第9話 マモルくんの話

「……俺、なんか、人を馬鹿にしているってよく言われるんだよな」

「言われるだけ?」

「普通に話してる時は、別に人を馬鹿にしてるつもりはねぇんだよ。けど、そう受け取られたらダメだよな」


 はあ、とマモルくんが、頬杖をついてため息を吐いた。


「だから、どこに行っても嫌われ者なんだよ。皮肉げに、『柊は天才だからいいだろう』っつって、俺に仕事を押し付けたり、研究内容をパクッたり」

「それは……マモルくんというより、周囲の人間にも問題があると思うけど……」


 いくら嫌な奴だからって、こっちが卑怯な手を使っていい大義名分にはならないでしょ。

 

「あんたに当たりが強かったのも、『天才』って言葉を使われたからかもな」

「え、言ったっけ?」


 言っ……たな。最初の日に。


「悪意じゃなくて、むしろいい言葉として使ってるってわかっても、もう反射神経っていうか、アレルギー反応レベルでダメなんだよ。ごめん」  

「そっか。じゃあ、もう使わない」


 私がそう言うと、マモルくんは目を丸くした。


「え……いい、のか?」

「いいもなにも、マモルくんが嫌なことはしないよ」


 私にとっては褒め言葉と言うよりは、ほとんど親友のサーヤを表す言葉なんだけど。マモルくんもサーヤと同じタイプの人間なんだなあ、って、その程度の言葉だった。

 けど、それを受け入れるかは、相手の自由で、私じゃない。


「いくら紅茶が美味しくても、紅茶を飲みたくない人に飲ませちゃいけないでしょ」

「なんだよ、それ」 


 マモルくんが、くしゃ、と笑う。無愛想だと二十代そこそこに見えるけど、笑うと一気に幼く見えた。


「若人よー、楽しそうなところ悪いが、そろそろ昼休み終わるぞー」


 柊先生が、診察室から出てくる。

 それを聞いて、マモルくんが飛び跳ねた。

 時計は、そろそろ13時を迎えようとしている。


「え、もうこんな時間!? 悪い、おじさん!」


 慌てて診察室に入るマモルくん。

 その様子を見届けてから、柊先生はニヤニヤと私を見た。


「あいつが時間を忘れて、女の子と話し込むなんて珍しいな。あいつ、時間には相当厳しいのに」

「そうなんですか?」

「ああ。あいつの体内時計はかなり正確でな。研究に没頭している時以外、時間を忘れるなんてこたぁなかった。

 それが女の子となあ……」


 じーんとしている柊先生。

 ……勘違いしてるな、これ。異性間の関係をすぐに色恋沙汰として認識するの、多様性的にアウトな私だけど、訂正するのも薮に蛇をつついて、面倒そう。こういう時、世代ギャップって面倒なんだな。


「でも、マモルくんってモテるんじゃないの? 本人は『嫌われてる』って言ってたけど」

「モテるモテる! ただなあ、頭が良くて顔もよくてスタイルがいいと、フツーの感性の女の子は来ないんだよなあ」


 私はフツーの感性の女の子ではないと?

 って言いたかったけど、我慢した。


「大抵寄ってくるのは、才女と、マモルをアクセサリーかトロフィー扱いをする毒婦ぐらいだ。だから、同い年の女の子と真っ当な会話、っていうのを、アイツはほとんどしたことがない」

「……なるほど」


『天才』って言葉に、欲をむき出しにするやつばっかり、ってことか。そりゃ『天才』って言葉を嫌いにもなる。


「そもそも、頭がいいとな、普通の会話すらすれ違いがちだ。あいつの興味のあることが、周りにとっては全く未知の世界で、あいつが周りに合わせることは出来ても、周りがあいつに合わせることが出来ない。あいつにとっての普通は、周りにとっては『天才』のそれで、すぐに遠巻きにされた。

 本人もそれにすぐ気づいたから、幼少期は特に、周りに合わせるためにエネルギーを使っていたな……努力が空振りして、しんどかった時期も長かった。あいつの話についていけたのは、かろうじて俺と、あいつの母親だ」

「マモルくんのお母さん……」

「ああ、俺の妹でな。もう気づいてると思うが、マモルは俺の甥っ子だ」

 まあ、それは置いておいて、と柊先生。


「ある時を境に、周りに合わせることより、いっそ我が道の方へ舵を切るようになってな。ますます『天才じゃない、同年代の女の子』とは離れちまったんだ。

 それがまあ……出会いっつーのは、偉大だよな……」


 ……自分の世界に入っちゃったな、この人。

 でも、私の想像以上に、彼は苦労していたんだな。十八で医者になれるんだから、たくさん称賛されて、なんでも苦なくできると思ったけど。他人からじゃ見えない苦労なんて、沢山あるよね。決めつけていたことを、反省しなきゃ。

 サーヤもそんな時期があったのかな? と、今までのサーヤを思い出してみる。

 ――ないな。

 すぐ答えが出た。「他人からじゃ~」と言った手前、決めつけるのは良くないけど、確信を持って「ない」と言える。

 何時だって人生を楽しむサーヤと友達になれて、私は幸せだよ。


 ところで、サーヤは今、どうしてるのかな。

 何があっても、異世界ドアを使えば大丈夫だと思うけど、二重スパイなんて危険なことをしていたら、心配もする。怪我なく帰ってきたらいいな。

 

 私は、窓から空を覗く。

 もくもくと大きな入道雲が、今にでも無法地帯を、太陽から覆い隠そうとしていた。

 午後は、雨が降るかもしれない。

  

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