生徒の旅立ち(Blue Archive二次創作) by むぎ
三月下旬。桜の甘さを含んだ、ぽかぽかとした春の陽気を感じる中、まだ春寒の冷たい空気が残っている。暖かさが新しい門出を応援し、冷たさが日常の別れを伝えてくる。
もちろん変わらない者もいる。そんな人達は春の言葉にできない安心感を伝える何かを感じていることだろう。
その中で生徒は変わる側だ。そして、今日この日は生徒にとって最も重要な日と言っても過言ではない。―――卒業式。3年間の修士課程を終えた生徒が学校に別れを告げる大切な行事。2年生・1年生は今までお世話になった先輩方の門出を祝福し、別れを悲しむ。3年生は今までの出来事を思い出し、3年間を共にした同級生と互いに思い出を懐かしみながら語り合う。そして、後輩に、次の世代に、バトンを、伝統を、思いを託す大事な日。
それはキヴォトスでも変わりない。いや、普通の世界より卒業の意味は重いかもしれない。
キヴォトスで卒業は生徒が子供から大人へと変わることを表す。それはつまり、生徒達が今まで命をかけて自分達を助けてくれたあの偉大な人と同じ立場になるのだ。とても想像できないだろう。実感が湧かないだろう。しかし、春は変化の季節。この変化を受け入れ適応し、新しい道を歩まないといけない。未知の世界に足を踏み入れるのは不安だろう、怖いだろう。強固な体を持つキヴォトスの生徒でもそれは変わらない。しかし、大丈夫だ。彼女らには頼りになる大人がいるのだから。変態で浪費癖があって生活習慣が終わっていて、自分の身を顧みない愚かさを持っている、優しくて勇敢で誰よりも生徒を思い、最後まで助けてくれる人が。
トリニティ総合学園。学園都市キヴォトスにおいて三大学園に数えられる程に強い勢力を持つマンモス校だ。宿敵のゲヘナ学園とは違いお嬢様学校といった雰囲気であり、中世の宮殿のような校舎を持っている。一見、上品で優雅な雰囲気を持っていて、いかにもお嬢様学校といった外見をしているが、派閥内外で互いの足をすくい合うような騙し合いや生徒間のいじめがあるなど、陰謀渦巻くドロドロとした内面を持っている。
そんな派閥間での争いが絶えないトリニティだが、卒業式があるこの日は穏やかな空気が流れていた。いくら腹の中を探り合っていた仲とはいえ、同じ日々を過ごしてきたことに偽りはない。今日ぐらいは今までの争いも一つの思い出として、お互いに祝福しあいましょう。そんな雰囲気が3年生間で流れていた。後輩達もそんな先輩達を見て、自分達の牽制で大切な先輩方の花道を汚すような決してしないと心掛けた。そんなくだらないことをするぐらいなら学校を去る先輩方と最後の思い出を作りたい。1・2年生の心の中はそんな思いでいっぱいだった。
そうした想いを乗せ、卒業式が始まった。
「開会の辞。これより、XX年トリニティ総合学園の卒業証書授与式をとりおこないます」
巨大な大聖堂に校長先生の卒業を祝福する慈しみを含んだ声が響き渡る。この大聖堂はいつもシスターフッドが所有している建物だが、卒業式のために、卒業生のために解放したのだ。
「来賓紹介。連邦捜査部S.C.H.A.L.E顧問、XX先生」
純白のロングコートとロゴの着いた青色の腕章をつけた先生が立ち上がり、長椅子に座っている生徒に一礼し、来賓席にも礼を済ませて、腰を下ろす。先生はこういった行事に参加したことが初めてなのか緊張が見える。
先生が紹介され、何人かの生徒が小さく手を振る…宇宙の形をしたヘイローを持つ生徒だけ大きく手を振っている。その近くの花のヘアバンドをつけた少女とケモミミの少女がそれを嗜める。…ロールケーキが何とかと聞こえたが幻聴に違いないだろう。まさか、気品に溢れているお嬢様が「早くやめてください!ロールケーキをぶち込みますよ!」なんて言うはずがない。
来賓の紹介が進んでいき、卒業証書授与へと移る。
「卒業生代表、桐藤ナギサ」
「はい」
校長へ呼ばれナギサが大聖堂の祭壇の前へと立つ。エデン条約時に疑心暗鬼になって、親しい人を信じることができなくなり、苦しんでいた彼女だが、今の彼女にはそのようなは見られない。政治のような参謀を陰に隠したような微笑みではなく、温かい微笑み。
「卒業証書。桐藤ナギサ。XX年X月X日生。あなたを本校において修士課程を卒業したことを証する。XX年X月X日。トリニティ総合学園校長、XXXXより。…卒業おめでとうございます」
