第39話

「あ、世莉さん。お待たせしました」


 私は世莉さんに買ったものを紙袋の中に忍ばせ、世莉さんのところに戻った。


「……ちょっと遅かった」

「えっと、トイレが混んでたので。すみません」


 なるべく早めに選んだつもりなんだけど、遅かっただろうか。


「別にいいけど。さっきの子は?」

「もう帰りましたよ。このあと予定あるって言ったので」

「ふーん」


 なんか雰囲気暗いな。さっきまでの明るさはどこいったの? もしかして私が待たせすぎたから怒ってる? 


「それで、この後どうしますか?」


 私としては怒ったなら怒ったで、ここで解散、となってくれても全然いいわけだけど。


 もう午後も四時だ。あと少しで空も暗くなり始めるだろう。帰るにはちょうどいい時間なのではないだろうか。


「……そろそろ帰ろっか」


 お、きたきた。ラッキー。じゃああとはこれを渡して……


 そう思って、紙袋の中に手を突っ込んだが、それをとめるかのように世莉さんが私の腕を掴んだ。


「最後に一個だけ行くところある」

「え……?」


 ☆


「行くところって…… なんで私の家に……」

「ちょっと気が変わったの」

「何がどう変わったら私の家に来ることになるんですか……」


 やっと家に帰れると思ったのに、まさか世莉さんと一緒に帰ってくるなんて。


 しかもさらに面倒なことが今、起こっている。


「うーん、可愛い!」

「お母さん」

「昔から可愛かったけど、さらに可愛くなってるわね!」

「お母さんってば」


 久しぶりに世莉さんに会った私のお母さんがきゃっきゃしている。


 お昼は家にいなかったのに、いつの間に帰ってきて……


「あ、そうだ! 世莉ちゃん、今日は泊って行きなよ!」

「えっと……」

「世莉ちゃんのお母さんには私から言っておくからさ! ねっ!」

「ちょ、ちょっとお母さん。世莉さん困ってるでしょ」


 私のお母さんはだいぶ好奇心旺盛だ。おそらく長いこと会っていなかった世莉さんに興味を抱いているのだろう。ものすごく厄介なことだ。


 そもそも、世莉さんが困ってようと困ってなかろうと、そんなものはどっちでもいい。


 世莉さんに泊られると私が困るのだ。主に精神的に。


「世莉さん。お母さんのことは気にしなくていいですから」

「うーん」

「今日は帰りますよね? ね?」


 私は精いっぱい帰れという圧を放つ。


「……えっと、じゃあお言葉に甘えて泊まらせてもらおうかな」

「ええ……」


 やめてやめて。甘えないでくださいよ。お言葉になんか甘えるもんじゃないですよ。


「ほんと!? よしっ、じゃあ椿、お母さんちょっとお買い物行ってくるから! 世莉ちゃんのために頑張ってご飯作らないとね!」

「え? でもお母さん──」

「行ってきまーす!」


 そう言うと、お母さんは私の言葉なんか一つも聞かずに出かけてしまった。


 お母さん料理できないくせに……、という言葉は心の中にしまうことになってしまった。


「…………はあ」


 思わずため息が出る。なんで私の周りにはこうも強引な人が多いのか。


 私は憂鬱な気持ちを押し付けるように全体重をソファに乗せる。


 休みの日くらい世莉さんから解放されたいのに。家に帰ってまで世莉さんの存在を気にしないといけないのだろうか。


「ねえ、椿ちゃん」

「はい?」


 世莉さんが私の隣に座ってくる。


「あの子と仲良いの?」

「あの子……? 急に何の話ですか?」

「さっきショッピングモールで会った子」

「ああ、琥珀のことですか? 仲は普通に良いと思いますけど…… 何ですか?」


 私は首を傾げる。急になんだろうか。世莉さんの意図が全く読み取れない。


「なんかあの子の方が私より椿ちゃんと仲が良さそうだった」

「そりゃまあそうですよね」


 それは当たり前だろう。琥珀と世莉さんでは何から何まで違うし、一体世莉さんは何を言っているのだろうか。


「……なんで?」


 うーん、本当によくわからない。世莉さんの真意を読み取るのはいつも難しい。


 しかし、私は最近、世莉さんの新しい対処法を思いついた。


 こういうときは世莉さんの気持ちを考えてもどうせわからないから、思考放棄をするのだ。


「さあ。なんでですかねー」


 この方法を使うことで、私の頭はだいぶ楽になる。


「…………ねえ。キスしていい?」

「え? いやダメですけど」

「なんで」

「今日は休みの日だからです」

「……どうしても?」

「どうしても」


 交換条件は学校がある日だけという約束だ。キスにも慣れてきたとはいえ、しなくてもいい日にわざわざする理由はない。


 他のことは多少譲れても、これだけは譲れないのだ。


「あー、もうなんかモヤモヤする!!!!」


 世莉さんが急に大声を出して、私の心臓が一瞬悲鳴をあげる。


「びっっっくりしたあ……」


 私は驚いてしまった心臓を落ち着けるように、胸の辺りに手を当てて、何度か深呼吸を繰り返す。


 全く。びっくりさせないでよ。


「なんでこんなモヤモヤするの!?」

「いや知らないですよ……」


 世莉さんにわからないものが私にわかるわけがない。


「あー、もう知らない! 椿ちゃんの部屋行っていい!?」

「ダメです」

「ダメって言われても行くもんね! 前行ったから場所覚えてるもんね! 私が買った服を椿ちゃんに着てもらうんだからね!」

「え、今ですか?」

「今!!」

「…………はあ」


 まあ…… これくらいは譲ってあげてもいいかな。


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