第5話
「はあ……」
辺りが暗い。唯一、道を照らしてくれる防犯灯には数匹の蛾がふらふらと飛び回っている。
夜なのに、半袖でもまだそこまで寒くない。だけど、日が暮れるのだけは早くなっていて、現実に気持ちが追い付かない。
住宅街を抜けると、コンビニの異様に明るくて白い光が目に突き刺さった。
夜ももう九時を過ぎたと言うのに、こんな夜遅くまで働いている人は凄い。いつもお疲れ様ですという気持ちで、コンビニの自動ドアをくぐっていく。
下着を買いに行くと言って出てきたけど、日和にアイスでも買って帰ろうか。日和、季節に関係なく、めっちゃアイス食べるからなあ。
私は冷凍ケースに詰められているアイスを物色する。
赤、緑、青と彩られたアイスの袋がなんだか夜のコンビニではものすごく浮いているように思えた。特にこの紫色のアイス。秋だからさつまいも味なんだろうけど、見た目だけ言うとあまり美味しそうに見えない。
企業の人には申し訳ないけど、なんかこう、毒々しいというか……
無難にバニラのアイスでも買って帰ろうかな。そう思って、アイスに手を伸ばすと、聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。
「椿ちゃーん」
「え……」
知り合いなんているはずのない夜のコンビニで名前を呼ばれたことに驚いて振り向くと、そこには世莉さんの姿があった。
「ふう、やっと追いついた。歩くの早いんだね」
「どうしたんですか?」
「お母さんが女の子を夜一人で歩かせたらダメでしょって。日和は今お風呂入ってるから」
「ああ……」
それは申し訳ないことをしてしまった。まだ深夜ってわけではないから、大丈夫かなって思ったんだけど。世莉さんは少しだけ息を切らしているみたいだし、余計に申し訳ない。
というか、世莉さんも女の子なわけであるけど、そこはお母さん的にオッケーだったのだろうか。
「すみません。わざわざ追いかけさせてしまって……」
そう言って、謝ったあとに世莉さんの顔を見ると、なぜか静かに面を食らったような顔をしていた。
なに……? 私、なんか変なこと言った?
「驚いた。椿ちゃんって謝れるんだね」
「…………喧嘩売ってるんですか?」
「いやいや、そういうわけじゃなくて。私、嫌われてると思ったからびっくりして」
「嫌いですよ。てか嫌われてる自覚あったんですね」
少し移動して、四角い袋に丁寧に包まれた下着を手に取る。
「そりゃ、めっちゃ睨まれたりしてるから」
「自覚があるならすぐにでもやめて欲しいことがあるんですけど…… けどまあ、それが別に謝らない理由にはなりませんから」
わたしはアイスを三つ手に取って、レジに並ぶ。
最近はコンビニも自動精算機に変わって、お会計がすごくスムーズになった。しかも現金を持っていなくても、電子決済という手段もあるのだ。さらにスムーズで、せっかちな私にはちょうどいい。
「ありがとうございました」
私は店員さんにお礼を言って、コンビニを出ると、少し生ぬるい風が頬を掠めた。
すごく明るいところにいたからか、急に辺りが暗くなって目がチカチカする。
なんだか異世界にでも迷い込んでいた気分だ。どこにでもあるただのコンビニなのに。
「……椿ちゃんって不思議な子だね」
「至って普通な人間だと思いますけど。不思議なのは世莉さんの方ですよ」
「ええ、どこらへんが?」
「何を考えてるのか全く分からないところ」
私だったら、何があったとしても交換条件にキスなんて出さない。
どういう思考をして、どういう経路をたどれば世莉さんの考え方に行きつくのか、想像もできない。なんだか幻のような存在に思えるけど、私の隣に確かに存在する。
掴みどころがありそうでない……みたいな感じ。
「何を考えてるか分からないね。よく言われる」
「でしょうね。はいどうぞ」
「え、なにこれ?」
「毒です」
「毒!?」
「嘘です。アイスです。さつまいも味の」
私は先ほどの毒々しい見た目のアイスを世莉さんに渡した。
もうお風呂に入ったはずなのに、それでもわざわざ追いかけてくれたんだし、ついでだったからお礼の意味も込めて買っておいた。
見た目はちょっとアレだけど、味はたぶんちゃんと美味しいさつまいもアイスなはず。そこは企業の力を信じようではないか。
「溶けるといけないんで早めに食べてください」
「……………………」
「あ、さつまいも嫌いでした?」
「ああ、いや好きだよ。ありがとう」
「世莉さんってちゃんとお礼言えるんですね」
「私のまねしなくていいから!」
「あははっ」
声をあげて笑ったことに気がついた私はすぐに口角を下げる。普通に笑ってしまった自分に驚いたから。
なんで世莉さんは、わざわざ自分から嫌われるようなことをしているんだろう。そもそも理解する気なんてないけどさ。理解しようとしたところで、私の世莉さんに対する評価は変わらないだろうし。
考えることを放棄した私は袋からキャラメル味のアイスを取り出す。
アイスはキャラメル味が最強だよね。
「……やっぱ不思議だね」
そうポツリと世莉さんが声を漏らしたけど、聞こえてないふりをすることにした。
防犯灯の周りには、まだ蛾たちが彷徨っていた。
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