第38話

 私は世莉さんに買ってもらった服を紙袋の中で手に取る。


 世莉さんはトイレに行っているので、体力的にも精神的にも休憩できてありがたい。


 にしても、さすがにもらうだけというのは悪い。私からも何か返した方がいいんだろうか。世莉さんはそんなの求めていないのかもしれないけど、罪悪感を抱えたままにしておきたくはないしなあ。


「え、椿!?」


 すると突然、明るく柔らかな声が私の名前を呼んだ。


「やっぱり椿! めっちゃ偶然!」

「あ、琥珀だ」


 驚いたような顔と笑顔を半々で浮かべながらこちらに駆け寄ってきたのは琥珀だった。


 鈴城琥珀。親友になろうというよく訳のわからない提案をしてきた変な子だ。


 あの日から、私たちはお互いを呼び捨てで呼び合うようなっていた。私自身、すぐに人を呼び捨てにするのはあまり得意ではないのだが、琥珀には無理やり呼び捨てをする練習をさせられた。


 やっぱり変な子だ。


 だけど親友と言っても、前よりも話すようになっただけで、特にこれといって変わったことはなく、「親友」という名称が本当に当てはまっているのかはわからない。


 もともと一緒にいるグループも違うし、お昼ご飯も今までと変わらず日和と食べている。


 まあそこに琥珀が加わらなくて良かったなと思うのは、私が日和が好きである以上どうしようもない感情だろう。


「何気に椿と学校の外で会うの初めてだよね?」

「うん、そうかも。私たち住んでるところ全然違うもんね」

「一人で来てるの?」

「ううん、世莉さんと来てるんだ」

「あ、そうなんだ? 羨ましいなあ」

「あはは、よく言われる」


 特にあのとき、世莉さんに誘われた場面を見ていたらしい皆藤心にめちゃくちゃ言われた。


「あ、違うよ? 私は椿と遊びに行けていいなって意味で言ったんだよ?」

「え?」

「それは後輩の私からしたら世莉さんはすごい高嶺の花って感じだけどね、私は世莉さんよりも椿の方が好きだから」

「お、おう…… ありがとう……」


 よくもまあここまで友達への好意をはっきりと口に出せるものだ。さすがの私でも照れてしまうではないか。


「てか別に私いつでも琥珀と遊びに行くよ?」

「え、いいの!?」

「う、うん。暇だし今度遊びに行こうよ」

「やった! 絶対だからね!?」

「うん」


 そんなに私と遊びに行くことを喜んでくれるとは。自己肯定感があがっちゃうじゃない。


 しかしなぜこんなにもなつかれているのか。理由が思い当たらないわけではないけど不思議だ。別に悪い気はしないから理由は何でもいいんだけどさ。


「どこ遊びに──」

「椿ちゃーん! お待た……せ……?」


 琥珀の言葉を遮るように帰ってきた世莉さんがこちらに手を振っている。しかし、琥珀の存在を発見したからか、元気に振られている手がしぼむ。


「……えっと、誰?」


 世莉さんは変なものを見る目で首を傾げている。こら、私の親友をそんな目で見るでない。


「あ、鈴城琥珀です! 椿の親友……です!」


 琥珀の声からは少し緊張が感じられる。


 そんな緊張するような相手じゃないよと言ってあげたいが、世莉さんの本性を知らない琥珀に言ってもおそらく無駄だろう。


「…………ふーん」


 こら、私の親友を舐め回すように見るでない。


「……キミ、椿ちゃんと仲良いの?」

「え、あ、はい!」

「親友って…… 日和より仲が良いってこと?」

「い、いえ、まだ日和ちゃんの方が仲は良いかなと! でも私のいずれそれくらいの関係にはなりたいなと思ってます!」

「椿ちゃんのこと好きなんだ?」

「はい!」


 ……何この会話。ちょっと恥ずかしいからやめて欲しいんだけど。聞いてられないよ。


「あ、そうだ」


 思考をシフトチェンジするように私は小さな声で呟く。


 今のうちに世莉さんにもらった服のお返しをパパっとどこかで買ってこよう。


 世莉さんと一緒に買いに行ってもいいんだけど、断られるかもしれない。先に物を買ってしまえば、断られる確率も低くなるはずだ。


「世莉さん、ちょっとここで待っててくれません?」

「どうしたの?」

「あー、えっと、ちょっと私もトイレ行ってくるので」


 まあ嘘だが。


 それにしてもこの服に釣り合うものと言ったら、アクセサリー系がちょうどいいのだろうか。とにかく時間勝負だな。世莉さんならだいたい何でも似合うだろうし。


「ん、わかった。待ってるね」

「あ、じゃあ、私も一緒に行くよ!」


 琥珀がそう言って、私の腕にくっつく。


 この子は割と誰にでも距離感が近い子なので、あまり気にしないようにしている。


「すみません、じゃあ行ってきますね」


 実際トイレには行かないんだけど、後で事情を言えばいいだけだから、今は黙っておこう。


「………………うん」

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