第35話

「ごめん、ちょっと遅くなっちゃった」

「ううん、こっちこそごめんね。急に電話しちゃって」

「友達とか大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ」


 私は校庭に出て、コンクリートの階段に座っている人物の隣に腰掛けた。


 近くで見るキャンプファイヤーの炎は思ったよりも赤く、パチパチと燃える音が耳に心地よい。


 私に電話をかけてきた主は琥珀ちゃん。何か話したいことがあるらしいが、今日の劇のことについてだろうか。


 行かないでと世莉さんは駄々をこねていたけど、普通に琥珀ちゃんのことが気になったので、教室に一人置き去りにしてきた。悪いとは思わないことにしておく。


「椿ちゃん、ありがとうね」


 やっぱり、その内容っぽい。


 自分が何かのきっかけになれたかは分からないけど、感謝は素直に受け取っておこう。


「琥珀ちゃんの演技すごい良かったよ。私の中の継母イメージぴったり」

「ほんと? 良かった。椿ちゃんが見ててくれたおかげだよ」

「いやいや、そんなことないって」

「ううん、舞台からね、椿ちゃんを見つけたときにね、ほんとにほっとしたんだよ。だからありがとうって言いたくて」


 驚いた。


 あのたくさんいる観客の中から私が見えていたんだろうか。そこまで後ろの方で見ていたわけではないが、最前列や二列目の席に座れたわけではない。


 意外と舞台からは見つけやすかったりするのだろうか。


 まあ、少しでも私の存在が琥珀ちゃんのプラスになれたのなら良かった。


「それでね、もう一つ言いたいことがあるんだけど」

「うん?」


 私は少し強めに吹く風に操られそうな髪の毛を耳にかける。


「私ね、椿ちゃんと親友になりたいの!」

「………………うん?」


 一瞬、自分の中で、思考が上手く働かなくなるが、すぐに頭の歯車を回転させる。


 シンユウ……? 親しい友って書くあの親友で合ってる……?


「うん。いい……よ?」


 これで返事はあっているのだろうか。


 少し琥珀ちゃんの言葉の意味を理解するのに時間がかかってしまった。


「ほんと!?」

「う、うん、いいけど…… どうしたの?」


 純粋に「どうしたの?」という気持ちしかなかった。


 だってこんなふうに面と向かって親友になりたいなんて言われることはなかなかというか、滅多にないような気がする。


「私ね、今日のことがほんとにすごく嬉しかったの。助けられたっていうか。だから椿ちゃんともっと仲良くなりたいの」

「はあ……」


 そうなんだろうか。あんまりしっくりはこないけど。


 たまたま塞ぎこんでいる琥珀ちゃんに、たまたま居合わせただけの私に変な魔法がかかっているのではないのだろうか。


 そう、一種の文化祭マジックみたいに。


 文化祭の時期になると、お祭りのような雰囲気にのまれ、カップル誕生率が急上昇するが、文化祭が終わると軒並み破局してしまう謎の現象。


 それの友達バージョンみたいなものなのでは、という疑いも正直捨てきれない。


 そんな親友になりたいと言われるほどのことをしたのだろうか、私は。それとも琥珀ちゃんが変わっているだけなのだろうか。


 まあ一応好意は持たれているような気はするし、親友という定義もよくわからないけど、とりあえず受け入れておけばいいか、という気持ちである。


 親友というものはなるものではなく勝手になっているようなものであると思っていたけど、こういうのもありなんだな。


 でも、友達になろうなんて言われることさえ人生でほとんどないのに、親友になろうだなんて、普通なら気恥ずかしくなってしまいそうなことを堂々と言えるのはすごいというか。


 そういうところが琥珀ちゃんの魅力だったりするのかもしれない。


「えっと、こちらこそよろしくお願いします……? でいいのかな?」

「やった! ありがとう、椿ちゃん!」


 ……やっぱり琥珀ちゃんが変わっているような気もしてきた。


 でもまあ、琥珀ちゃんが喜んでるみたいだし、いっか。あと数か月でもしかしたらマジックが切れてしまう可能性もあるけど。


 キャンプファイヤーは変わらず大きな炎を揺らめかせながら、轟々と音をたてている。


 少しだけ世莉さんの顔がよぎったが、忘れるように首を横に振って、私は後夜祭が終わるまで、琥珀ちゃんと二人、会話に花を咲かせることになった。

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