相楽世莉

第55話

「椿ちゃん。ドライヤー、そのまま洗面所に置いておいたけど大丈夫?」

「はい、大丈夫です。それより夜ご飯、本当にありがとうございました」

「いいっていいって」


 椿ちゃんは料理があまり得意ではないらしい。お母さんも家にいないことが多く、たまには作るらしいが、ほとんどはレトルト食品かコンビニのご飯だと。


 ええ、心配だよ。心配すぎるよ、椿ちゃん。


 なので、冷蔵庫に残ってた食材を使ってパパッと夜ご飯を作っただけなのに、「そんなに?」というくらいめちゃくちゃ感謝をされている。


 未だかつて私がこんなに椿ちゃんに感謝されたことがあっただろうか。私の鼻は今、確実に伸びきっている。えへん。


「あと相談の件も。ありがとうございます」

「ううん」


 私は首を横に振った。相談にのったというより、私の思ってたことを言っただけだし。


 あれから椿ちゃんはその話をしないので、聞かれたくないのかと思ってたんだけど。もう聞いてもいいのだろうか。


「その、日和に告白するの……?」

「はい。決めました」

「いつ?」

「考えてたんですけど、25日にしようかなと」

「25日ってことは…… え、クリスマス?」

「はい」


 クリスマスって言ったら、あと二週間ほどしかない。思ったよりも早くて意外だ。てっきり告白は学年が変わる頃くらいかなとか勝手に考えていたんだけど。


 しかもわざわざクリスマスを選ぶとは。なんというか。かなり大胆だ。


「25日に日和と二人で遊びに行く予定で、そのときに言おうって思ってて。日和にはせっかくのクリスマスに申し訳ないですけど。どうせフラれるなら、せめてロマンチックにいこうかと」


 そう話す椿ちゃんはどこか吹っ切れたようだった。目に迷いが見られないし、本当に実行に移すんだろうという静かな気迫を感じた。


 私はそんな椿ちゃんの様子を見て、純粋に嬉しかった。いつもよりも表情が穏やかだったから。


 私の指し示した道が椿ちゃんの幸せに繋がっていると、なお嬉しい。


「……世莉さんのおかげです」

「え?」

「本当に」


 そう言ったと思ったら、椿ちゃんがどんどん私に近づいてくる。気づけば、私は椿ちゃんに抱きしめられていた。


 椿ちゃんの細い腕が私の背中にまわり、体はぴったりと私にくっついている。近くにいるからこそわかるシャンプーの香りが鼻をくすぐる。


「つ、椿ちゃん!?」

「嫌だったら離れますけど」

「い、嫌ではないけど……」


 「どうしたの、急に!?」という戸惑いと、抱きしめられる安心感が拮抗する。しかし、徐々に安心感が勢力を増し、私はただ椿ちゃんを受け入れた。


 椿ちゃんの匂いは安心する。甘くて柔らかい匂い。お風呂あがりだからか余計に匂いが強く、頭のてっぺんから爪先まで、椿ちゃんで包まれているような気持ちにさせるられる。


 にしても、椿ちゃんがこんなことをしてくるなんて、普通なら絶対にありえない。相談にのったことがそんなにプラスに働いたのだろうか。


 んー、まあそれなら良かったのか。本当にただ私の思ってたことを言っただけなんだけどな。ラッキーラッキー!


「これでようやく交換条件をなくせますね」


 そう言って、椿ちゃんが私から離れていく。


「え」


 青天の霹靂。すっかりその件を忘れていた。そうだ、椿ちゃんが告白するってことは、そういうことなんだ、と今さら思い出す。


 急に階段から突き落とされたされたような、突然通り魔に遭遇したような、この電車には爆弾が仕掛けられていますと言われたときにような、そんな衝撃だった。決して大げさではない。前から知っていたはずなのに、だ。


「そんな顔されても。前から言ってましたけど」

「交換条件終了……?」

「はい。交換する条件がなくなるわけですから」

「嫌」

「嫌と言われても」

「私に感謝してるんじゃなかったの!?」

「それとこれとは話は別です」

「なんか私のこと最高な面もあるとか言ってなかった!?」

「最低とも言いましたけど」

「ぐぬぬ……」


 交換条件がなくなってしまえば、同時に私と椿ちゃんを繋ぐものはほとんどなくなる。残るのは日和の姉という事実とこれまでの記憶だけ。


 椿ちゃんとの繋がりがあと二週間くらいでなくなってしまうなんて、これから先がなくなってしまうなんて、そんなの嫌だ。


「もう寝ましょう。明日も学校ですし」

「ぐぬぬぬぬ……」

「はあ、まだ言ってるんですか。寝ますよ」

「ぐぬ(はい)」

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