第49話

「はあ、はあ……」


 白い息が吐かれては消え、吐かれては消えていく。


 マラソン大会当日。水嶋椿は現在必死にコースを走行中である。


 足が限界であると悲鳴をあげているが、あと少しだから頑張れと指令を出す。だけど、足が拒否しようとしているのは、ここが坂道だから。


 誰がコースの最後に坂なんか用意しようなんて言い出したのか。そんなこと今は知りえない話ではあるが、かなりの鬼畜思考だ。


 優勝なんかしても意味ないし、なんなら優勝したら余計なものまでついてきてしまう。


 だけど、おそらく今の順位だと本当に優勝してもおかしくないというのが怖いところだ。


 私の走順は三番目。私よりも前に走った千葉健太郎と琥珀ちゃんがアドバンテージを稼いだおかげか、かなり高順位をキープしている。


 まあ私のせいで何人かに抜かされたけど……


 走る順番はどのチームも自由。うちのチームの場合だと、千葉健太郎、鈴城琥珀、水嶋椿、堂島悟、皆藤心、相楽日和という順番になっている。


 つまり遅い奴を真ん中に挟んでしまおうという作戦だ。


 私はようやく坂を登り終え、ゴールに待っていた次の順番の堂島悟に「頑張って」と言葉を添えてたすきを渡す。


「はあはあ、はあ……」


 私はコースからそれてその場に座り込む。


 かなり頑張った。頑張りすぎなくらいには頑張った。その証拠にしばらく動けそうにない。


「椿! お疲れ様っ!」


 私が息を整えていると、日和が私のところへかけよってくる。その後、すぐに他のみんなも私のもとへ集まってくる。


「ごめん、結構抜かされちゃった……」

「全然大丈夫だよ!」


 これは厄介だがチーム戦。私が手をぬいてしまったせいで優勝を逃したという後ろめたさは抱えたくない。だからとにかく一生懸命走った。


 結果がどうなるかはまだわからないが、それで負けてしまったというのなら、まだ許されるだろう。


「水嶋、お疲れ! かなり早かったぞ!」

「そう? 良かった……」

「椿、すごいよ! 頑張ったね!」

「うん、ありがとう」

「椿ちゃん、お疲れ様ー」

「ありが…… ………………ん?」


 私を励ます声に、いるはずのない人物の声が混ざっていた。


 これは……


「お姉ちゃん!? どうしたの?」


 日和が驚いていた。


 なんでここに世莉さんが……


「相楽さん!? 自分、皆藤心です! どうしたんですか!?」

「いやあ。可愛い妹のチームがどんな感じかなーと思って」

「かなり順調だよ。お姉ちゃんのチームは?」

「ん? うち? 現在一位だけど」

「ええ!? そうなんだ……」


 みんな驚いているが、皆藤心だけが唯一驚きもせずにしっぽを振っているように見える。


 それにしても、天下の生徒会長様はマウントでも取りに来たのだろうか。


「相楽さん相楽さん! 俺のこと覚えてます!?」

「……覚えてない」


 どうやら皆藤心はだいぶ積極的になったようだ。世莉さんに直接連絡先を聞くのが恥ずかしいと私に言っていた頃の皆藤心はどこに行ったのだろうか。


 しかしまあ、かなり本気なのかな。もし付き合えたとしても後悔しないといいけど。


「椿ちゃーん、どう? 頑張ってる?」

「はい」


 私が告白されそうだという話を世莉さんにしたところ、それは誰かとかなり問いただされた。


 教えられるわけないし、そもそもまだ告白されたわけでもない。


 それでも教えてとかなりうるさかったから、その人がいるチームが優勝したら告白されるかもしれない、という情報だけ教えてあげてあげたんだけど、まさか……


「……そう。まあ優勝するのはうちのチームだけどねー」


 そう言うと、世莉さんはどこかに行ってしまった。


 まさかとは思うが、自分のチームが優勝して告白を邪魔してやろうとか思っているのだろうか。……いや、それはさすがにないか。冷静に考えて、そんな理由で優勝しようとか思わないもんね。


「よーしっ! お姉ちゃんのチームに負けないように頑張ろう、みんな!」


 牽制でもしに来たのかもしれないが、結果は日和の心に闘志を灯すことになってしまったようだ。


「またダメだった……」


 そんな日和たちが気合を入れているのをよそに、皆藤心が落ち込んでいたので、私は後ろから話しかけた。


「でもかなり積極的になったじゃん」

「水嶋さん…… だってそれくらいしかできることがなかったから……」

「世莉さん相手だとあれくらいの方がいいと思うよ。皆藤くんのこと覚えてないって言ってたけど、たぶん覚えてると思うし」

「そ、そうなの?」

「うん。たぶんだけどね」

「……そっか。そっかそっか!」


 興味を持たれなくても、ここまで一途にアプローチできるのが羨ましい。もしも私も男だったら……なんて、どうしようもないことを考えてしまう。


「あ、堂島戻ってきた! 次、俺の番だから行ってくるわ!」

「ん、いってらっしゃい」


 なんだか走って行く皆藤心の背中がいつもよりもカッコよく思えた。

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