パンツを渡されるときに速攻で……

「……それじゃ、また明日」


「うん」


 そう言って俺は、雫さんの家を出る。

 ガチャリと扉が閉まる。


「……帰るか」


 そう呟き、歩き出す。

 一歩歩いて、振り返り……二歩歩いて振り返る。


 それを何度も何度も繰り返し、俺は数分の時間をかけて雫さんの家を出ていったと思う。


 家を出て、閑静な住宅街を歩いていく。

 空はすっかり暗くなり、目を凝らせばもう星が見える。


 歩くたびに鼻をくすぐるのは、食欲を誘う家庭的な食事の匂いだった。

 

 カレー、肉を焼くにおい……かと思えば味噌汁っぽい匂いも感じれる。

 人はまばらで、たまに前から誰かが歩いてくるかなっていうくらいだ。


「……おい」


 そんな道を、今日はどんなご飯を食べようかと考えて歩いていた時だった、突然誰かから呼び止められ、振り返るとそこには雫さんの家にいた男が立っていた。


「あ、えっと……」


「てめぇ、良くも俺の婚約者に手を出してくれたな」


 そう言うと男は俺に怒りの形相で近づいてくる。


「え、いや……手を出したって」


 別に手は出してないよ? まあ、出しそうになったけど……


「お前、雫の何だ? 何なんだ?」


「何何だって……クラスメイトで、友達ですけど」


 そう言うと男は「はんっ」と鼻で笑った。


「そんな言い訳が通用するとでも思ったか?」


 ……別に、言い訳でも何でもないんだけどな?

 こいつ、どんな答えを求めてたんだ……


 っていうか、それ以前に一つ疑問に思うのが……


「なんであなたが文句言ってるんです?」


 そう言って俺は男に対して首を傾げた。


「は? そんなの俺が雫の婚約者だからに決まって……」


「……貴方別に雫さんの婚約者じゃないじゃないですか」


「は?」


「雫さん言ってましたよ? 迷惑だって……貴方はまるでゴキブリみたいな有害生物だって」


「んだとッ⁉」


 そう言って怒りをあらわにした男は俺の首根っこを掴んできた。

 結構がっしりとした手で、力がある。


 男は、俺に眼を飛ばし唾を飛ばしながらまくしたてた。


「お前みたいな、愚民は雫さんの隣に立つのはふさわしくない。彼女は正に成功者、成功者の隣に立つのが許されるのは成功者だけなんだよ」


 ……唾が汚い。


 それからしばらくまくし立てていたようだが、つばが気になって気になって全く耳に入ってこない。


「おい、聞いてんのか?」


「え、ああ……うん」


 そう言って何の話か分からないけど、とりあえず頷いた。

 男は大人しい俺の反応に満足したのか、手を緩めて俺の拘束を解いた。


 まったく、最高だったのに最悪な気分だ。


「ふんっ、分かればいい分かれば……もう金輪際雫に触れるんじゃねえぞ? 連絡も取るな、話をするな。眼で彼女を見るな」


 いや、そんなの無理ですが?

 それに、そんなこと言う権利って貴方無いですよね?


 なんて思って彼を見ていた俺だったが、面倒なことを避けるために黙っておく。

 と男は満足した顔をした。


 ……男の満足顔なんて、誰得なんだろうな。


 そんなことを思っていると、男は俺の肩を叩いて……

 

「そう言うわけだ……そうそう、今日のことは、誰にも言うんじゃねえぞ? 言ったら……どうなるか覚えとけよ?」


 そう言って男は暗闇の中に消えていく。

 男が見えなくなり、シーンと静まり返ったころ。


「……誰にも言うな、ね」


 そう言うと、俺は男の唾をティッシュで拭い……そう呟き――


◇そして次の日◇


「……ってことが、昨日家に帰ってる時あって」


「ん、ゴキブリ。本当にうっとおしい……あ、はい、今日のパンツ」


「あ、ありがとうございます……」


 そういつものように雫さんにパンツを渡されている時に、昨日あったことを世間話的に全部話したのだった。

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