卒業したことを証明する卒業証書をナギサは華麗な動作で受け取り、証書を大切に持つ彼女は何を思っているのか。卒業した喜びか、思い出を懐かしんでいるのか。それとも、別れを悲しんでいるのか。
「百合園セイア」
「…はい」
次に呼ばれたセイアはゆっくりと祭壇の前に向かう。強力な予知能力を持つ彼女はエデン条約の結末を、残酷なバッドエンドを予知してしまった。絶望した彼女はその先の未来を見ることを怖がり、夢の中に彷徨っていた。そんな常人にはない苦しみを抱えていた彼女だが、今の彼女はもう未来に怯えて諦めることはないだろう。他ならず先生と補修授業部をはじめとした生徒達が証明したからだ。選択次第で未来を変えることができると。
「古関ウイ」
「はっはぃ…」
トリニティ総合学園図書委員会委員長、古関ウイ。
「歌住サクラコ」
「はい」
トリニティ総合学園シスターフッド、歌住サクラコ
「若葉ヒナタ」
「はっはい」
トリニティ総合学園シスターフッド、若葉ヒナタ。
「剣崎ツルギ」
「は…はい」
トリニティ総合学園正義実現委員会委員長、剣崎ツルギ。
「羽川ハスミ」
「はい」
トリニティ総合学園正義実現委員会福井委員長、羽川ハスミ。
「蒼森ミネ」
「はい」
トリニティ総合学園救護騎士団団長、蒼森ミネ。
そして。
「聖園ミカ」
「…はい」
次々と3年生に卒業証書が渡されていく。そして、最後に彼女が呼ばれる。
かつてトリニティを裏切り、魔女と呼ばれた一人の少女。トリニティ総合学園元ティーパーティー、聖園ミカ。
アリウスと共謀し、ティーパーティーのホストの座を奪還しようとした残虐な魔女。
自らの短慮が招いた人殺しの十字架に苦しみ、自らの破滅を願いながらも、友達と仲直りすることを密かに思うただの少女。
友達との和解を拒絶され、絶望の淵に誰も救われることのない復讐の炎に身を焼こうとした一人の女の子。
しかし、本当は救われることを願う生徒。
周りの小言も気にせず、何を思っているか分からない、しかし、自暴自棄になっていた時のような陰は見られない表情で祭壇の前に立つ。
「卒業おめでとうございます」
「…ありがとうございます」
そう言い、彼女は神妙な面持ちで自分の卒業を告げる証書を受け取る。
彼女から罪が消えることはない。彼女はこの先も罪業を背負い、生きていくことだろう。しかし、もうあの時のように暴走することはない…多分ないだろう。もし、暴走したとしてもそれを止める、人がいるのだから。魔女の呪いを一つ一つ解いてくれた、お姫様を救う王子様が。
そうして卒業生全員が証書を受け取り、卒業式が進んでいく。
そして祝電披露として先生が祭壇の前に立つ。そして、昨日徹夜で仕上げてきた紙を広げ、言葉を告げる。
「えぇ、私はこういった行事に慣れていなく、適宜な台詞が思い浮かばなかったため、自分が伝えたいことを生徒の皆さんの最後の授業として告げようと思います。まずは皆さん、卒業おめでとうございます。これから皆さんは生徒ではなく一人の大人として新たな道を進んでいきます。それを不安に思う人もいるでしょう。まだ、大人になった実感が湧かない人もいるでしょう。
大人とは子供達が選択した道に一歩を踏み出せるよう背中を押してあげる人のことを言います。そして、大人の責任として子供達を守らないといけません。しかし、そんな難しく考えなくても大丈夫です。皆さんが今まで経験してきたことをまだ未熟な後輩達に伝えればいいのです。先代達が歩んできた足跡は子供を導き重要な要素になります。また、大人になってこれまでの関係が変わることを怖がる人もいるでしょう。確かに今の関係で満足なのにそれが変わるとなると怖いですよね。
でも、関係は変わるけどその根本的な繋がりは変わりません。皆さんが積み上げてきた年月と思い出は繋がりを強固にし、繋がりを維持してくれます。大人になっても友達との関わりが変わることはありません。ですから、これからも友達を大事にしてください。そして、私のことも変わらず頼ってください。
大人になっても皆さんは私にとって生徒であることには変わりありません。以上で式辞を終わらせてもらいます」
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