第16話

「別に悩んでないですけど…… なんですか? 何か企んでます?」

「心外だなあ。悩める一般生徒を救ってあげるのが生徒会長の務め……なんだけど、まあ要するに本当に悩んでそうだから心配してるんだよ」


 空気が変わる。


 私には世莉さんが何を考えているのか分からなかった。

 

 私のことを心配してくれているようにも見えるし、そうではないようにも見える。


 世莉さんはいつも自分の気持ちを私に悟らせない。意識的にそうしているのか、それとも無意識なのかどうかは分からないけど。態度や話し方から、少しは相手の感情を読み取ったりできるものなのに、世莉さんにはそれが通用しないから難しい。


 少し黙って、世莉さんの目を真っ直ぐに見つめてみるけど、やっぱり本心は分からない。


 けどまあ…… 話してもみてもいい……かな、と。


 少しだけそう思った。


「その、世莉さんは文理の選択って、どうやって決めましたか?」

「文理? あー、もうその時期か。私はそうだなあ。数学が嫌いだからって理由で文系にしたかな。あ、勘違いしないでね? 数学は嫌いだけど苦手なわけじゃないから」


 いやそんな補足情報までは聞いてないけど。


 でもやっぱりみんなそんな感じだよなあという感想を抱きながらため息をつく。


 高校生の時点でやりたいことだったり、将来の夢を持っている人なんてごくわずかで、とりあえず就職するか、とか、とりあえず大学に行くか、と考える人が残りの大半だと思う。私もその中の一人だ。


 そんなとりあえず大学に行くことを目標としている私が、理系科目が苦手なのに理系を選んだって、大変な思いをすることは分かりきっている。


 そんなの愛の力で乗り越えてやるー、なんてことでも言えたら良かったんだけどさ。


「……ふーむ、なるほどね。なんとなく分かったよ、世莉さんは。椿ちゃんは文系がいいんだけど、日和が理系にするから迷ってるわけだ?」

「っ……」


 心臓がドキッと揺れる。言葉は何も出てこなかった。


 できることなら否定したい。そんなわけないじゃないですかって鼻で笑ってやりたい。だけど、世莉さんの言っていることは本当に全くその通りで、私は首を横に振ることもできなかった。


 相楽世莉という人間は本当に面倒で厄介だ。せめて何か一つくらい欠点があって欲しいものだけど、勘までいいなんて。天はこの人に何物も与えすぎなのではないだろうか。


「それは天下の生徒会長様でもズバッと……とはいかないなあ。もうこの時期まで来ちゃったら日和も文系に変えるなんて言わないだろうし」


 世莉さんは手を顎に当てて、「うーん」と声を漏らし始めた。


 この人は何を言っているのだろうか。


 予想していた返しでないことに私は目をパチパチとさせる。


「…………あの」

「ん?」

「私のことバカだなって思わないんですか?」


 少し、いや、かなり驚いている。


 こんなどうしようもない理由で文理を迷っているなんて知られると、絶対に笑われるか、バカにされると思っていた。特に世莉さんには。


「え? なんで?」

「だ、だって、ただ理系に日和がいるからって理由で悩んでるんですよ? そんなことで悩むなんてバカなやつって──」

「思わないよ」


 「思いますよね」が当てはまるはずだった文末に、違う言葉が先に入ってきた。


 世莉さんは物憂げな顔をして空を見上げている。


 私は今きっと間抜けな顔をしていることだろう。目は大きく開いて、口が半開きで。それくらい驚いていた、というよりかは、それくらい意外だった、という方が正しいかもしれない。


「椿ちゃんにとってはそんなことじゃないから悩んでるんでしょ?」


 ……真剣な顔をして何をいっているんだろう。


 心配しているなんてどうせ口先だけで、きっとまた私の弱みでも握って、からかいたいんだろうと思っていた。でもこの様子だと本当に私の心配をしてくれているんだろうか。


 いや、でも世莉さんだよ?と自問自答をしてみても答えは出てこない。


「あの、もしかして私のこと本気で心配してます?」

「当たり前じゃん」

「……なぜ?」


 世莉さんに心配してもらう謂れはないはず、というのが純粋な疑問だった。


「生徒会長たるもの、困っている一般生徒手を差し伸べる義務があるの」

「………………」

「冗談です、ごめんなさい。本当に椿ちゃんが悩んでそうだったからって、ほんとただそれだけ」


 ……やっぱり私には分からない。


 私が世莉さんとキスをすることを嫌がっているのは分かっているはずなのに、それを面白がっている世莉さんと、今の世莉さんが同一人物に思えない。


 もしかして、本当は私のことが好きでキスなんてしているんじゃ……とか、そういうことではない。だって、今までの世莉さんが私を見ていた目は、水嶋椿ではなく、どこにでもいるただの人間を見る目だったから。何も分からなくても、それだけは分かる。


 本当に不思議な人。すぐに感情が表に出てしまう日和とは全然違う。顔は似ているのに、ここまで性格が違うなんて。


「椿ちゃん、成績的には文系なんだよね?」

「え? あ、はい」

「よし、世莉さんが文系の魅力を教えてしんぜよう!」

「……ええ、何それ」

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