第47話
私は今、落ち込んでいる。本当にいらないことを聞いてしまったから。
まさか千葉健太郎が私のことを……
どうせ告白は断ることになるが、断るのにも気力みたいなものがいる。私だって何一つ心を痛めずフれるわけじゃない。
ただ、落ち込んでいるという理由はそれだけではない。むしろ、別の理由の方が大きい。
「はあ……」
その時になって聞けばいいものを、まさかの形で早く知りすぎてしまった事実にため息をつきながら、私は保健室のドアを開ける。
「あ、椿ちゃん!」
私の憂鬱な気持ちとは反対に、世莉さんは笑顔を浮かべている。
そんないつもと変わらない笑顔を見て、少しだけ心が晴れていくような気がする。
本当にちょっとだけね。
「体操服持ってきてくれた?」
「ああ、一応……」
私はリュックから体操服の上着を取り出す。
「でも私も体育で使ってて、たぶん汗ヤバいと思うんですけど」
「あ、そっか。じゃあちょっと貸して」
そう言って、私から体操服を受け取ると世莉さんは顔の近くに体操服を持っていった。
スンスンいう鼻の音が聞こえる。
「ん、全然大丈夫」
「……ほんとですか?」
「ほんとほんと」
世莉さんの本当という言葉に信憑性はかなりないが、なんかこれ以上考えるのも疲れるし、まあいっかとそのまま体操服を渡す。
今日は珍しく保健室に生徒が誰もいないなあと辺りを見回す。
だいたいお昼休憩には体調が悪いか悪くないかを問わず、誰かしらいるんだけど。ついでに言えば、先生の姿も見当たらない。
まあ誰もいない方がキスを見られることを気にしないでいいから、ラッキーではある。
「はい。今日も、ちゃちゃっと終わらせちゃってください」
私は保健室のベッドにダイブして、仰向けになる。
保健室はあったかいから心も緩む。
「はあ……」
この私のどこに好きになる要素があるのか。不思議だ。
だって明るくもないし、愛想よく接しているわけでもない。そもそも千葉健太郎とはそこまで話したことがあるわけでもないし、その弱点を補えるほど顔がいいわけでもない。
本当に不思議でしかない。
そんなことを考えていると、世莉さんが上から私の顔を覗き込んできた。
「椿ちゃん、なんかあった?」
「え? いや、別に何も……」
「そう? なんかいつもよりテンションが低い気がするけど」
「……!」
バレてる。良くないな。
私はもともとテンションが高くないし、いつも通りのつもりだったんだけど。人に気づかれるってことはかなり低いってことなんだろう。
とにかく気を付けないと。もしかしたら日和に心配かけちゃうかもしれないし。
「なんかあったでしょ?」
「……だから何もないですって」
「まあまあ。このお悩み解決名人の世莉さんに話してみなさい!」
世莉さんはえへんと胸をはっている。心なしか、ちょっと鼻も伸びているような気がする。
「はは……」
何もないって言ってるのに、なんでこの人はわかるのだろうか。
あまり思いたくはないのに、所々ではあるが、日和に似ているなと思ってしまう。今みたいに、人の心の機微に気づくところだったり。
なんか悔しい。
「……じゃあちょっとだけなんですけど」
「うんうん」
「好きな人にはちゃんと好きって伝えるべきだと思います?」
急に何言ってんだって話かもしれない。自分でも急に何言ってんだって思う。
私は千葉健太郎からの告白自体に落ち込んでいるわけではない。もちろん告白を断らないといけないから悩むところもあるが、もっと別のもの。
それは日和だ。
私は告白のことを日和が知っていて、さらに後押しをしようとしていることにショックを受けているのだ。
何偉そうにショック受けてんだよとは自分でも思うけどさ。
だから教室から保健室に来る間、私は考えていた。
やっぱり無理なんじゃないかって。伝えないままでいいと思っていたけど、それではもう私の心がこれからやっていけないんじゃないかって。
でも伝えたら……とか、でも伝えないと……とか、何年も前からやっている心の中のやり取りを私はまだ繰り返している。
情けないな、私。
「椿ちゃん。私ね──」
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