第九章 We are ☆愛dol☆(プロデューサー:アヅマ)

Episode053 よし、キミたちは今日からアイドルだ!

俺のキノコの件からだいたい一週間が経過した。

ナノックとテイニーは俺たちとの生活に慣れ、そんなに問題なく暮らしている。

それと、俺は『女誑しのクヅマさん』と皆から呼ばれるようになっているらしい。

『クヅマさん』の名をといえば、『ヅ』と『ズ』の違いだけで、日本にいた頃に好きだったどこぞの素晴らしい世界の主人公も呼ばれていた呼び方なので少し懐かしい。

だが、どっかの機会でその辺の誤解は解いておかないとマズいだろうなあ……。

とりあえず、今は今日のクエストを冒険者ギルドにて探していたはずなのだが。


『みんな~、ありがと~!』


ギルドの中にあった舞台みたいなところで、何やらアイドルみたいなことをしている少女に皆が見入っていた。

装いや雰囲気、そもそも魔力式スピーカーから流れていた音楽からして、アイドル以外というのはまず在り得ないだろう。

というか、この世界にもアイドルの概念あったんだなと少し驚いている。

せめて存在して吟遊詩人が限界だと思っていたが、異世界もナメるもんじゃないな。

いつか12人……とディアーも加えて13人をアイドルにして、『世界で初めて〈アイドル〉という文化を確立した者』の名を貰うことが不可能になったのは残念だが。

周囲で見ていた人たちの拍手を浴びて、アイドルの少女は舞台裏に引き下がって行ったのを見ながら。


「……アイドルですか……。やってみたら、アヅマくんも喜びますかね……」

「どうせご主人様のことですし、喜んでくれると思いますよ。ご主人様って、アレでも意外とむっつりの可能性がありますからね」


……もう、既に皆がアイドルをしてみたいような感じの顔をしていた。

というものの、まだ胸にしまっておきたいんだろう。

小声でユイナとカミナスの会話で何を言っているのか俺が聞き取っただけなのだが。

というか、俺が本当にむっつりの可能性があるというのは否定できないかもしれないので、言及するのはやめてほしい。

それにしても、アイドルに皆から興味を持ってくれるとは思ってなかったな。

『思い立ったが吉日』ってことわざもあるし、今日はクエストに行くのはやめて。


「……なあ、一旦家に帰らないか? 少し相談がある」


今日から少しだけ、皆にはアイドルになってもらうことにする。



すぐに家もとい屋敷に帰った俺たちは、とりあえず全員で居間に集まり。


「……皆って、アイドルやってみたいとか思わなかったか?」


俺がそう問いかけると、全員がそっぽを向いたり口笛を吹いたり……。

まあ、皆してそれぞれに誤魔化し始めた。

そんな隠すようなことじゃないと思うんだけど、心の準備とかができてなかったか?

だが、勇者パーティー時代に〈『大好きになったことは曲げない』がモットーだ〉と知れ渡っているユイナが、すぐに誤魔化そうとするのを止めて。


「はい。私は、いえ、私たちは、アイドルをしてみたいです!」


全員に見守られる中で、彼女だけはハッキリとそう言った。

その顔には希望が浮かんでいるようにも見えたが、それは俺の目に美化されて映った所為ではないような気がする。

ユイナのそんな正直な言葉に背中を押されたのか、皆も頷くような動作を見せる。

……ただ1人を除いて。


「み、皆がやるのはいいんだけどさ。……私はそんなに可愛くないから、アヅマくんと一緒にサポートするよ」


想定通り、ナノックが拒否した。

このセリフを前に聞いたのは出会った日だが、もしかしなくても、『可愛さ』が関わってくるような話なら、これからもこの調子なのかもしれない。

まあ、本人が望まないなら、言っているようにサポートでもいいけど……。

と考えていると。


「ナノック。アナタも、アヅマを好きなんじゃないんデスか?」


急にテイニーがナノックの説得を始めた。

仮にも――いや、全く『仮』じゃないのだが――ライバル同士であるテイニーがナノックにそんなことをするのは意外だが、皆でやりたいという想いがあるからこそなんだろうと思うと、テイニーの頭を撫でてあげたくなる。


「アヅマは、アナタのことを可愛いと思ってくれてイマス。なのに、アナタも一緒になってアイドルをやらないのは、アヅマをガッカリさせると思うんデスが」

「で、でも……。皆の引き立て役くらいにはなるんだろうけど……」

「違いマス! ナノックも一緒になって輝くのデス!」


そう言ってナノックを抱きしめるテイニー。

日本には似たような光景のある青春アニメみたいなのは幾つもあったが、当事者じゃない俺はそのシーンを特に何も感じないで見ていた。

だが、今の俺は当事者なので、メチャクチャ涙腺が崩壊している。

正直な話、ここまで感動したのは生まれて初めてだろう。


「ほら。アヅマが、ナノックがアイドルやらないって思って泣いちゃってマスよ?」

「いや、アレはそういう涙じゃない気がするんだけど……」


俺の涙の理由をよく分かってないらしいテイニーだが、そのくらいにナノックと一緒にアイドルをやってみたいってことがよく分かる。

そう思うと、更に涙腺がッ……!

そんな俺の内心もつゆとも知らないテイニーが、俺に近づいてきたので。


「アヅマ。ナノックがアイドルになるって言うまで説得はストップしないデスから、そろそろ泣き止んで……」


そこまで言いかけたローズグレーの髪の少女を、思わずひしと抱きしめてしまった。

……感動し過ぎたあまりの行動なので、皆には是非とも後で許してほしい。


「……ありがとう……。俺の為に動いてくれて」


ちょっと俺も何言ってるのか少し理解に苦しむような、そんなセリフが口から出た。

……もしかして、あのキノコの毒がまだ残っているのかもしれない。

俺はそう思いながら彼女を放すと。


「……なあ、ナノック。もしキミがアイドルになってくれるって言うなら、俺は絶対に応援をやめないから。たとえこの腕がクタクタになっても、な!」


俯いて悩んでいるナノックに、俺はどこぞの死に戻りヤローのように笑って言う。

別にニコポを使おうとしているつもりはない。

ただ、今の俺にできることはコレしかないと感じただけである。

そのまま反応を待っていると。


「……アヅマがそう言うなら、少し頑張ってみようかな……。でも、それなら最後まで応援してよね……?」


俺を見上げる、つまりは上目遣いで俺を見ながらそう言ってくるナノック。

あ、上目遣いはキケンだからヤメテ。

そんな率直な感想を浮かべながら。


「よ、よし!キミたちは今日からアイドルだ!」


真っ赤になったテイニーと上目遣いのナノックを見据え、唐突な上目遣いに慌てた俺はそう叫んだのだった。


次回 Episode054 作編曲魔法? 何ソレ美味しいの?


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