ポケットの中のパンツ

 ……あの後、俺が好きな服以外もいくつか選んでから、俺達はユークロのレジへとやってきた。

 

 因みに、試着室で彼女が差し出してきたパンツだが……結論から言うと受け取った。

 正確に言うと、強制的に押し付けられたというのが正しいだろう。

 ……嬉しいけど。


 尚、現在パンツは俺のポケットの中に入っている。

 まさにポケットの中のパンツと言ったところか。

 もし見つかったら、きっととんでもない目に合うんだろうな。

 社会的に死ぬって、俺の中の小さな子供が悲鳴のような声を上げているよ。

 

 そんなくだらない事を考えていると、雫さんはレジにある台座にカートをセットした。

 自動的に商品が読み取られ、即座に金額が表示される。


「これ、自動で読み取ってくれるんだ……すごいね」


 その様子を子供のようにキラキラした目で見ていた彼女は、そう言って小さなカバンから財布を取りだした。


「……あ、ここは俺が」


 俺が選んだ服だからな。

 好きな子にお金を払わせるなんて……


 そう思って俺も財布を取り出して中身を見たが……スー。

 入っていたのは千円札一枚だけだった。

 そう言えばこの前新作のゲームとプラモ買って、金無いんだった。


「……どうしたの?」


「い、いや……あのさ……千円で足りるかなって?」


 そう言って俺は空笑いしながら千円札を振って見せた。


「ん、足りないよ」


 一瞬でズバッと切られる。

 だよねー。


「もしかして……服代出してくれようとしたの?」


「え、いや……そうです」


 俺がそう言うと、彼女は「はぁ」とため息をついた。


「……これは、私の買い物だから。貴方がお金を払わなくていいから」


「え、でも……」


 俺が勝手に好きな服を選んだだけだし。

 そう俺が言うより早く、彼女は言葉をつづけた。


「それに……服選ぶの貴方に手伝ってもらったし。むしろ……だからその、それ以上貴方がすると……私が困る」


 そう言って彼女は何故か震える手でお金を取り出して支払いを済ませる。やっぱり、ユークロって言っても服の値段は結構するよな。


 う、やっぱりなんか……罪悪感が。


 そう心が締め付けられるような感覚に襲われているそんな俺に、雫さんが顔を向けた。

 彼女は、俺の事を見ると……少し視線を泳がせて小さく、しかし俺に聞こえるように……


「まあでも……その、ありがとう……嬉しかったよ」


 そう言って彼女は小さく笑顔を浮かべたのだった。





 会計を済ませ、俺達はユークロを出た。


「……ん、いい買い物だった」


 そう言って彼女は袋を両手で抱える。


「あの、やっぱり持とうか?」


「ん……別に軽いけど?」


 そう言って彼女は首を傾げた。

 

「そ、そっか」


 そう言って俺はポケットに手を突っ込みパンツを触りながら、チラリと彼女を見る。 

 手ぶらな俺と、荷物を抱える雫さん。


 やっぱり、ここはやっぱり彼女の荷物持ちとして……と、そう考えていた時だった。


 雫さんの後ろから、小さな金髪がのろのろと亀のように走っているのが見えた。

 あれって……美琴ちゃんでは?

 

「ぜーはー……ぜーはー……雫。 こ、こんなところで会うなんて珍しいな! はー」


 そう言って美琴ちゃんは、短パンジャージ姿で息を切らせながら俺たち……正確には雫さんに声をかけてきた。


「え? 美琴」


 雫さんはそう言って振り返ると「あ」と小さく声を漏らして、俯いた。


「ん? おーい雫……って、お前は⁉」


 そう言って雫さんに声をかけた時、ようやく彼女は俺の存在に気が付いたようだ。


「どうも」


 そう言って俺は小さく彼女に会釈する。


「あ、これはこれは……どうもどうも……じゃなくて‼ なんでお前が雫と一緒にいるんだよ!」


「え、いや……なんでって言うかなんと言うか……」


 俺がそうしどろもどろになっていると、俺と雫さんを交互に見ていた彼女は何かを思いついたような顔をした。


「ま、まさか……デートって奴か⁉」


「で、デート⁉」


「で――デートって、美琴、何言って」


 いやいや、デートなんて……ただ、俺雫さんの用事に付き合っただけだし……デートなんて。

 

 いや、冷静に考えてみれば、コレ……れっきとしたデート?

 は、もしかして、俺はただのお出かけだと思ってたけど、雫さんの方はデートだと思ってたり……するってこと?


「……私たち、ただの友達だから。だから、デートじゃない」

 

 そう言って雫さんは否定した。

 あ、そうか。

 デートじゃない……うん、まあ、そうだよね。知ってた。

 別に残念がってないよ。うん。


 俺がそう、少し何かがこぼれないよう天を仰いでいると、美琴さんはまるで不思議な物を見るように言った。


「え? そうなのか? ってきり雫が猛アタックして、もうすでに付き合ってるのかと思ってたんだが」


「へっ?」


「美琴ッ!」


 え? 雫さんが猛アタック? 俺じゃなくて、どういう事?

 そう混乱している俺だが、二人はどういうことか分かってるみたいだ。

 

「え、あ、これ言っちゃダメな奴だったか?」


 美琴さんが言うと静かに雫さんがジト目を向けていた。


「あーそう、そっか。ってなわけで、今の忘れてくれるか?」


 どういうわけだ?

 まあ、分からんが……忘れたことにしておこう。


「あ、うん……分かったよ」


 俺が頷くと、美琴さんと雫さんは何処かホッとした様な顔をした。

 本当、どういう意味だろう?


「ん、あの……その………もう、美琴。本当にもうだよ。……後で、締める」


「ヒェッ!?」


 なんかそんな会話が聞こえた気がするが、気のせいだろう。

 ……いや、気のせいではない気がするな。


 俺はそう思いながら、ポケットの中のパンツに触れたのだった。

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