Episode042 お忍び王女様とのクエスト、どうする?

いろいろあった一本試合が終わり、俺たちは最初の大広間に戻った。

しばらくして、ドレスに着替えたディアー様がリーヴァ様を連れてここに入ってきて、俺の横を通るとき、すれ違いざまに。


「さきほどはありがとうございました。ダーリン♡」


……なんだろう、もう結婚した気になるの、やめてもらっていいっすか?

とか言いたくなってしまうが、この言い回しが分かる人がここにいないのでやめる。

どうであれ、王族相手にそんな口を利くものではない。

俺たちが戻ってきたときにはテーブルやら何やらは片付けられていて、ついさっきまで気付いてなかったが、ここに入って真っ直ぐのところに玉座みたいなのがある。

そこに腰かけたディアー様と、その右にリーヴァ様、左にはパメラさんが立った。

こうしてみると、改めてこの人が王族なんだと認識させられる。


「今日はワタクシの要望に何度も答えていただいたこと、改めてお礼を申し上げますわ。それでなのですが、……ダーリンが言っていた、お忍びでのクエストの件はどうしましょうか?」


どうやら、ディアー様の中で、俺の呼び方は『ダーリン』になってしまったらしい。

悪くはないのだが、無理矢理婚約させられる展開にならないことを祈るよ……。

それより、今はディアー様の質問に答えるのが先だ。


「俺たちで、ディアー様の装備は用意しますが。……ここで、どういったものがいいのか描いてもらえますか?」


俺はそう言いながら、『物質創造(中)』で紙とペンを創り出した。

そのまま玉座の正面の階段を上がり、それを手渡した。

手が触れたときにディアー様が少しビクッとしたのは秘密である。

ちなみに、ペンとは言っても日本にあった油性ペンにした。

インクの代わりに魔力が入っていて、外に出されるタイミングで油性インクに変貌するといったシステムになっているのだ。

たかだか小物を創るだけの魔法なんだろうと侮っていたが、この魔法も進化したらかなりヤバいチートな魔法になったのだなあと、しみじみ実感させられる。


「そ、それが、あなたの『物質創造(中)』ですか……。人間の使える魔法の範囲に存在しない魔法ですし、その魔法も魔物から取得したのですか? ……あと、あなたたちとはこれから長いお付き合いになると思いましたので、これからはご自由な接し方で構いませんわ」


一言にいろいろ詰めすぎだとツッコみたくなったが、それは野暮とやらか。

自由な接し方と言っても、それで何か法に抵触するとかはないといいんだが。

まあ、何かあってもディアー様……いや、ディアーがどうにかしてくれるだろう。


「……ソイツはゴブリンから回収したんだ。意外と強いゴブリンだったけど、初戦にはもってこいな戦いだったと思ってるよ」


俺が素の口調になると、ディアーは嬉しそうに口角を少し上げた。

『なんだか、本物の夫婦みたいでいいですわ……!』とか思っていそうだが、俺にはまだ心の中を読む魔法は使えない。


「それじゃあ、その紙に描いてくれ。俺がその通りに創るから」

「わ、分かりましたわ。……あなたって、すぐに状況を飲み込めるお方なのですね」


そりゃ、何度だって想定外の事態に見舞われてきた俺だからな。

何度思い出しても、ホントに一月の間のことだったんだろうかと思えるくらいにな。

そんなことを思っている間にも、ディアーは装備の理想図を描き上げていく。


「これでお願いしますわ。楽しみです」


そう言って差し出された紙を、俺はまじまじと見つめた。

白いドレスみたいな見た目の装備だが、肩当てや胸当て、すね当てもある。

金属を創る作業はまだ試したことがないが、場合によっては『農耕作業』で創り出した鍬の金属部分を溶解するだけか。


「オッケー、今から創るわ」


俺はもと居た場所の戻ると、その紙に描かれている装備をよくイメージする。

こういう魔法はイメージする力が大切だと、日本の異世界系で言われていた。

この世界では魔法の威力や効果の向上はその理論でできていて、魔法も軌道さえ思い描けば、思った通りに飛ばすことができると最近になってから気が付いたのである。

本来はそんなことできないとユイナたちは言うが、俺はやっぱり、ヘルメイス様から授かった主人公属性が作用しているのかもしれない。

それはともかく、俺は丁寧に魔力を組み上げていく。

すると、今までになかったくらいゆっくりな速度で、少しずつ装備が完成しては、床に綺麗な金の音を立てて落ちる。

最初の装備が出てきはじめてから5分後、基盤として着るドレスみたいなヤツが完成し、俺は全部腕の中に抱えて階段を上がる。


「これで全部なんだが。……出来はどうだ?」

「……ええ。ワタクシが望んだ装備そのものですわ! ダーリンはもしかすると、魔王をも打ち倒せるかもしれませんね!」


そんな重荷を背負わされるのは嫌なんだが。

いずれ魔王関連で誰かと戦う日は来るのだろうが、わざわざ自分から首を突っ込むことじゃない。

俺だって敵との巡り合わせが良かったのが重なっただけみたいなモンだし。

おっと、それは置いといて。


「それじゃ、パメラさんが許してくれるんなら、明日でいいか? ことは早いうちに済ませておくべきだと思うし」


俺がそう言うと、すぐ横にいたパメラさんは笑顔で頷いた。

その笑顔はつい数分前にも見た気がするのだが。

まあ、本当に無理矢理結婚させられそうになったら逃げるとかすればいいだけだ。

俺はそんな不確定な未来への不安を頭から振り払い。


「明日、コッソリと王都中心部にある、アン公の像の前で待っていてくれ。勿論、王女であることがバレそうな物は置いてきてくれ」

「ええ。明日もよろしくお願いしたしますわ、ダーリン」


『アン公の像』は名前の通り、あの魚のアンコウの像があるのだが、ハチ公の如く待ち合わせに使われるらしい。

そこが世間知らず(かもしれない)王女様に分かるんだろうかと心配しつつ、俺はふと気になった西の空模様を無視するのだった。


次回 閑話 マルヴェとコトネの気持ち

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