第46話
「ごちそうさまでした」
私は箸を置いて、ふうーと息を吐きながら、お腹をさする。
本日一番の苦痛授業であったマラソンのあとの唯一の救い、お昼休憩。
もしマラソンのあとすぐに授業となると、かなり疲れているのに急いで着替えないといけないし、次の授業に集中できる気もしない。
だから、マラソン後のお昼休憩は救いなのだ。
体をある程度休めることもできたし、お腹もいっぱいになった。やはり救い。
「マラソン疲れたねー」
日和がぐたーっとしながら机に顔をつける。
「ね。わたしなんか最近ずっと筋肉痛だよ」
「あはは、私も一緒。一応部活で体動かしてるはずなんだけどなあ」
普通ならどうでもいいような「一緒」に少しでも心が動いてしまう自分のことを、日和にバレないように笑う。
別に何かを期待しているわけではないのに。
「よっ、水嶋、相楽」
そんな自嘲中の私の前にひょこっと千葉健太郎が現れた。
千葉健太郎は身長が180センチ近くあるらしく、かなり高い。155センチしかない私は首をぐいっと上にあげて、顔を見る。
「二人とも来週の日曜日って暇? マラソンチームの六人で遊びに行かね?」
「え、行きたい!」
すかさず日和が答えた。
来週の日曜日はマラソン大会も終わってるし、おそらく打ち上げ的な意味も込めての遊びということだろう。
「よしっ、じゃあ相楽は決まりな。水嶋は?」
「……行こうかな」
正直どっちでもいいんだけど、日和が行くなら行くか、というただそれだけの感じ。
「おし、じゃあこれで全員おっけーだな。これからみんなで話しあおーぜ。おーい、心ー! 堂島ー! 鈴城ー!」
よく通る千葉健太郎の声に反応して、残りの男子二人と琥珀ちゃんが私たちのもとに集まってくる。
どこに行くのか、何をするのか、何時からか。
それをこれから話し合おうというときに、私のスマホにかなり厄介だと有名な人からのメッセージが届いた。
まあ、かなり厄介で有名と言っても、私の中だけではあるけど。
「ごめん、私、実はこのあと先生に呼ばれてて…… 先にいろいろ話してて。なるべく早く戻ってくるから」
という嘘を割と笑顔で言い放ち、私は教室から出た。
嘘は笑顔で言うと、申し訳なさが少しは中和される……ような気がする。
「はあ……」
そうため息をついたところで、ちょうどスマホにもう一つメッセージが届いた。
『あと、体操服持ってたら貸してくれない? 今日忘れちゃってさ。もしもあるなら上着だけでいいから持ってきてねー』
「ええー…… 嫌なんだけど……」
率直に出た言葉だった。
別に世莉さんに貸すのが嫌とか、そういうことではなく。
私はすでにマラソン後だし、かなり汗もかいた。上着だけとはいえ、どうしても抵抗がある。借りる方も嫌だろうし、貸す方も嫌っていうwin-winの真反対みたいな。
てか、もうちょっと早く言って欲しい。先生に呼ばれてるだけなのに、なんで体操服持って行く必要があるのって聞かれたらなんて答えればいいのか。
そう思いつつも、とりあえず持って行くだけ……と思って、私はすぐに教室に戻ることにした。到着が遅いとうるさいから、ついでに疲れている足を走らせる。
「水嶋に──」
「椿は──」
教室に入る三歩手前くらいで私の名前が何度も聞こえてパッと立ち止まる。
どうやら私の話をしているようだということを認識するのに時間はかからなかった。まさか私の悪口ではないよね?なんて、少しハラハラしながら耳を澄ます。
「優勝しなかったらどうするの?」
「そのときはただのデートで終わらせる。まだ告白するときじゃないってことだろ、たぶん」
デート? 告白?
私は顔をしかめた。
「でもさ、椿はかなり人の感情みたいなのに敏感だと思うんだよね。だから途中で二人だけってなるとなあ。千葉君が椿のこと好きってバレちゃう気がするんだよなあ」
そう話す日和の声を聞いて、息を吸ったまま吐くことができず、ただ声を殺した。
「それに私たちの六人中四人が途中から離脱ってなると絶対に変だってなるんじゃない?」
「あー、それは確かになあ」
聞きたくない。
とにかくこの話を、日和の声をこれ以上聞きたくなくて。早くここから逃げたくて。
このまますぐに教室から離れればいいのに、なぜか体操服を取りに行かないと、という意識が頭から離れなくて、私はとにかく無理やり笑顔を作った。
「ご、ごめん、ちょっと忘れ物しちゃって!」
何のごめんなのか。
なるべく足音が聞こえるように走って教室に入ったが、みんなの気まずいような顔が目に映って、これは本当の話なんだと確信させられてしまう。
ああ……
私はそのまま、動揺した気持ちと体操服が入ったリュックを抱え、走って教室を後にした。
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