第13話 恋って、こんなふうに落ちるんだな

 やっぱりというか、一人用のパラシュートを二人で使うのは、無理があったらしく。

 私たちはそのまま、海にダイブしたのだった。


 そこからは記憶にない。

 海水を飲み込んで、意識を失ったのかもしれない。深い青の世界で、たくさんの泡に包まれたことは覚えているから。

 ただ、夢を見た。



 小さなマモルくんがいる。

 小さかったマモルくんは、一年もせず成人とほぼ変わらない姿になった。

 夢は、記憶の整理らしい。多分、ジャックさんから聞いた話が、夢の中で反映されたのだろう。

 

 マモルくんはお母さんと二人暮らしで、周囲に隠れるように暮らしていた。たまに柊先生もやって来ていた。

 お母さんの顔はわからないけれど、マモルくんの瞳に反射して、笑っている口元が映っていた。

 マモルくんはお母さんの笑顔を見て、嬉しそうに笑っていた。

 多分、とても優しい人だったんだろう。夢の中だけど、それは本当のことだったんだろうな、って確信した。

 














 目を覚ますと、飛び込んできたのは天井。

 周りを見渡すと、ごく普通のリビングだった。だけど電気が通ってないのか、部屋は暗い。テーブルにはペットボトルを乗せた懐中電灯が、真っ白で眩しい光を放って、なんとか部屋を照らしていた。災害で停電した時にやるやつだ。

 起き上がってわかったけど、私は床で寝かされていたらしい。下には飛行服のジャケットがある。

 これ、マモルくんが着てたやつ。水気はないけど、触ると結構べたついていた。多分海水のせい。

 どうやら海で溺れかけたあと、マモルくんが泳いでくれて、意識を失った私を抱えてここまで連れてきてくれたらしい。

 周りを見ると、庭に出れる大きな窓には月がぽっかり出ていて、その傍でマモルくんがシャツのまま、座って眠っていた。

 

 警戒したまま寝ているんだろう。眉間にシワが寄っている。長い睫毛とサラサラとした髪は銀白色の月に照らされて光を弾き、整った顔の上に濃い影を作った。

 かぐや姫みたい。

 確か、かぐや姫も三ヶ月で成人になったんだっけ。もしかしたら、かぐや姫もΩオメガの子だったのかもしれない。

 思わず眉間のシワに手を伸ばす。なくならないかな、と思いながら触ると、彼の目がゆっくり開いた。

 最初はボウッと私を見て、頭が覚醒したのか飛び跳ねる。

 その途端、窓ガラスに頭をぶつけた。


「っあー……」

「ご、ごめん。眉間のしわすごすぎて、つい」


 驚かせるつもりはなかったんだけど、そもそも寝てる人の体を触るのはいけないよね。反省。

 痛みなのか、驚いてしまってバツが悪いのか。初対面の時とは違う、威圧などサラサラない目で睨みつけられた。


「あのさあ、警戒心なさすぎだろ?」

「え、あ、誘拐されたこと!? それは本当にごめん」


 ジャックさんは拳銃を持っていたし、腕力も適わなかった。とはいえ、せめて三浦さんの様子を見に行く時ぐらいはもっと警戒しててもよかったと、後悔している。

 ……って言うと、「違う」と言われる。


「三浦さんもいない状態で、男の俺がいることに警戒を持てって言ってんの」

「あ、三浦さんいないんだ。……心配だね」


 三浦さん、無事かな。私たちとは違って、パラシュートはうまく使えてると思うんだけど。

 こういう時スマホないのが痛いよなあ。っていうかこの世界の人、どうやって連絡とってるんだ。やっぱり腕時計型のやつ?

 

「ねえ、マモルくんたちは持ってないの? ケータイ」

 

 ……って言うのか、あの機械? 別の名前だったりしない?

 けれど幸運にも、マモルくんには通じたみたいだ。

 

「持ってねえよ。全部通信傍受されるから、持ってると逆に危ない」

「……は!?」

 

 ただし、内容はあまりラッキーじゃない。

 

「通信はすべて、政府に検閲されているし、発信源もバレるし」

「そんな……」

 

 いや正直、あの都市でロボットに襲われた時から、そうなんじゃないかと思ったけど。思いたくなかった。

 

「一応、病院で使うやつは独自のネットワークを構築してるけど、有線だから持ち運べねぇし」


 そう言って、マモルくんは俯いた。


「ごめん。こっちの都合で、巻き込んだ。アンタらには、関係ないことなのに」


 色々聞いただろ、俺の事。

 その言葉で、ジャックさんが私に話したことを、彼が全部聞いていたことを悟った。

 


