パンツ危機一髪

「……今日は吉日だな」


 そう言って俺は一人河川敷を歩きながらLINEの画面に映る『しずく』の名前を見て頬を緩めた。


◇◇◇


「……それじゃ、今日はもうこれで……」


「あ、うん……」


 そう言って、どこか照れ気味に雫さんは小さく手を振った。

 

「えっと、じゃあ……月曜日……に?」


「ねえ、明日も会えない?」


 俺がそう言うと雫さんは首をかしげて訪ねて来た。


「え? 明日も?」


 もちろん会いに行けますが?

 そう、俺が答えようとするより早く、美琴さんがやれやれと肩をすくめた。


「いや、駄目だろ。明日お前用事あるじゃねえか」


「……用事、あ。そうだった」


 そう言って雫さんは小さくため息をついた。


「……ねえ、今からでもキャンセルできないかな?」


「無理だろ」


「しょぼん」


 そう言って雫さんは肩を落とした。

 しかし、用事…ね。

 

 一体どんな用事何だろ?

 気になる。


「そう言うわけで。月曜日に……また、ね?」


「あ、うん」


 そう言って雫さんは俺を見て……


「あ、ねえ……貴方はLINEやってる?」


 そう思いだしたかのように言った。

 これ、もしかして……あれか?

 連絡先交換みたいな……あれか?


 いやいや、そんなわけ……あるか?

 そう期待とんなわけあるかという感情の狭間に揺れている俺は、気が付けばポケットからスマホ……


 そう言って俺は取りだそうとして、ポケットにしまいなおした。


 危なっ!? これ、パンツだッ⁉

 バレてないよな? 俺が雫さんのパンツを持ってたこと。

 

 雫さんは……俺がポケットにパンツを仕舞っていたのを知っていたからか、何処か引き攣った笑みを浮かべていた。

 ……好き。


 そう思いつつ、ちらりと美琴さんの顔を見ると、彼女はまるで不思議な物を見るかのような目を向けていた。


「変な動きしてどうしたんだ?」


「い、いや……何でもない」


「う、うん。美琴なんでもないからね?」


 そう言って俺と雫さんはごまかす。

 そんな俺たちを見て不思議そうになりながらも美琴さんは納得してくれた。


「そ、それでLINEだよね? 一応やってるけど……」


 そう言って俺は、今度こそ自分のスマホを取り出した。


 まあ、登録されてるのは父親と母親、後弟と……それと、推しの公式アカウントくらいで、友達なんていないんだけどね!

 

 ………なんか、悲しくなってきたな。


「ん、ねえ……あの……」


 そう言って雫さんはモジモジと、目線を揺らがせた。

 

「えっと……」


「雫ー言いたいことああるなら言っちまえよ」


 そう、なかなか本題を言えない彼女を見かねてか、美琴さんが口を出してきた。

 

「私が言おうか?」


「……いや、いい。私が言うから」


 そう言うと雫さんは俺の事を見て、スマホの画面を向けてきた。


「あの……私と交換しよ?」


「是非とも」


 こうして分かれる間際、俺と雫さんはLINE交換をしたのだった。になったのだった。


◇◇◇


 因みに、その後美琴さんとも交換しようかという流れになったのだが、雫さんが全力で止めてきた。

 焦って止めようとする雫さん……好き。


 そんなことを考えていると、頬が緩んでしまう。

 

「あ」

 

 いかんいかん。

 いきなりニヤニヤたら、流石に気持ち悪いだろ。

 ……誰も見てないよな?


 そう思って周りを見渡すと河川敷には小学生の男の子と女の子がいるくらいで他には誰もいなかった。


 男の子と女の子も、何か探し物に夢中で俺のことを水に、草むらでしゃがみ込んでいる。


 誰も見てなかった。


 そう思ってほっと一息ついてまた歩き出そうとした俺は、ふと男の子と女の子にまた目が行った。


 仲よさそうに遊ぶ二人。

 彼ら彼女らを見ていると、何故かこう……心が苦しくなるというかなんというか。


 何故だろう?


 何か、何かを忘れているような……


『……また遊ぼうね』


 そう思った時、俺の頭に女の子の声が聞こえてきた。

 その次に思い浮かぶ、女の子。


「……誰だっけ」


 そう言いながら小学生たちにもう一度目を向けるが、二人は既にどこかに行っていなくなっていた。


「もう帰ったのかな?」


 ふと空を見れば、赤くなっている。

 ……俺も早く帰ろう。


 しかし……なんか、大事な事忘れてる気がするな


 ポケットのパンツの温もりに触れながら歩き出した俺はそんなことを思ったのだった。

 

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