第11話
「できないです」
「え?」
私は世莉さんの唇を手のひらで押し返す。
いつも通り、屋上に呼ばれてキスをせがまれていた私は初めて世莉さんを拒否した。
屋上に吹く風がいつもよりも冷たい。だんだんと秋に向かっているからだろうか。まさかこんなところで今年初めての秋を感じるとは。
「いまさら?」
「できないものはできないです」
これでは日和に私の気持ちをバラさない代わりに、毎日キスをするという交換条件に反してしまうが、まだ私の心は整理がついていなかった。
「じゃあ日和にバレてもいいんだ?」
「それは困ります。言わないでください」
「……椿ちゃんに都合良すぎない?」
そうなのかもしれない。だけど私だって何も考えてこなかったわけではない。
「一週間。一週間だけ交換条件の話をなしにしてくれませんか?」
「え、一週間?」
「はい」
もちろん日和に私の気持ちがバレるわけにはいかないというのは一貫して変わらない。
だけど、世莉さんと佐伯慶がキスをしている場面を見てしまったからには、世莉さんと今まで通りキスをすることに抵抗感が生まれている。
つまりは、一週間くらいあれば私の気持ちも落ち着くだろう、という算段である。
「一週間かあ。んー、まあいいけどさ。どうしたの急に。なんかあったの?」
「別に。世莉さんには関係ないことですよ」
世莉さんがあんなところで彼氏とキスなんてしてるせいなんですけどね。
斜め下を見つめて、そんなことを考える。
いや、世莉さんが誰と付き合っていようと、そのこと自体に責任があるわけではない。だけど、この責任を受け止めてくれそうな人は私以外に世莉さんしかいない。
「…………そのさ、関係ないっていうのやめない?」
「え?」
ひんやりとした世莉さんの声。私は少しだけ、びくっと肩を揺らした。
「本当に関係ないこともあるかもしれないけど、これに関しては私も関係あるよね?」
「あ、え、はい……」
「なんでなの?」
「……えっと」
世莉さんに反論されたことに心が揺らぎ、言葉につまる。
言い返されると思っていなかった。関係ないと言っておけば、踏み込まれないで済むと思っていた。世莉さんは私のことなんかに興味ないだろうからって。
だけど、交換条件という関係だけで繋がっている私たちには、今回のことは関係がないという言葉では片付けられないことだったのかもしれない。
「……どうしても言わないとダメですか?」
「ダメ」
「ええ……」
こうなった世莉さんは私を逃してくれるような気がしない。世莉さんのことなんてほとんど知らないのに、なぜかそう思った。
私は「はあ……」と諦め半分でため息をつく。
「世莉さんの…… 彼氏が嫌だからです」
「彼氏? 慶のこと?」
「そうです」
「………………それはつまり、嫉妬?」
「……はい? 何言ってるんですか?」
純粋に世莉さんの言っている意味が分からない。今の会話のどこをどう解釈したら、嫉妬という言葉が出てくるんだろうか。
「世莉さん、この前、彼氏とキスしてましたよね?」
「え? うん、まあ、一応彼氏だし? この前っていつか分からないけど」
「世莉さんの彼氏と、その、私が間接キスしてるみたいになってるのが嫌、なんです」
間接キスなんて私の考えすぎなのかもしれないけど、どうしても意識してしまうようになってしまった。
だからって、世莉さんとキスをしないと日和にバラされてしまうし、彼氏と別れてくださいなんていうのは、私の言える範囲を超えすぎている。
「あー、なるほど。そういうことかあ」
「じゃあそういうことでお願いします」
この世莉さんの様子だと、自分の彼氏と私が昔一瞬でも付き合っていたことは知らないんだろう。一瞬のこと過ぎて、どうせ誰も覚えていないことだ。わざわざ言う必要もない。
そんなことより、たかが間接キスなんて微妙な理由で……と思われているかもしれないことが妙に心地悪くて、恥ずかしかった。早くこの場を去りたい。
「よいしょ。……え、ちょっ」
教室に戻ろうと立ち上がった私の体が後ろから引っ張られてぐらつく。後ろを向くと、世莉さんの手が私の腕を掴んでいた。
「なんです──」
「じゃあ慶と別れるね!」
「……………」
沈黙が流れる。私はしばらく言葉が出てこなった。そして数秒か数十秒かわからない曖昧な時間のあと。
「……………………ええ」
申し訳なさや呆れ、困惑。いろんな感情が混ざり、ようやく凝縮されて出てきた言葉はこれだけだった。
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