第17話

 結局、芝野先生に放課後呼び出された。


 特に何か進展があったわけではなく、いつもと同じような話をしただけだ。まあ私の進路の話ってよりかはブラック芝ちゃんの話が中心だったような気もするけど。


 とにかく文理で悩んでいるうちはこの精神的な疲れはとれなさそうだ。


 いつもなら、そんな疲れをベッドにダイブして誤魔化したりするのに、今日はそういうわけにはいかない。


「うわ、このくま可愛いー! どこで買ったの?」

「世莉さん」

「あ、本もいっぱいある! 知らないのばっかりだなあ……」

「世莉さん!」


 わたしは声を張って、子供を叱るように世莉さんの名前を呼ぶ。


 世莉さんは本当に子供みたいに目を輝かせているみたいだけど、人の部屋で勝手に目を輝かせないで欲しい。


 というか、この部屋のどこにそんな要素があるのだろうか。


「あ、ごめんごめん。なんか椿ちゃんの部屋って思ったら新鮮で」

「はあ…… とりあえず好きなところ座っててください。お茶入れてくるんで」

「はーい」


 世莉さんが私の部屋にいるなんて変な感じだなあ、なんて、不思議に思いながら階段を降りていく。


 文系の魅力を教えてあげるからと言われ、世莉さんを家に上げてしまった。不覚。


 今日は学校が終わったら、好きな小説家の新作を本屋で買って帰ろうと思っていたのに。


「てか文系の魅力って何。文系でも理系でも魅力なんてないでしょ」


 私はぶつぶつと不満を呟きながら、コップに麦茶を注ぐ。


 もちろん世莉さんには不満がある。そんな仲ではないのに、急に私の家に来たいとか言い出すし。やっぱり心配するふりをして何か企んでるのだろうか。


 まあそれは置いておいて。


 どちらかと言うと世莉さんにというよりも、簡単に世莉さんを家に上げてしまった私への方が不満は大きかった。ちょっと前までならきっぱりとお断りしていたはず。なのに今現在、私の部屋に世莉さんがいるという状況に陥っている。


 なんで家に帰ってまで、世莉さんに気を使わないといけないんだろうか。そういうのは学校でだけにして欲しい、という不満を自分にぶつけたところで、良いことは何もないので、ここらへんでマイナス思考はやめることにした。


 とりあえず、わけの分からない文系の魅力とやらを聞いたらすぐに帰って頂こう。


「おまたせしま──」


 そう言って、部屋のドアを開けると、ため息が出るような光景が目に入ってしまった。


「人の部屋で勝手に何してるんですか……」


 私、の本棚から勝手に取り出してきたであろう私、の漫画を手に持って、私、のベッドに横たわっているのだ。


 できることなら、目の錯覚か何かであって欲しい。


 初めて部屋に来たんなら、どこに座ろうかなって悩んだ結果、ちょこんと体育座りでもして床に座っててよ。何、堂々とベッドに寝っ転がってんだ、この人。


「あ、椿ちゃん。この漫画面白いね?」


 遅れてようやくため息が漏れる。


 世莉さんが普通の友達であったなら、こんなに見下すような目で見てはいなかっただろう。ただ残念なことに世莉さんは普通の友達ではないので、見下しているという現状に至っている。


 無言の圧力を放ちながら私は世莉さんを見つめる。


「……あー、ごめんごめん。やっぱり靴下は脱ぐべきだったよね」


 そう言って、世莉さんはよいしょと無駄に無駄に可愛げのある声を出して、靴下を脱ぎ始めた。


 そういう問題ではないんですけど……というだけ面倒だったのでやめた。さっさと話をしておかえり頂こう。


「それで? 文系の魅力って何ですか?」

「ん? ああ、文系の魅力ね。えっとねー。んー、えーっとねー……」


 そう言うと、世莉さんはポリポリと人差し指で頬を掻き始めた。


 その動作がどうしても質問に答えを返せなくて困っている人のそれにしか見えないのは勘違いであって欲しい。


「世莉さん?」

「あー、えっと文系の魅力でしょ? 分かってる分かってる。えっとねえ…… んー…… あはは、文系の魅力ってなんだろ?」

「はい死刑」

「なんで!?」

「人の部屋に侵入した罪で死刑」

「重すぎない!? てか別に侵入したわけではないんだけど!?」


 嘘の理由で私を騙し、人の部屋に入ってくるなんて侵入以外になんと言うだろうか。


 他の誰がなんて言おうと、これは侵入だと今、私が決めた。私の部屋では私が神様で私がルールなのだ。


「ご、ごめんて! 椿ちゃんのことを心配してたのは本当だからね!?」

「へー」

「蔑むような目で見ないでえ!」


 蔑むような目ではない。蔑んでいる目である。


 日和にチクってやろうか。


「ほ、本当だから! 文系の魅力を教えるーって言ったのは嘘だけど…… 心配してたのは本当だからね!」

「じゃあなんで私の家に来たいなんて言ったんですか」

「その、椿ちゃんの部屋見てみたいなあっていうちょっとした出来心的なあれで……」

「意味が分かんないんですけど」


 私の部屋が見たいということと出来心のつながりが全く見えない。


 それに自分で言うのもなんだが、私の部屋はどこにでもある超一般的な部屋だ。


 棚やベッドは白で統一されてあるし、変わったものは何一つない。強いて言うなら、ベッドの上に一体のくまのぬいぐるみがででんという効果音付きで座っているだけ。


 勝手に女子の部屋に理想を抱いているかもしれない男子には申し訳ないくらいのシンプルな部屋だ。


「もう用がないんだったら帰ってください」

「いや、待って! 今から文系の魅力考えるから! 天下の生徒会長様は困っている人を放っておけないさがだから!」

「いや…… そんな性なんか発揮しなくていいから、帰ってくださいよ……」

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