第12話
何が楽しくて私は倉庫の裏でこそこそと見張りなんかしているんだろうか。
世莉さんが彼氏と別れると宣言してから二日後。
放課後に世莉さんから連絡を受けた私は、倉庫の裏に隠れて、これから別れ話をする様子を観察するように世莉さんに言われていた。
私のせいで、と言うべきなのかは分からないけど、昨日と一昨日は交換条件は発動せず、キスをしないで済んでいる。
そのことについてはありがたいんだけど、なんで私がこんなことをしないといけないんだろうか……
ふと、別にそこまでして欲しいわけではなかったんだけどなあ、と罪悪感が生まれる。
どうして急に別れると言い出したのか、世莉さんの真意は分からないけど、私が関係しているのは確か。これは私だけの問題なわけで、世莉さんにも彼氏にも何も関係ないことなのに。
もやもやした気持ちを振り払うように顔をぶんぶんと横に振る。
だけど、ため息は消えない。最近ため息しかついてないような気がする。もっとちゃんと呼吸した方がいい。
そう思って、息を大きく吸うと世莉さんの彼氏が姿を現した。私は一瞬息を止めて、ゆっくりと吐き出したあと、二人の会話に耳を傾ける。
「世莉、おまたせ。話って何?」
「慶、私たち別れよ!」
世莉さんは驚くほど朗らかだった。これから別れ話をする人間の声の明るさではない。
「……は? な、何言ってんの? え、どうしたの急に?」
困惑している。当たり前だ。同じ状況なら私だって困惑してしまう。だけど、狼狽えている佐伯慶を見れたことに関してはいい気味でしかない。これは決して私の性格が悪いせいではないのだ。
「だから別れようって言ってんの」
「は、なんで?」
「なんでって、そもそもさ、慶と付き合う前に慶のこと好きじゃないってちゃんと言ったよね? 慶がそれでもいいからって付き合い始めたわけじゃん?」
「ま、まあ、そうだけど」
「だったら私が別れようって言うのも別におかしくはないよね?」
へー、そうなんだ、と妙に納得してしまった。
佐伯慶は学校一番のイケメンだと噂はされているが、その他にあまりいい噂は聞かない。二股してるだとか、裏で悪口を言いまくっているだとか、DV野郎だとか。そこらへんが有名なとこだろうか。
所詮ただの噂だし、それが本当のことは分からない。だけど、あの佐伯慶のことだから、火のないところに無理やり煙をたてられたわけではないと思う。
そんな顔しか取り柄のないやつが評価の高い世莉さんと付き合っているというのがずっと不思議ではあった。
「おかしいだろ。前はそうだったけど、俺のこと今は好きでしょ?」
「いや全然全く」
感情の起伏が一切ない世莉さんの声が佐伯慶をきっぱりと否定した。やっぱり面白いなと思ってしまう。
「は、はは…… マジか。でも困るなあ。別れらんないわ」
「なんで?」
「世莉と付き合ってるなんてかなりのステータスになるじゃん」
なんていう佐伯慶らしい理由なんだろうか。なんかもう逆に褒めたくなってきた。
「そんなの知らん! まあもう別れたから。じゃあね~」
「おい、待てって」
佐伯慶が世莉さんの腕を掴む。
面倒なことになりそうだなあ、と私はその場面を俯瞰で眺めていた。
だんだんと二人を取り巻く空気がピリピリと変化していくのが、遠目に見ている私にも伝わってきたから。
「別れねえって言ってるだろ」
「だから何? そもそも慶のこと好きでもないのに、付き合ってあげただけでも感謝して欲しいんだけど」
「なっ……」
「顔だけしか取り柄ないんだからさ。あんま勘違いしない方がいいよ」
「っ……! 調子に乗るなよ!」
そんな怒りの籠った声と一緒にパンッという痛々しい音が空気を振動させて、私の耳に突き刺さった。
目の前には激怒している男子生徒と、赤くなった頬を右手で押さえている女子生徒。そして私は犯行の目撃者。
面倒なことに世莉さんの言う通りの展開になっていた。
はあ。めんどくさ…… 行くしかないのか……
私は大きなため息をついた後、なるべく音がたつように草をかき分けながら、二人に近づいていく。
佐伯慶は人がいるとは思わなかったのか、目を丸くして驚いていた。変な顔。
世莉さんは叩かれた頬を押さえたまま、にやっと悪い笑顔を浮かべていた。こっちは怖い顔。
「な、なにお前……」
「今の見てたんですけど、暴力は良くないですよー」
「は、はあ? そんなことしてねーし」
「世莉さんのほっぺ赤くなってますけど?」
「こ、これは、こいつが勝手にやったことだし!」
勝手にやったって何だろうか。自分で自分の頬を叩いたってこと?
そんなバカがどこにいるんだと反論しそうになったがやめた。あまり露骨なことを言って怒らせて私まで叩かれたら嫌だし。
「てかお前誰なんだよ。見た感じだけど、お前後輩だろ? あんま調子に乗んなよ」
イライラする。やっぱり私のことなんか覚えてもいない。
つい、どっちが調子に乗ってるんだと言いそうになった私の口を世莉さんが塞いだ。
「この子はねえ…… わたしの好きな人だよ、佐伯クン」
「「は?」」
私と佐伯慶の声が重なる。
何を言ってるんだと思いながら世莉さんを見た。だけど、世莉さんの目を見て、私はすぐに考えていることをなんとなく察した。
「あー、そうですそうです。世莉さんって私のこと大好きなんですよお」
「はっ、お前ら女同士だろ!? キモッ!」
「……キモくて結構ですけど」
「そ、そうだ、世莉。俺と別れるならお前らのこと周りに言いふらしてやるからな!」
往生際が悪いなあ。言いふらされたところで、世莉さんとこの男のどちらが信用があるかなんて分かりきっていることなのに。
「はあ…… 先輩、これ見てください」
「あ?」
私はポケットからスマホを取り出して、ある動画を佐伯慶に見せつける。
「おい、お前それ…… すぐ消せよ!」
「消すと思います? あ、この動画もう友達に送ってあるんで、私のスマホ壊そうとかそんなこと考えても無駄ですよ?」
動画には世莉さんと佐伯慶が言い合いをしているところ、一番重要である彼氏さんによるビンタシーンまでが、ばっちりと私のスマホの中に収まっている。
まあ友達に送ってるってところは嘘だけど。
「ちっ…… あー、もういいよ! 別れればいいんだろ、別れれば! こっちからこんな性格の悪い女願い下げだよ!」
そう言うと、彼氏さん、いや、ただの佐伯慶は怒りながら去って行った。
「…………はあ」
ため息か漏れる。
異常にコミュ力使った気がする。ああいうやつと会話するのは疲れる。
まあ何にせよ。とりあえずは捨てゼリフ、ごちそうさまでした。
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