優勝したら
第45話
「はあはあ…… さむっ……」
さすがに十二月は殺人並みに寒い。向かってくる風が異常に冷たいし、手も凍ってるんじゃないかってくらい冷たい。
なのに。なのにだ。なのになぜ、この時期に学校は私たちにマラソンをさせたがるのだろうか。そもそもを言うと、まずマラソンなんて授業自体が本当にいらない。
「あと一週間でマラソン大会だからなー。みんな頑張って走れよー」
温かい上着を着た体育教師が野太い声で叫ぶ。
今日の授業は運動場のトラックを周回するだけ。ではあるが、部活をしていない私に体力なんてものは皆無。マラソンほど辛い授業はない。
そんな私にとっては何も得るもののないマラソン大会まで残りわずかとなっていた。
一から三年生までの合同で行われ、個人戦ではなく、チーム戦。男子三人女子三人の合わせて六人で一つのチームを組み、学校の周りを走って走りまくる大会だ。
ちなみに優勝したところでもらえるものは賞状だけ。
そんなものでやる気がでるわけもない。のだが、まあ適当に走るか……という私の思いを邪魔する厄介なポイントが一つある。
それはチーム戦だということ。
「水嶋ぁー! ファイトー!」
耳に響く声を発しながら私の名前を呼んでいるのは、同じクラスかつ、同じチームになった
別に一緒のチームになることになんら抵抗はなかったのだが、実はこいつ、マラソン大会で本気で優勝しようと考えている私にとっての超厄介者だったのだ。
「水嶋さん、頑張ってー」
この千葉健太郎のやる気につられてか、もう一人の同じチームの男子、皆藤心もそれなりにやる気みたいだ。
「なんでこのチームになったかなあ……」
私は走りながらボソッと呟いた。
チームは先生側の手によって、勝手に作られたもの。おそらくそれぞれの持久走のタイムを考慮しながらチームを組んだのだろう。
私の持久走タイムを上中下で表すとしたら、完全に下。下の人間にとっての持久走がどれほど辛いものか、同じ下の人間に話せばわかるはずだ。
「椿ー! 頑張れー!」
「椿ちゃんー!」
今度は同じチームの女子二人の声が聞こえた。
この女子二人もだいぶやる気だ。正直そこが一番厄介なところなのだ。
あと十歩、あと五歩、あと一歩……
私は全身の細胞が歓喜しているのを感じつつ、ようやく全ての距離を走り終わる。
「はあ、はあ、はあ……」
息切れが止まらない。汗もかいて暑いはずなのに寒い。それでとにかくしんどい。だからマラソンなんて嫌いなんだと、深く恨むほどのしんどさだ。
「椿、おつかれ! 前よりタイム速くなってるよ!」
「ほんと? 良かった……」
「すごいね、椿ちゃん!」
こちらが私と同じチームの女子二人。それは誰かって、日和と琥珀ちゃんだ。
先生側が勝手に選んだチームであるはずなのに。琥珀ちゃんはまあいいとしても、日和と一緒だというところが驚きポイント。
日和の持久走能力は上、琥珀ちゃんは中、そして私が下。確かに上手くはできているけど。
特に日和と一緒のチームであることが嬉しくもあり、厄介でもある。
日和が頑張るなら、私も頑張らないといけないじゃんって話ですよ。
「おお! すげーじゃん、水嶋!」
「はは、ありがとう…… でも、千葉くんの方がすごいじゃん。もともと速いのに、今日さらに速くなってる」
「へへっ…… 俺も最近、自主練頑張ってるからな!」
こいつ自主練してんのか……と凄さを超えたヤバさを感じながら、私は息を整える。
すると、ようやく授業の終わりを告げるチャイムが鳴り始めた。チャイムって何て素晴らしい音楽。
「水嶋さん、すごいね…… 俺、全然タイム上がんなくて……」
そう話しかけてきたのは、
「上がったとはいえ、ほんの数秒だけどね……」
「それでもすごいよ。はあ…… もうやめたいなあ……」
「わかる。かなりきついよね」
このチームで私の唯一の味方、唯一の理解者。やっぱり下の人間は下の人間としかわかり合えないのだ。ほんと、同じチームで良かったなと、しみじみ思う。
「なんか謎にチームの士気が高いしさあ。優勝しても何もないじゃんね?」
優勝というただの名誉を私は欲しいとは一切思わない。マラソンが辛いからとはいえ、冷めすぎた考え方なのだろうか。
「ああ、それはね……」
「ん?」
「…………いや、何でもない。俺もそう思うよ。別に優勝とかしなくてもって感じ」
「だよねー」
そんな話をしばらくしていたら、そろそろ寒さが体の暑さを凌駕してきた。
うう、寒い。
「椿ー! そろそろ行くよー!」
「あ、はーい! じゃあね、堂島くん」
「うん」
私は堂島悟に手を振って、疲れ切った足を動かしながら日和の方へと走って行った。
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