第48話

「私ね──」


 そんな情けない自分に悲しくなっていると、世莉さんが口を開いた。


「人のことを好きって思ったことないんだよね」

「…………」


 話の流れ上、おそらく恋愛的な意味だろう。


 私は特に驚かなかった。そう言われてなんとなくしっくりきたから。


「付き合ったら好きになれるかなーとか思っても、結局無理でさ。だから正直、椿ちゃんの気持ちはよくわかんないけど」


 けど。


「私は伝えるべきだと思うよ」

「………………そうですか」

「今はまだ大丈夫でも、日和とずっと同じ関係でいることは絶対に無理だと思うから」


 そうだよね、わかる。私もそう思う。


 日和は優しいから私が好きって言っても友達でいてくれるだろう。だけど、日和は優しすぎるから。きっといらない気を私に使うと思う。


 それが嫌で。結局私が伝えてしまえば、今のままでいることはできなくなる。


 だけど、私の方が耐え切れなくなる日がきっといつかくる。それは明日かもしれないし、今日だって正直かなり心にキている。日和に彼氏ができたときなんかはかなりだった。


 わかってはいるつもりだったけど……


「……考えてみます」

「うん。ってことでもうキスしてもいい?」

「あ、どうぞ……」


 伝えるにしてもいつ言うのか、どうやっていうのか、考えることはたくさんある。こんなふうに頭を使いたくはないけど、使わなくてはいけないこと。


 ここで私は一つ、あれ?と思いついたことがある。


 日和に好きと伝えたら、もう世莉さんとの交換条件も終了なのでは?と。


 忘れていた。絶対忘れるべきことではないんだろうけど。


 最近もうキスが当たり前になりすぎてて、と心の中で言い訳をしておく。


 そうだ。じゃあもうこれでやっと終わりなんだ。良かった。


 まだ伝えるとはっきり決心したわけでもないけど、少しほっとする。


「私が日和に好きって言ったらキスももう終わりですね」


 私の唇から世莉さんの唇が離れたタイミングで私が言う。


「え、なんで?」

「え? いやだってそういう条件だったじゃないですか」

「……あ、ああ、そっか。そうだったね」

「まあ新しい彼氏でも見つけてその人と人生エンジョイしてください」


 世莉さんも最近のこの状況に慣れすぎてしまって、自分で言った交換条件を忘れていたのかもしれないけど、私はこれでようやくお役御免だ。


「あの、私もう戻りますね」


 先生に呼ばれているとはいえ、お昼休憩もそろそろ終わる。早く帰らないと。何で先生に呼ばれてたのって話には絶対なるだろうから、理由考えながら帰ろう。


 そう思って、私は早々とベッドから飛び降りたが、ドアに手をかける前に腕を掴まれた。


「……? 何ですか?」


 私は後ろを振り返る。


「あのさ…… やめたくない」

「はい?」

「キス。やめたくない」

「……はい?」


 何を言ってるのか、というのが率直な感想。続いて、言っている意味がわからないんだけど、という感想が頭の全てを埋め尽くす。


「意味がわからないんですけど……」


 すぐに言葉に出た。


「私もよくわかんないんだけど…… なんとなく……」


 そう世莉さんが言った後、しばらく沈黙が続いた。


 私にはこの人が何を考えているのかわからない。なんとなくって何。


「……とにかくキスは終わりですから。授業始まるのでもういいですか」


 しかし、世莉さんは私の腕を離さない。


 この人はこの後の授業サボるつもりだろうか。もうすぐ授業が始まってしまう。


 どうしたらいいかわからなくなって困っていたそんなとき、勢いよく保健室のドアが開いた。


「二人とも、もう授業始まるぞ」


 ラッキー。雪ちゃん先生だ。


「……雪ちゃん、私たち二人とも体調悪いから次の授業休ませて」

「え? いやいやいや、ちょっと……」


 私は先生の目を見て、ぶんぶんと首を振る。


 めちゃめちゃ元気なんですけど、私。


「……体調は悪くないそうだけど」

「雪ちゃん、たばこ吸ってたよね」

「え?」

「たばこのにおいする。他の先生にチクろうかな」

「あ、あー! あははっ、どうぞどうぞ、休んで行ってください! 体調悪い生徒を追い返すなんて私にはできないですよ! へへっ」

「ちょっ、先生!?」

「あ、私、担任の先生に伝えに行ってきますね~」


 そう言うと、先生は一瞬で逃げるように保健室から出て行ってしまった。


 開いた口が塞がらないというよりも、空いた口が引きつったまま塞がらないという方が正しい気がする。そして、今さら世莉さんの手が私の腕から離れた。


「ごめん」

「世莉さん……」


 私は相楽世莉が恐ろしい。


 機転が利く上に、言葉だけで人を支配してしまう能力でも持っているかのようだ。さすが生徒会長をやっているだけある、ということだろうか。


「はあ……」


 私はポジティブという言葉に魔法的な意味を込め、心の中で何度も繰り返す。


 雪ちゃんが他の先生に伝えに行ったってことは、もう授業サボり確定。ならできるだけ休息をとった方が良いのではないだろうか。


 そう考えをなるべく良い方へと持って行くしか道はない。


 私は再びベッドに寝っ転がる。


 私には世莉さんが何を考えているのかわからない。だったら考えても仕方がない。いつも通り何も考えない方がいい。


 そうだ。話題変えよ。


「そう言えば世莉さん、告白っていっつもどうやって断ってるんですか?」

「……なんで?」

「いやあ、実は告白されそうで」

「……………は?」


 

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