好きに必要なもの
第36話
寒い。寒すぎる。文化祭が終わり、十一月も半ば。日を増すごとに寒さも増している。
私はとにかく寒いのが苦手だ。冬よりも断然の夏派。
汗がベトベトして気持ち悪いだとか、夏は虫が多いだとか。私にとってはどんな夏のデメリットも冬の寒いという一本の太い理由には勝てないのだ。
私は、はあーっと手のひらに息を吹きかけ、スリスリと両手を擦り合わせる。
肌は乾燥するし、冷え性な私には最悪の季節。
とはいえ、冬という季節に魅力がないとは言い切れない。だから冬が来ないでと、そこまでは言わない。その代わり、冬の期間を一か月くらいに短縮して欲しいものだ。
「あ、椿ちゃーん!」
そんな私のもとに冬よりも最悪な人物が姿を現した。
「世莉さん、遅刻ですよ」
「ごめんごめん。思ったより準備に時間かかっちゃってさ」
「まあいいですけど」
「じゃあ行こうか?」
「……はい」
世莉さんとの待ち合わせ。ここは映画館の前。
これから何をするかと言うと、なんと私は世莉さんと一緒に映画を見ることになっているらしい。数か月前の私に言うと疑われそうだが、今こうして私はここにいる。
もちろん、私から一緒に見ませんかと誘ったわけではないことは誰にでもわかる。
世莉さんがわざわざ私の教室にまで来て、わざわざ周りのクラスメイトたちが見ている中で、わざわざ「デート」という言葉を用いて、私のことを誘ってきたのだ。
そのときの状況的にわたしが周りに注目されている状態だったので、とてつもなく断りづらく、私は諦めるように「行きます」と言ってしまった。
私の心がもう少し強ければ、断れたのだろうか。それとも私の心が弱くなっているせいか。
世莉さんは学校内での自分の立ち位置をよく理解しているので、本当に厄介かつ面倒だ。
「椿ちゃん、今日の服可愛いね」
「そうですか? ありがとうございます」
世莉さんの私服は私よりも大人っぽい。アクセサリーもよく似合っている。髪型もいつも学校で見るのとは違うし、なんだか新鮮。黙ってれば可愛いんだけどな。
チケットと飲み物を購入した私たちは薄暗い廊下を歩いていく。
今日見る映画は最近流行っている恋愛系の映画らしい。有名な男性アイドルが主役をやっていることで話題になっているのだとか。
そう言えばだけど、日和も見たと言っていた気がする。私はあんまり知らないけど。
そもそも映画なんてあまり映画館で見ることはない。確かに大画面で見た方が臨場感があるとは思うが、割と一人でゆったりと見る方が好きだったりする。
周りに人がいるとやっぱり気を使うし、泣きたいときに泣けなかったりするから。まあ日和と見るっていうなら話は別だけど。
「結構人いるね」
「そうですね」
公開からだいぶ日数は経っているというのに、それでもまだ人が多い。それほどこの映画、もしくは主演のアイドルが人気なんだろう。
私はチケットを確認して自分の席に腰掛けた。
この微妙な静けさは映画館独特の雰囲気だ。そこまで好きにはなれない。
そんなことを考えていると、柔らかで温かい、それでいて少し骨ばった世莉さんの手が私の右手に重ねられた。
「……何してるんですか」
「椿ちゃんに触りたいと思って」
「やめてください」
「でもデートじゃん」
「デートって言葉を都合よく使わないでください」
いるよね、デートって言葉を安易に使って勘違いさせるやつ。まあ日和がそうなんだけど。確かに血に繋がりを感じますわ、ほんと。
何度日和の発する「デート」という言葉に翻弄されたか、本人は知らないだろう。知らなくてもいいことではあるんだけど。
私が世莉さんに呆れていると、徐々に照明が暗くなっていた。それに合わせて周りの話し声も小さくなっていく。
そんな映画館の空気は少し冷たく感じたが、世莉さんの手だけは温かかった。
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