Episode037 ジェルトって、着替えられるか?

「まあ、何にせよ、タキシードとかドレスの用意が必要だな」


王城に呼ばれている以上、普段の服で行くワケにはいかない。

一週間でドレスやタキシードの仕立てが間に合うかなんて、俺には関係ないが。

だって、俺には『物質創造(中)』があるのだから!

実は数日前に、今ある魔力を全部捧げたら『物質創造(低)』を進化できる、と瞼の裏に表示され、俺は促されるままに魔法を進化させた。

その所為で3日間、皆はユイナの見た目の悪い料理を食べるしかなかったと、理不尽な文句を言われはした。

ユイナの料理って見た目は悪くも美味しいから、直接的な文句はなかったらしいが。

それは置いといて、『物質創造(中)』では、以前とは比にならないレベルの物体を作ることが可能で、ドレスやタキシードを作るには十分なはず。


「それでは、今日はドレスやタキシードの生地探しに行きましょう! 生地やドレスの形の下見だけになりますが、専門の方に頼まなくても、アヅマくんがやってくれるでしょうし、間に合いますね」


おお、ユイナが完全に俺のチートを理解している……。

過度な期待はしてほしくないが、できるだけなら応えられるようにしないとな。

……と思っていたところで、俺はふと気が付いた。


「……そういえば、ジェルトって着替えられるのか?」



霊の類の問題と言えば筆頭に上がってきそうな問題、『着替え』である。

幽霊とかアンデッドとかって、その存在として誕生したときに着ていた服からは変えられないイメージがあるのだが。

日本でも、幽霊が普通に着替えられる作品もあれば、同一存在だからって理由で着替えられない作品もあったからなあ。

そして、ジェルトは着替えられないとのこと。


「どうしよう……。お留守番するしかないかな……」


ジェルトが不安そうに呟く。

……こういうときは、俺がどうにかするしかないよな。

とは言っても、霊に関する魔法なんてまだ一つも使えないんだが。

まあ、俺ができることってなれば、『条件交渉』くらいだけどな。

俺はカカリとマルヴェを手招きし。


「なあ、2人ともって、霊の状態を操るとかってできないのか?」


そう、霊に関してはエキスパートであろう悪魔の2人に頼むのだ。

天界出身のコトネだと、天界じゃ魂に干渉するようなマネはしていないってのがオチなのは想定がつくし。

もしコトネの力が必要なら、そのときはそのときで頼むだけだが。

さて、質問の答えは……?


「……できなくはないけど、私たち2人の魔力量じゃ無理ね。儀式魔法って言って、数人がかりで発動させるくらいの規模の魔法でなら、どうにかできるわ」

「昔、カカリちゃんと一緒にやったことがあったんだけど、無理だったんだ……」


どうやら、2人にはその術があるらしい。

魔力に関しては、世界で上位の魔力量――と自負しているだけ――の俺が参加すればいいワケなんだし、何も問題はない。

ただ、それで服装を変えることができるのやら……。


「幽霊とかなら、生前によく着ていた服になるんだけど、精霊だと、どういう原理であの服装になってるのかしらねえ……」


どうやら、精霊相手にはカカリたちの魔法は使われてないらしい。

まあ、地獄に精霊がいるってのもおかしな話だし、普通に考えたらそうなるか。

日本で読んだ話だと、よくイメージしていればどうにかなるって聞いていたんだが、あくまで創作物であるソレと同じようにいくとは思えない。

やれるところからやってくしかないがな。


「それじゃ、トライアンドエラーでいきますか」



まず、俺たちは昼間に生地や形状の下見に王都まで行った。

ドレスやタキシード専門の店は幾つかあり、全ての店を回ってみたのだが、それぞれに指定された形状を覚えておくってのも俺にはちょっと難しいらしい。

記憶の弱さなら、この世界の誰よりも勝っているとすら思っているレベルでな。

まあ、この娘たちとの生活は忘れないでいたいけど。

その後、家もとい屋敷に帰り、どういうドレスがいいのかを描いてもらった。

指定された形状でもいいのだが、ソレを基にしてオリジナルのドレスを作った方がいいと思ったからである。

俺のタキシードは変形させるにしても、そう何か変えたいワケでもないので変えなかったが、何か加えた方がいいのかちょっと悩み中なのは秘密だ。

そして晩御飯が終わり、月がいいくらいの高さまで上がってきたのを確認し、俺とカカリとマヴェルとジェルトは外に出る。

……今更なんだが、あの星って、月に似た別の惑星なんだよな?