「今なら、罵声とか悪口とか、言っていいよ。当然の権利だ」




 それは、自分は取るに足りない存在だと言っているみたいだった。

 あれだけすごい能力を持っていると恐れられても、私には自信を喪失した男の子にしか見えない。


 ずっと、イケメンだし頭いいしモテるだろうな、なんて呑気に思っていた私だけど、今わかった。

 どんなに高い能力があっても、優れていたとしても、人に愛される保証にはならないし、自分を好きになれるわけじゃない。

 

 ……この人は、どんな想いで、人と一緒にいることを選んだのだろう。

 優れているから、何を考えているかわからないから。そんなことで殺されて、でも役に立つからって言われて生まされて、政府に従うよう管理されて。

 それでもマモルくんは、見捨てられた人を掬い上げようとして、頑張っている。なのに、こうやって周りを人質にとられたりして、味方を奪われる。

 その度に彼は、「自分が存在しているせい」だと思ったのだろうか。


「……あのね。私は別に、マモルくんが異星人だろうがどうでもいいって思ってるの。マモルくんはマモルくんだし。

 でもそう思えるのは、多分この世界の人間じゃないからなんだよね」


 私の言葉に、マモルくんが顔を上げる。


「何考えているか分からない人に、社会を急激に変えられるとか。優秀な人がいたら、劣っている人は仕事が無くなるとか。そういう被害を受けないから、怖くない。関係ないから」


 ……でも多分、私たちの世界でもあることなんだ。

 AIが生まれた今、あらゆる仕事が奪われると危惧されている。絵だって、今じゃAIが描くような時代だ。

 AI同士が、自分たちには理解できない独自の言語で話し合ったら、それだけで「AIの暴走」だって言われるし。それなのに人間は、自らの欲望のために、自分たちより計算も情報も早く処理できるAIを管理下に置こうとしている。

 自分たちで生み出しておきながら、自分たちで消去する。さっきはジャックさんに対して怒っていたけれど、今冷静に考えると、人のこと言えないんじゃない? って、思った。

 恐ろしいものだと思いながら、一度知ってしまったことは手放せない業を、私たちは持っているのだ。


 だけど、だからこそ。

 私は、彼の手を持って、両手で包む。


「関係ないからこそ、手を伸ばすべきだと思ったの。君が向き合っている問題は、絶対、私たちの世界にもあることなんだよ。私たちがちゃんと考えないといけないことなんだよ。

 君がその機会をくれた。この世界に無関係だった私を、繋いでくれた。君がいたから、気づけるきっかけがあってよかったって、心から思う。

 だから、巻き込んで『しまった』なんて、そんな悲しいこと言わないで」


 握った手のひらに、少しだけ力を込める。

 私は、彼の目を見据えて言った。

 

「柊先生も、三浦さんも、君が好きだよ。っていうか、君の元に集まる人は、君のことが好きなんだよ。

 すぐれた君を守るなんて、思い上がりもいいところかもしれないけど、でも、好きだから君を守りたいんだよ」


 絶対にそう。

 じゃなきゃ、例え異世界ドアがあったとしても、見知らぬ、しかも高校生の私たちに、二重スパイなんて無謀なことは頼まない。あんな風に、「女の子と話せてよかった」って、喜ばない。

 自分には何も出来なくても、何かをせずにはいられないんだ。安心して、生きていて欲しいんだ。

 

 

「だから何があっても――例え人質に取られて私たちが死んだとしても――君のせいじゃない」


 君のせいじゃ、ないんだよ。

 それだけは絶対に伝わって欲しくて、私は繰り返した。

 暫く、マモルくんは黙っていたけれど、やがてからかうように言った。

 

「……ふうん。ひまりは、好きだから俺を守りたいって思ってくれるんだ」

「えっ」

「だから、味方してくれんだろ?」


 いやまあ、そうだけど。なんか、素直に認めたくない。

 素直に認めたくない、けど。


「……まあ、ジャックさんよりかは、好きよ?」

「いや、あの明らかに性格悪いオッサンと比べんなよ」

「えー、オッサン嫌い? 私割と好きだけどな」

「……趣味悪いなアンタ。こないだはおじさんに、俺の事『イケメン』だって言ってたくせに」

「客観的事実でしょ。ってか盗み聞きしてたの」

「聞こえてきたんだよ、耳がいいから」


 そう言って、マモルくんは無邪気に笑みを浮かべた。

「絵が上手い」と言ってくれた、あの時と同じ笑みだった。のに。


 ぽちゃん、と落ちる音がした。

 とても静かな音で、けれど波紋はどんどん広がって、やがてあちこちにぶつかってはまた新たな波紋が生まれていく。

 恋って、こんなふうに落ちることもあるんだな。もっとずっと、激しいものだと思っていた。

 他人事みたいに思いながら、私は彼に悟られないかドキドキしていた。

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