第37話
「いやあ、イマイチだったね~」
世莉さんはパスタをスプーンの上でくるくると巻きながら何一つ悪気のない顔でそう言った。
時刻は午後二時。お昼ご飯をある程度食べてきていた私は、グラスに入ったオレンジジュースをゆっくりと飲みながら世莉さんの話に耳を傾ける。
「ヒロインの子にあんまり感情移入できなかったなあ。なんでそこでキュンってしちゃうんだろう、みたいな?」
どうやら先ほど見た映画はあまりお気に召さなかったようだ。
世莉さんの言っていることも理解はできる。私も無駄なツッコミを入れたくなってしまうタイプだ。
「そうですか? 私は面白かったと思いますけど」
ただそれは世間一般の感覚ではないことも私は理解しているので、面白いと言っておく。
主演の子たちの演技も良かったと思うし、途中で流れる音楽も感動を誘うようなものであったと思う。みんなが面白いと言っている理由がよくわかる映画だった。
「えー、そうかな?」
「はい。てか世莉さんがこの映画見たいって言ったんじゃないですか」
わざわざ人を誘ってまで来たのだから、それほど見たかった映画なのではないのだろうか。
「そうだけどさ。別に恋愛系でこれが流行ってるって聞いたからちょうどいいかなって思っただけで。まあ椿ちゃんが面白かったならいいけど。手も繋げたしー」
厄介なことに世莉さんは映画を見ている間、ずっと私の手を離さなかった。
いくら冬だからとはいえ手汗が出てくるので勘弁して欲しかったが、離そうとしても離れないものを私はどうすることもできなかった。
握力と腕力のトレーニングでも始めようかな。
「ふう…… んじゃあ、次行こうか」
世莉さんがコップを手に取って水をごくごくと飲み干す。
「え? まだ次あるの?」
「まだ二時だからねっ。今日はこれからだよ!」
「ええ……」
私はまだまだこの悪魔から解放されないらしい。
☆
「あ、これ椿ちゃんに似合うんじゃない?」
「いやそれは似合わないかと」
「そう? まあとりあえず着てみてよ」
「えー……」
私はそう言いつつも試着室のカーテンをシャッと閉める。
ショッピングモールに連れてこられた私は世莉さんが次から次へと持ってくる服を次から次へと試着していた。
こんな大人っぽいワンピース、どう考えても私には似合わないでしょ…… 買うお金も持ってないし……
とりあえず私が素早く試着を繰り返すことで世莉さんのよくわからない欲求を解消しようという方向で考えはまとまった。
私はもう何度目かのカーテンを開ける。
「わー、可愛い! これもいいねっ!」
「そうですかね」
私視点ではだいぶ顔と服がアンバランスな気がするけど。
似合ってない服をわざと着させて私を辱める気か……?
「うん、これが一番いいかも……」
「まあちょっとサイズが大きいですけどね」
「あー、なるほどね。すみませーん、これってもう一つ小さいサイズありますか?」
世莉さんが歩いていた店員さんを呼び止めた。
「え、ちょ、世莉さん……」
店員さんはにこやかな笑顔で確認しますと言って、すぐに行ってしまう。
「あの、私、買う気はないんですけど……」
そこまでお金を持ってきていないというのももちろんあるが、この服が自分に似合っているとはあまり思わない。普段着ないタイプの服だし。
しかも店員さん呼んじゃったら、謎の申し訳なさで買わなきゃいけなくなっちゃうかもしれないじゃん。
「大丈夫だよ。私が払うから」
「え? いや、さすがにそれは……」
「いいからいいから」
「いや……」
私が世莉さんに何かを買ってもらう理由がないというか。
コンビニでアイス一個とかなら素直にもらえるんだけど、さすがに服は高いだろうし…… 罪悪感といいますか……
なんてことをうだうだ考えてるうちに店員さんが戻ってきた。
「お待たせいたしましたー。ありましたよ!」
「ありがとうございます! 買います!」
「ちょっ、世莉さん!」
「椿ちゃんは着替えててね! 買ってくるから!」
「待っ……! はあ……」
なんと強引なんだろうか。一つも私の意見を聞かない。まあいつものことではあるけど。
私は諦めるようにワンピースのファスナーを下ろす。
ポジティブに考えよう。服がタダでもらえる、服がタダでもらえる、服がタダでもらえる。よしっ。
自分を洗脳するように私は心の中で同じ呪文を繰り返す。着替え終わってカーテンを開け、靴のつま先を床にトントンと何度か叩きつけている間も私は呪文を繰り返していた。
「椿ちゃん、お待たせ! はい、これ!」
しかし、世莉さんの笑顔を見て、私の呪文は途切れてしまう。
「………………はあ。無邪気ですね」
「ん? どういうこと?」
「何でもないです。服、ありがとうございます」
さすがにタダはなあ……と思いつつ、私は諦めるように世莉さんから紙袋を受け取った。
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