第10話 異世界転生あるあるの勘違いインフレ、やめてくんない!?

 しばらく子どもたちと絵を描いていると、ゴロゴロと言う音でタブレットから顔を上げた。

 遠いところで、雷がなっている。

 夕立が来るのかもしれない。この世界も暑いから、雨がサッと降ってもらえると、涼しくなりそう。

 そう思っていると、ピンポーンというインターホンが鳴った。

 多分、個別に応対が必要な患者のためのインターホンだ。女の看護師さん(三浦さんというらしい)が、受付と直接繋がっている入口を開ける。

 けれど、しばらくしても、帰ってくる様子がない。

 

「……おかしくない?」


 そう思って、私は受付の方に顔をのぞき込む。

 ――なんでその時、もう一人の受付の男性なり、柊先生なり、マモルくんなり呼びに行かなかったのか。


 書類やら電話やらが置かれたディスク。そこを、三浦さんの、白いナースサンダルを履いた足が、何かから抗うように蹴っていた。

 下から順に、視線を移す。

 私は、息が止まるかと思った。



「――やあ。ミス・mado」


 そこには、三浦さんのこめかみに拳銃を押し付けた、ジャックさんが立っていた。


「な、」

「おっと。声を出すんじゃない」


 ぐ、っと拳銃がさらに、三浦さんのこめかみに押し付けられる。

「……と言っても、今は無音発生機によって、周辺に音が漏れないようにしているが。

 いくら叫んでも、柊わたるや柊まもるがいる診察室までは届かない。試しに叫んでみるのもいいが、あまりうるさいと手元が狂うかもな」

 三浦さんは真っ青な顔で、押し付けられた拳銃を見ていた。


「私は別に、これに頼る必要は無いんだがな。拳銃のほうが、命の危険が迫っているとわかりやすいだろう?」


 そう言われて、私はこれは脅迫されているのだと気づく。

 両手をあげると、「良い子だ」とジャックさんは笑った。

 わかりきっていたことだけど、今はっきりわかった。この人たちは、私たちの敵だ。


「……ジャックさんがここに来るのは目立つって、あの『NO IMAGE』が言っていなかったっけ?」

「ああ。だが、人類を守るためには、手段を選んではいられないんでね。

 君たちに埋め込んだ発信機を頼りに、この場所を割り出したのさ」


 発信機?

 なんの事か最初分からなかったけど、左手の甲の火傷を見て、ハッと思い出した。

 目隠しをされる前に、チリッとした火傷……あれ、発信機を埋め込まれてたの!?


「さて、このまま来てもらおう」


 状況はしっかりと理解してないけど、危険な状態であること、彼の目的が私であることは理解した。


  

「柊まもると、ミス・役満聴牌やくまんてんぱいの、人質として」

 

 ……理解したんだけど、なんか、しまんないな。



 ■



 ツバメのような飛行機に、放り投げられるように連れ込まれたものの、私はなぜか拘束されていなかった。

 一方、三浦さんは電気の鎖みたいなもので拘束されている。胸の真ん中には鍵穴みたいなものがついていた。


「君は、空間移動の手段を持っている。なら、拘束などあってもないようなものだろう。

 ――ただし、君が逃げ出せば、その女の命は無い」


 つまり、三浦さんをいつでも感電死させられるってことか。

 はあ、と私はため息をつく。


「最初から、私たちは柊病院の場所を当てるための駒ってこと?」

「――は。そもそも、何も知らないで、この星に来たのが悪い。

 お前たち宇宙人のせいで、人類はことごとく滅んだ」

「…………?」

 異星人のせいで、人類が、滅んだ?


「……そういえば、本当は最初に聞いておかなくちゃいけないことがあった。

 あなたたちの言う宇宙人って、一体どこの誰なの?」


 私が尋ねると、「母星の地球学とやらでは、習わなかったのか」と尋ねられた。


「生憎、私たちが習ったことは、地球じゃ全く通用しないみたいでね。よければ教えてくれる?」

「それを教えて、私に何のメリットがある?」


 ……どうしようかな。

 等価交換だってことだろうけど、私に引き渡せるものなんてないしな。

 黙っていると、「じゃあ」とジャックさんが切り出した。


「君たちの、本当の正体を私に教える。……というのは、どうだね」

「――!」

「君たちの本名が、madoと役満聴牌やくまんてんぱいサロンではないことは、追跡していた時点でわかっている。大方、宇宙人ですらないんだろう? リアルティのない単語を喋っている、そんなふうに見える。宇宙人のこともよく知らないんだろう」


 とっさについた嘘も、バレている。私たちが、宇宙人という存在をろくに知らないことも。

 これ以上、嘘を積み重ねても、ボロが出てくるだろう。……でも。


「それは言えない」

「なぜ?」

「真実を言ったところで、信じては貰えないから。私たちの正体なんて、取引の材料になるとは思えないし……」


 うん。これは黙ってこおう。

 ここで素直に、「異世界から来た普通の高校生です!」とか言っても、絶対に信じないだろうし。何、異世界からきた普通の高校生って。普通の高校生が、異世界ドア作って異世界にやってくるなんて、誰が信じるんだよ!! 令和でもないわ! 普通の高校生が気軽に異世界に渡れるとか、どんな超文明社会なんだよ!

 脳内で自分にブーメランを投げて突っ込みながらそう言うと、ほう、とジャックさん。


「つまり、よっぽど強大な存在、というわけか。君たちは」


 違います。

 そこで、異世界転生者あるあるの、「現地の人に勘違いされて過大評価される」ムーブ、やめてください! 本当に私ら、普通の高校生です!! 確かにサーヤは天才だけど、権力者とかそんなんじゃないです! あなたたちや異星人と違って、でっかい組織とか侵略とか、ないです!!

 ああ、これどうしよう。こんな時サーヤなら、なんて言って乗り切るんだろ。

 頭を抱えていると、「なら、それに見合う、とっておきの情報を渡そう」とジャックさんは言った。


「柊まもるの正体を知っているか」

「え?」

「柊まもるの正体は、」


 その時、やけに唇の動きがゆっくりに見えた。 



「――宇宙人だ」

  

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