第11話 マモルくんの正体

「…………は?」


 マモルくんが宇宙人、いや、異星人?


「え……じゃあ、柊先生は!? 伯父さんだって言っていたよ!?」

「ああ。柊航と柊まもるは、伯父と甥の関係だ。だが、柊航は、宇宙人ではない。れっきとした人類だ」


 そういえば、柊先生って、航って名前なんだ。って、そんな場合じゃなくて!


「柊先生の妹さんが異星人とか、養子としてマモルくんを迎え入れた、とか、そんな感じ?」

「いや、それも違う。柊航の妹である柊透も人類だ。そして、柊まもるは、柊透から生まれた」

「はあ!? 地球人のお母さんから生まれてるなら、マモルくんだって地球人で――!」




 そこまで言いかけて。

 私は、気づいた。

 血が繋がらなくても、出産という形で生まれる方法を。





「まさか、代理出産……?」


「その通りだ」



 その言葉に、私は口を抑える。



「『1999年の7の月に「恐怖の大王」がやって来る。アンゴルモアの大王を甦らせるために』。この予言は、今も論争が続いているが、恐らく【Ωオメガの子】が生まれたことを指す」

Ωオメガの子……?」

「異星人には、様々なタイプがいる。アメリカで解剖されたとされる、グレイタイプは有名だ。

 だが、Ωオメガの子は、人類の腹を借りて産まれてくるモノだった」


 ジャックさんの表情は、読み取れなかった。

 怒りのような、悲しみのような表情をしていた。


「やつらは妊娠して数週間で生まれ、また一年もしないうちに成人となった。人類の言葉を喋らず、人類には聞き取れない波長で、遠い相手とも繋がるコミュニケーションを作り上げた。人間より遥かにすぐれた知能を持ち、一瞬にして、世界を1999年以前の人間が考えていた近未来社会を作り上げたのだ。

 一瞬にして現れた超文明により、世界各地に存在した伝統や文化、そして階層社会はことごとく滅んだ。各国の政府は、このままでは人類が滅ぶ世界危機とみなし、生後も胎児も関係なく、Ωオメガの子の殺処分を命じた。すべてのΩオメガの子は駆逐され、同時に1999年の新生児の数は減少した」


 だが、とジャックさんは続ける。


「資源エネルギー問題すら解決するその頭脳を、政府は手放すことができなかった。そこで行われたのが、人工的にΩオメガの子を作り出すことだ」

「作り出す……?」

「人類の言葉を話し、人類の言葉に従うもの。しかしΩオメガの子が残した科学技術は、人類には理解できない。それを理解し、人類の未来の発展のために尽くす奴隷。

 Ωオメガの子の細胞から作られるそれを、政府は、『マムルーク計画』と名付けた。結果、『マムルーク計画』で生まれた子らは、政府の監視下で成果をふるい、政府に絶対的に従うものとして、高位の要職についている。

 だが、そこから逃げ出した被験者がいた。代理出産の被験者として選ばれた、柊透だ」


 その名前に、私はハッとした。

 つまり、その計画によって、マモルくんは生み出されたというこ。

 そして、マモルくんのお母さんは、その計画に参加して、彼を生んだということ。


「政府は柊透と、すでに幼少期を終えていた柊まもるを探し出し、教育を施した。

 しかし、教育するには遅かったのか、またもや柊まもるは政府から逃亡した。彼は、『無法地帯』にインフラ整備を施し、都市部の生活を脅かそうとしている」


 そう言って、ジャックさんは間をおいた。



「政府に従わない柊まもるは、再びこの地球を滅ぼす反乱分子宇宙人だ」




 絶対に反論を許さない、強い口調。

 何も考えられない。

 混乱している。氾濫した川のように押し寄せてくる情報と、自分に向けられているわけでもないのに、身がすくむような憎悪に、私のちっぽけな頭は悲鳴を上げていた。



「ボスは、今度こそ柊まもるを奪還しろと私に命じている。……だがこれは、私の考えではない」

「……え?」

「ミス・Mado」


 ぐい、とジャックさんは私の腕を掴む。

 私の身体を抱き寄せ、耳元で囁くように言った。


「私と、手を組まないか」

「……………………は?」


 何度目かわからない疑問が、口から滑り落ちる。


「今の社会では、確実に『人間選別』が行われる。宇宙人を含む、人を搾取しうまい汁だけをすする、上層部だけが生き残る社会。そこで真っ先に切り捨てられるのは、我々のような被差別階級の、外国人労働者だ。

 だが、君たちが使っていた空間移動を使えば、我々だけで世界を変えることができる」

「っあ……」


 手首にアザができそうなほど、強く掴まれる。私の力じゃ絶対に振りほどけない力に、血の気が引いてくる。


「どんな鉄壁な防衛力を誇る強国であろうと、空間移動の前では、紙切れも同然だ。

 私たちで世界を変えるのだ。この先の人類の未来のためにも、宇宙人の排除を。腐りきった上層部の一掃を!」


 震えが止まらなかった。

 ジャックさんの後ろには、電気の鎖に拘束された三浦さんがいる。

 これは交渉じゃない。明らかに脅迫だ。私がNOを突き出せば、間違いなく彼女の命も、私の命もないだろう。





「……あのさ」




 痛みに耐えながら、ふう、と深呼吸を置く。

 

「私バカだから、いまいちよくわからなかったんだけど。

 要するにサーヤの発明を、戦争に使いたい、ってこと?」


 間違えるな。

 ここで神経を逆なでするわけにはいかない。

 三浦さんの命がかかっているんだ。感情を殺して、従うフリ――


「だったら、無理よ」


 じゃなくて、畳みかけろ。


「……なんだと?」

「あの異世界ドアが使えるのは、私じゃなくてサーヤ。

 ちなみにサーヤ、あれよりもっとすごいもの作れるから。ぶっちゃけマモルくんなんかより、ずっと頭がいいんじゃない?」


 ねえ、と私は不敵に笑う。


「もしあなたが言う通り、『人間選別』とやら行われるなら、サーヤがボス? のもとにいるだけで、その計画が進むんじゃないの?

 こんなところで、私と話している暇はないわよ。持ちかける相手が悪かったわね」


 矢継ぎ早に話し始めた私に、ジャックさんが焦りの表情を見せる。


「ッチ!」


 叩きつけるように、私の体を床に叩きつける。

 地に伏せる私の頭に、拳銃を突きつけた。


「とんだ手間だったみたいだな。まさか交渉を持ち掛けたほうが、無能だったとは」

「だから私を殺すの? 言っておくけど、こうしている時点で、サーヤにはあなたを攻撃する口実になるのよ」

「何?」

「脅迫も十分暴力だもの。そのうえ私を殺してしまえば、サーヤを止めるものは何もない。

 上層部どころか、迷わずこの世界そのものを破壊するでしょうね。だったら、無能でも人質として生かした方がいいわよ」


 そう言って、精一杯睨んでやる。


「……ふん。最初からそのつもりだ」


 ジャックさんは、拳銃を天井に向けて、私の拘束を解いた。


「最初に言っておいただろう。お前たちをここに招いたのは、柊まもると、サーヤとやらの人質だと」

「……そ。なら、いいわ」


 私がそう言うと、ジャックさんは私の身体から離れた。


「ボスと連絡をとってくる。妙な真似をするなよ」

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