休み前のパンツ

 美琴さんに絡まれていくのに時間がかかった。


 何時もの場所に行くと、そこにはすでに彼女がおり…… 


「……遅かった」


 そう言ってスマホを持っていた彼女はむぅと頬を膨らませた。


「良かったね」


「え? 何が?」


「あと少し遅かったら、君は社会的に死ぬことになってたから」


 え、そのスマホってもしかして……後数分遅かったら、どうなってたんだろうな。


「……ねえ」


 俺がそう心の中でホッとし、又ゾっとしていると、雫さんがザクザクと俺に詰め寄ってきた。


「ねえ、なんで遅くなったの?」


「いや、遅くなったって……」


 そもそも冷静に考えれば、時間指定とかもしてなくて……いつの間にかこの時間に校舎裏集合って流れができてたような?


「私、待ってたの」


 そう言って彼女は更にグッと体を寄せてくる。


「えっと……」


「ねえねえ?」


 さらにグイグイと体を寄せてくる彼女。

 彼女の髪の匂いが……分かってしまう。


 甘い、甘くて……包み込んでくる彼女の香り。


「……ねえ、私の事……嫌い?」


 そう彼女は目を揺らがせて聞いてきた。


「嫌い……じゃない、むしろ……」


 むしろ、好きだ。

 好きすぎて困ってる。


 本当はそう言いたい。今すぐに伝えたい……


「むしろ?」


「……うっ」


「……分かった、む、分かった」


 駄目だ、口が動かない。

 動いてくれなかった。


 何故だろう。


「……まあ、いい」


 そう言うと彼女は俺から離れて少し俯いた。


「ん、私が嫌いじゃないのは分かった」


「あ、うん」


 そう言うと彼女は少し顔を上げ、前髪の向こうから俺の事を見た。

 何処か、暗い……黒づんだ目で。

 

 ……ゾッ。


「ねえ……なんで遅くなったの?」


「そ、それは……」


 そうして俺は先ほどまで美琴さんに問い詰められていたことを話した。

 ……圧をかけてくる雫さんはゾッとするほど好きだと思いながら。


 ……

 …………


「……ってことがあったんだよ」


「ん、美琴が……そう」


 そう言って俺はパンツを受け取りつつそんな話をする。

 パンツを渡され、俺が彼女の温かみを感じていると……


「後で締める」


「え?」


「……コホン、失礼」


 小さく咳払いして、彼女はいつもの澄まし顏に戻った。

 しかし、締めるって……何するんだろうな。


 ちょっと見てみたい。


「ん? どうしたの……?」


「あ、いや……なんでも」


「ん? 何でもない顔してるけど……まあいい」


 そう言って彼女は少し目を泳がせた。

 ……ん? どうしたんだろ?


 何か言いたいのか……何か、そう言えば雫さんっていつもはパンツを渡したら去っていくけど今日は……


 そう俺が不思議がっていると、雫さんは何か覚悟を決めたのか俺に小さく訪ねて来た。


「ねえ、美琴と私どっちが可愛い?」


「え?」


「……美琴と、私……どっちが可愛いって思ってる?」


 そう言って彼女は目を潤ませてそう聞いてくる。

 ギュッと小さく手を握り、口をへの字にして……小さく震えながら。


「……あ、もう……」


 好き。

 可愛い、可愛い……なんて物じゃない。

 もうこの気持ちは……まさしく好きだあああああ!


 ……と言えたらどれほどいいだろうな。


「……ねえ」


「……雫さんが……上」


「……そう」


 そう答えると、彼女はモジモジと顔をニヤケさせた。

 ああ、やっぱり……やっぱりそうだ。雫さんは……雫は可愛いの上なんだ。


「そっか……私の方が……うえ」


 俺がそう感嘆の声を心の中でつぶやいていると彼女はハッとしたように頬をぺちぺちと叩いた。


「……んっ、よし」


 そう言って彼女はにやけた顔を何時もの澄まし顔に整え、俺の事を見た。


「ん、そう……良かった」


「え? 良かった」


「……何でもない。そんなことより」


 そう言うと彼女は、「ふぅ」と呼吸をした。

 彼女の吐いた息が、俺の鼻に当たる。


「ん……明日、休みだね」


「あ、うん。そうだな」


「二日も休みがあるんだよね」


 そりゃあ、土日だからね。


「パンツ渡せない」


「え、えっと……」


 確かに、休みだからわざわざ外で会わないとパンツ渡せないよな?

 

「だから……」


 そう言って彼女は一度目を閉じて……


「明日、一緒にお出かけしない?」


「え?」


 お出かけ、出かけ……

 お出かけって、もしかして休みの日に二人で……買い物とか、遊園地とか……ま、まさかデート……デート? 


 デートってなんだ?


 俺が彼女の言葉を聞いて咀嚼し、混乱していると彼女はグイッと体を寄せてきた。


「……まさか用事とかあるわけないよね?」


 そう言って彼女は詰め寄ってくる。


 初めからない前提の問い、俺に選択肢はないのか?


 ……いや、無いな。

 むしろ断る理由がどこにあるんだ?


「ん、ちょっとお出かけに付き合って欲しい」


「もちろん」


 もう一度誘われ、俺は大きく頷いたのだった。

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