話して……触れ合って……。
診療所の癒し手としてじゃなく、お頼みの相手としてでさえ、…ないと思う。
僕には、普通に話せる女性なんて、今まで殆どいたことがなかったんだ。
……けど、この人たちは、きっとなにかが違うんだ。
僕にとっては、邂逅だと思った。
「……」
エレさんは無言だ。
でも頬が染まっている、………目を閉じて、唇をむにむにさせている。
しばしのち、
無言のまま彼女は──、端末を向けてきた。
良かった……。
まだ、彼女と繋がっていられるんだ。
そう思った。
端末の認証ボタンを押すと、通信IDのほかに住所と勤務スケジュールまで付いてきた。
「あ……、これは、消した方がいいですよね?」
連絡するならIDだけで充分だ。住所までは、さすがにまだ性急すぎるだろう。
そう思って聞いたのだが、
「あ、いいの。用がある時は直接来て。勤務時間以外は家にいると思うから。」
「エレさん、通信嫌いだもんね~。」
ティさんが愉快そうに言う。
「顔見えないのがヤなの!怒ってんだか泣いてんだか……分かんないじゃない」
と不満を漏らす。
だから通信は仕事専用。とエレさんは言い置いた。
「まあ、これで呼んでもいいけど、…たぶん出られないと思うよ、作業中とかは切ってるし。」
ティさんも籠の中から端末を手に取り、「はい」と言って僕に差し出してくる。
見ると……こちらにも住所が添付されている。
「えと、これも家ですか?」
一応、認証前に聞いてみる。
「これはね~、私の秘密基地♪」
秘密基地?
家ではないのか。
隠れ家的な何かだろうか
「これは誰にも言ってないから、外に出しちゃダメよ。」
と、注意してきた。
「あー、例の農場の?」
とエレさんは聞く。どうやら彼女にだけは教えてあったらしい。
「そう」
ティさんは肯定し、ふふふ~、とこちらをみて微笑んでいる。
いずれ、見てのお楽しみ、ということだろうか。
まだまだ話したいことや聞きたいことがあったが、……さすがにそろそろお開きにしないといけないだろう。
しばらく前から、共同利用の湯場に鍵をかけて占有しているのだ。あまり好ましいことではない。
本来は開放して使う共同浴場なのだから。
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