Episode043 お忍びクエストと雨宿り

昨日の夜はマルヴェの急なアプローチがあって驚いたが、翌日の朝の何事もなかったかのような表情には、頭のおかしい爆裂娘がとある素晴らしい世界の6巻であるときに思っていたことが俺にも分かるような気がしてきた。

それはともかく、今日はディアーのお忍びクエストの約束がある。

雲色は怪しいが、俺の『空気壁(中)』でどうにかできると思う。

ということで、俺たちは全員でアン公の像の前にいるのだが。


「……来ないな」

「……来ないですね」


想定してたと言えばしていた事態だが、どうしてかディアーが来ない。

迷ってるだけって可能性もあるが、こういうときは……。

あ、俺って『思念通達』が使えるんだったわ!


『おはよう、ディアー。今だけど、どこにいるんだ?』

「え!? お、おはようございます……」


……近くからディアーの声がしたのは気のせいだろうか。

パメラさんはすぐにどうすればいいのか分かったから安心していたのだが、ディアーには分からなかったらしい。

逆に、対応方法が分かったパメラさんが凄いのかもしれないが。

俺たちが立っている位置と反対側に行ってみると、そこには、昨日俺が作った装備を完璧に着こなしている――装備を着こなしているって言うのもどうかと思うが――ディアーがいた。

こうしてみても、やはり王族って感じのする雰囲気は消せないのか。


「あ、おはようございます。ダーリン」


ああ、やっぱり俺の呼び方ってそうなったのか。

俺としては、その呼び方されてるところでケントたちに会うと『結婚するのか? ユイナ以外の女と』って言われて誤解が広がる気しかしないからやめてほしいんだが。

まあ、俺にはその術がない……と言えばない。


「早かったな。城下町を自由に出歩くのが初めてで迷うかと思っていたんだが。」

「そ、そんなことありませんわ! パメラに案内してもらったとか、そういうことは一切ないのですわ!」


……ウソが下手なタイプなのかもしれない。

とりあえず、次にパメラさんに会ったらお礼は言っておかないとだな。


「それより、早く行かないとクエストがなくなってしまうのではありませんか?」

「そんなに急がなくたって、今日みたいな天気の悪くなりそうな日はあんまり人いないことが多いから、急がなくても大丈夫だ」


そのまま冒険者ギルドに向かって歩き出したのだが、ディアーが俺の腕に自身の腕を絡めてきたのはちょっと意外である。

ゆっくり距離を詰めてくるかと思っていたが、王族の距離の詰め方は大胆らしい。

しばらくしてギルドに到着してクエストを探す作業に入っても、ディアーはその状態を保持し続けている。


「……歩きにくいんだが」

「しょうがないではありませんか! ただでさえ会える機会はそう多くないのですから、会えるときくらいはこうさせてください!」


まあ、その言い分は分からんこともない。

歩きにくいが、ここは我慢するとしよう。



結局、今日はコボルトの討伐をすることになった。

コボルトと言えば、小さいヤツも大きいヤツもいる犬っぽい魔物だ。

この世界にもいるのは知っていたが、どんな姿かを見るのは今回が初めてである。

それで、今さっき『解析』を使ってコボルトの集団とエンカウントする場所を突き止め、そこに向かったのだが……。


「……デカすぎんだろ!」


この世界のコボルトは、美味しい部類の雑魚魔物じゃなかった。

その巨躯は一体一体が3mを超え、かなりの威圧感を放っている。

コイツをディアーに倒させるのはちょっと危険な気がするが、本人が望むかどうか。


「なあ、ディアーはコイツ等を相手にするか? サポートできるならするし」

「はい! お願いいたしますわ!」


そう言うと、ディアーは剣を構えた。

魔物と遭遇するのは初めてのはずなんだが、結構冷静な感じだな。

俺の場合はゴブリン――だいたい1mくらい――だったから、そんなにビビらなかっただけなのかもしれない。

そのまま眺めていると、ディアーは俺との戦いのときのように、一瞬で間を詰めた。

と思ったら、一瞬で一体目のコボルトが切り伏せられた。

……もしかして、俺の避けがよかっただけだったのか?

そう考えているうちに、そこにいたコボルトの集団は全滅した。

普通に俺以上の実力者だったんだな……。


「やりましたわ! これ以上いないのですか?」

「うーん、もう少し南に似たような気配を感じるけど。……ディアーって強いな。俺が偶然避けたからこうなっただけかもしれないな」

「いえ! まだまだダーリンには遠く及ばないと思いますわ!」


……そうは言われても、俺って戦闘能力には自身がないんだよな。

すぐに迫ってどうにかするってだけで、長期戦になったらどうなるか分からん。

あと、なんかさっきからポツッと雨が降ってきているような気がするんだが。

そう思った途端に、急なザザ降りが俺たちを襲った。


「ヤバ! ほら、俺に寄ってくれ!」


俺は言うと、『空気壁(中)』を発動させた。

しかし、今の広さを維持するにはちょっと疲れる。

魔力量はあっても、制御に手間がかかったら宝の持ち腐れなのかもしれない。

と、そこにちょうどいい大木があるのを見つけた。

その下は不自然なくらいに空間があって、しかも濡れていない。

もしかしなくても、コレはヘルメイス様が用意したんだろう。

俺たちは急いでその木の下に入り、魔法を解除する。


「ふう……。急な雨でビックリしましたわ。今まで雨を浴びたことはなかったですから、これはこれでいい経験ができましたわ」


どうやら雨を浴びたことがなかったらしいディアーが、遊園地を楽しんでいる子供のような顔をして言う。

……俺に肩を預けながら。


「それにしても、この降水量とは、この世界の梅雨も侮れないな……」


俺のそんな呟きを聞き逃さなかったディアーが、俺に訊いてくる。


「ダーリンは転生者だと言っていましたが、異世界はどんなところなんですの? 雨が上がるまでは動きたくありませんし、聞かせてくれませんか?」



……話をはじめて、もう3時間は経過しただろうか。

空はもう日の光が降り注ぎ始めているにも関わらず、俺の話は続く。


「……で、ゲームを没収されたって言ってた友達が、俺から借りたヤツを3ヶ月もかりパクしやがったんだ。俺が転生しちゃって返してもらえずじまいになったけど」


ちなみに、転生した理由は謎ってことにしてある。

ヘルメイス様がどのくらいの人に認知されてる神様か知らんけど、俺を見込んで無理矢理に転生させたって話は知られない方が良さそうから出してない。


「そうなんですか……。その、ゲームというものは、いつかダーリンの手で再現することはできそうなんですか?」

「まあ……な。そのうちだけど」


その一言を最後に、俺は立ち上がった。

話すことはもうそんなにないし、そろそろ帰らないと腹が減っていてヤバい。

俺が振り返ると、まだ座っていたディアーが微笑んで言う。


「……昨日も今日も、皆さんには本当にありがとうございました。明日からはまた会えないですが、会える機会は幾らでも作ってみせますので」


……そんなことしたら、パメラさんを筆頭とした家臣の人たちが困ると思うんだが。

あと、魅了魔法を使われてディアーに惚れちゃわないようにする為にも、リーヴァとは関わり合いになりたくない。


「とりあえず、帰るか!」


俺がそう言うと、座っていた11人も立ち上がって、俺たちは家路を辿った。

ちなみに、翌日にここに来てみたら、案の定その木はなくなっていた。

ヘルメイス様も、かなり細かいことをするもんだ。


次回 Episode044 『ホンネコチョウダケ』とかいうキノコ

   《第一部 第八章》スタート

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