Episode005 最強美少女は、俺と生きるらしい。……ホントだよ。

「私は何も、勇者パーティーに戻りたいとは言ってないじゃないですか」


ケロッとそう言ってのけるユイナだが、誰もこの流れは想定しないだろう。

俺だって、ここでユイナが勝ったら勇者パーティーに戻ると思っていた。

だが、どうしてか、その少女は俺の隣で、輝かしい満面の笑みを湛えて立っている。

……ワケが分からないよ。


「私は、あなたが王都から離れた高原に持っていたギルドハウスを欲しいのです」

「……は、はあ!? 何言ってんの? あの家は俺が俺の家の金で買った家だぞ!? そんなの、誰が許す……」


そこまでクソガキが言ったところで、アイツの首に剣の先端が触れる。

……いや、正確に言うと、触れる寸前に調節されて剣の位置を保っているのだ。

というか、どんな速度で移動したらそんな動きができるんだよ。


「あなた、私の提案した条件を吞みましたよね? なのに、負けたらそんな顔でそんなことを言うんですか?」

「ヒッ……! お、俺はそんなつもりは……」

「なら、あの家を渡してください。私は、アヅマさん……いえ、アヅマくんと生きるつもりなので、あなたはもう用済みです」

「あ、ああ! ほら、あの家の鍵だ! コレで勘弁してくれえ!」


情けない顔で泣き出した勇者は、カバンの中から鍵を取り出すと、地面に放り投げて仲間と一緒に温泉街へと逃げ帰ってしまった。

……ユイナに限らず、女の子は怒らせるべきじゃないな。

そんな昔から言われていることを再認識しながら、俺はふと。


「……なあ。ユイナにとって、この復讐劇は何だったんだ?」

「この復讐劇……ですか? ……あなたに出会えたことに感謝して、次のステップに進む用意、ですかね」


……つまり、俺が復讐劇を提案した時点でこの結末を迎えるつもりだったと。

流石は元勇者の右腕の最強美少女サマ、そこまで計算していたとは。

というか、俺ってユイナに俺を気に入ってもらえるようなことした?


「私は、あなたが私の暗かった心に気づいてくれたことが嬉しくて、ここまでしてくれる人がいるんだなあと思っていたら、……好きになっちゃっていました」

「……そ、それだけ勇者パーティーの連中がそういうことに鈍感だったってことか」

「そうですね。ですが、私はあのお方がどんな人であったとしても、一応は魔王をどうにかしようとしていることに変わりはなかったですし、恨みはしても根っから嫌いになれる自信はないです……。私って、甘いですか?」

「キミが他人のことを想ってる、優しい人って証拠だろ」

「……あ、ありがとうございます……」


うん、照れ笑いのユイナもいいね!

今さっき、俺を『好き』と言ってくれたし、もうコレは人生勝利の確定演出である。

……難しいとは思うんだけど、タイミング的に、俺かユイナのどっちが先に相手を好きになったんだろうか……?

そういうのは分からない方が良いモンだし、考えないでおこう。

思えば、どれもこれも今日の出来事であることが恐ろしい。


「それじゃ、温泉街に戻って一緒に観光する?」

「え? ……はい! 喜んで!」


……思えば、前世じゃ女の子と一緒にどっかに出かけるとかはしたことなかったな。

女の子の幼馴染とかもいなかったし。

今日からユイナと過ごすことになるし、これからが楽しみである。

というか、俺って旅行から帰ったらユイナと2人で高原の家に住むのか。

急すぎる展開で現実感のカケラもないな。



俺たちは温泉街に帰ると、一緒に店を見て回ることにした。

こういうときは地元の人に聞いてみるのがいいとは思ったのだが、どこぞの素晴らしい世界の如く、エルフやドワーフはイメージに合わせているだけでしたーとかだと嫌だったので聞き込みはナシだ。

適当に屋台で温泉饅頭を買うと、温泉街の中心の噴水の周りのベンチに腰掛ける。

そのまま温泉饅頭を食べ始めたが、こういうときは何を話すのが無難なんだ?

俺は前世で誰とも付き合ったことがないから、当然、経験値も知識もないのである。


「アヅマくんって、私のことは好きですか? あなたが好きだから、私はこうして一緒にいるだけなので……」


ユイナの急な質問には少しビックリしたが、何を聞きたいのかは分かった。

俺もユイナが好きってワケじゃなかったら、一緒にいるのは迷惑かもしれないと思ってるってことか。

それなら、答えは勿論――。


「俺もキミが好きだ。……まだハッキリとした理由はまとまんないけど」

「そ、そうですか……。なら、これから私が、少しずつあなたを好きにさせますよ」

「お、おう。俺も、もっとキミに好きでいてもらえるように頑張るわ」


そう言い合い、肩を寄せながら俺たちは笑う。

俺が混浴で言った条件にユイナは十分当てはまっていたけど、やっぱり、俺はユイナの笑顔で好きになったのかもな。

まあ別に何か問題があるってこともないし、日本にいなかったような美少女の隣で生きさせてもらうとしますか。

饅頭もなくなり、2人でただ沈み始めた夕日を眺めていると、やっと俺の本当の人生が始まったんだなあと思う。

本当の今頃は、迫りくるテストに向けて必死の抵抗を試みていたことだろうが、もうあんな勉強をする必要もなければ、つまらない日々をただ過ごす必要もない。

展開が気になったアニメの続きとかが見れないのはちょっと残念な気がしたが、こうやってアニメとかラノベとかみたいな世界にいるんだから、むしろ良かっただろう。


「そういえば、昨日までユイナはどこに泊まってたんだ?」

「今日出会った混浴のある温泉旅館とはまた別のところです。この街には、混浴なんてあのお宿しかないですから、昨日からはあそこに泊まっています」


おっ、そういうことなら。


「……は、恥ずかしいとか、嫌とかだったらそうしなくていいんだけどさ。……俺の部屋で一緒に泊まらない? 俺、あんまり下の話は好きじゃないから問題ないし」


こうやって温泉街にいるんだから、どうせなら一緒に泊まった方がいいと思うのだ。

宿の方がそれを許可するかどうか分からんけど、場合によっては元勇者パーティーのメンバーだったユイナ様であるぞとか言ってどうにかするか。

そんなことしたら、この街自体を出禁になると思うけど。


「……そうですね。もしお宿の人が許可を出してくれたらそうしましょう!」


そう言って、勇者のおかげで俺の隣に降り立った天使は、嬉しそうに微笑んだ。


次回 Episode006 スローライフに向けて

   《第一部 第二章》スタート

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