生い立ちが月と同じ感じなんだろうが、そういう感じの星ってどこの世界にでもあるモンなんだろうか。

それはともかくとして。


「それで、どうやって儀式魔法を発動させるんだ?」

「は、発動に必要なのは、……手を繋ぐことよ」


確かに、そうすれば魔力回路は自動的に一つになって、魔力の総量は統合される。

ただ、さっきからカカリの顔が少し赤いのは、俺の見間違いだろうか。


「……ムリしてないか?」

「し、してないわよ! 手を繋ぐだけなんだから、恥ずかしがることでもないわ!」


おっと? 言質は取りましたよ?

俺はカカリの手にそっと手を伸ばし、握った。

ビクンと震えるカカリに気が付かないフリをして、俺はワザと言う。


「あれ? カカリって意外と体温高いんだな」

「そそそ、そうよ! 私は昔から体温が高いの!」


挙動不審キョドってるところから見ても、これは完全にそういうワケじゃなさそうだな。

あと、悪魔にも体温って概念は存在したのか。

まだこの世界に気付かれていないであろう真実を知った後、俺は一瞬チラッと、後ろにいるマヴェルの方を向くと。


「カカリちゃん、50年くらい前まで、体温は低い方だーって言ってなかったっけ?」

「そそそ、そうだったかしら!? あと、人間で言う『昔から』ってことだから!」


いかにもイジワルな顔をしてマヴェルが放ったツッコミに、冷静に対処するカカリ。

このまま言葉の応酬が続いてもジェルトが困るだけだし――既に困惑の表情を浮かべているし――、早く始めたいんだが。


「アヅマさん、よろしくね。カカリさんとマヴェルさんも、ありがとう」


流石に雰囲気に耐えかねたのか、ジェルトが場の空気を緩和させようとしてくる。

ナイス横槍! 後で撫でてあげるとするか。

2人も、そんなことを言われては早くやらないワケにはいかないと思ったのか、用意を始めてくれた。

ジェルトを中心として、3人で輪を作ると。


「それじゃあ、頭の中で、描いたドレスを思い浮かべておいてね!」


カカリがそう言い、直後に腕から大量の魔力が移動するのが分かった。

『終焉之業火』を使っても魔力が減るのが分からない俺が分かるってことは、それだけ大量に魔力が持っていかれてるってことだろう。

まあ、それでもまだ余力はあるみたいだが。

魔力が急な減少を始めてから30秒後、ジェルトが淡いピンク色に発光し出した。

少しずつ術の中心であるカカリから魔力を吸収し、少しして光が止まる。


「おお……!」


周囲で見守っていた皆が放った感嘆の声に、俺たちもジェルトに目を向ける。

そこには、確かに紙に描かれていたドレスと同じモノを纏う美少女がいた。

……というか、少し髪が伸びてる気がするのは気のせいか?

そんなことを思っていると、手を名残惜しそうに放したマルヴェが、ぽつりと言う。


「……それにしても、なんだか魔力が持っていかれなかったように思えたなあ……」

「そうね。どうしてか分からないけど、とても簡単にできた気がするわ」


マルヴェの言葉に、カカリもそう反応する。

あれ? 魔力を持っていかれてたのって、もしかして俺だけだったりする?

それと、プラシーボ効果だといいんだけど、さっきからフラフラするような……?


「ねえ、アヅマさん。あなたの魔力だけで織られたドレス、すごくあったかい……」


……つまりは、術を受ける側であるはずのジェルトが術に干渉して、俺の魔力だけを受け取ったってことか。

だから、カカリもマルヴェも魔力の減りを感じないワケだ。

流石は精霊様。魔力の流れも操作できるんだな……。

そんな率直な感想を浮かべたまま、俺の意識は途絶えた。


次回 Episode038 ヘルメイス様との出会い!?

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