第5話 スパイ潜入する?
「ど、どういうことなんですか? 彼を監視しろ、って……」
私が尋ねても、モニター越しの人物は答えない。
「私たちに監視させなくても、カメラとか、ジャックさんにさせたりとか、出来ないんですか?」
そう尋ねると、これにはモニター越しの人物が答えた。
『あの付近は、監視カメラの設置が進めていない「無法地帯」だ』
「無法地帯?」
『近未来化するには、人も資源が足りなくてね。コンパクトシティにすることにした』
コンパクトシティ……って、一定数の人口を一箇所に集めて、自用車じゃなくて公共機関を利用出来るようにする都市計画のことだよね。
私たちの世界でも、あちこちでおこなわれているけど……。
『老朽化してくるインフラ設備を段階的に廃止させ、代わりに都市部に集中させる。そうすることで、住人を都市部に集中させる予定だった。
……が、ここ数年、この人物を中心に邪魔されている』
「邪魔されている?」
『簡単に言えば、医療サービスを中心とした生活サービス、およびインフラ整備が、都市部の外でも整えられてきた。科学技術は、我々とは比べ物にならないほど劣るがな』
そこで、モニター越しの人物は区切った。
『ジャックはあの都市に入ることができない。都市部と違い、あそこはほとんどが日本人だから、顔見知りじゃない外国人が歩くだけで目立つ。
そこで、日本人に見える君たちに頼みたい。柊
そう言って、私たちは再び目隠しをされた。
最後に、腕にチリ、と小さな火傷したような痛みが走ったんだけど、それを気にする暇もなく連れて行かれた。
■
そんなわけで、私たちは閉店した柊病院の前にいるのだった。
となりに「柊」と書かれた表札を下げた和風の家があった。ここが彼らの家だろう。
「……どうする?」
「まあ、とりあえずやってみるしかないですな」
私たちはマイバックに、大量の食材、調理器具や箸などを入れていた。
「異世界ドアinド○キで、何時でも買い物ができます」
「改めて考えると、このドアとド○キの組み合わせやばすぎだよね」
さあ、準備は整った。
いざ!
ピンポーン、と柊病院のインターフォンを鳴らすと、私たちの推測通りマモルくんが出て来た。
彼は白衣ではなく、Tシャツに半ズボンというラフな格好をしていた。
「何、誰か怪我でもし……た……」
そして、顔をあんぐり開ける。
「どうも」
「昼間助けてもらったツルです。恩返しに来ました」
バサァ! と両腕を覆った翼を動かしながら、私たちは言った。
まあ、羽はなくて布製の着ぐるみなんだけど。あと、ツルの着ぐるみじゃなくてニワトリの着ぐるみなんだけどね。
間を空けて、マモルくんは叫んだ。
「変質者ッ――――!?」
違うよ、恩返しだよ。
「わははは! 久しぶりに、こんな美味しいモノが食べられたよ!」
柊先生は、ご機嫌になって箸を進めていく。
なお、机にはホットプレートが置かれていて、焼きそばを焼いていた。
「二十年ぐらい前は、こんなメシらしいメシも食べられたんだけどね。今じゃ、液状食品とかサプリメントばっかり流通するもんだから。もう、食事らしい食事はできないと思ってたさ」
リビングの隣にあるキッチンは、古ぼけているが、ほとんど使われた形跡がない。
「この世界じゃ、こういうご飯って食べられないんですか?」
私が焼きそばを焼きながら聞くと、「そんなことはないさ」と柊先生が答える。
「ただ、そういうものを食べられるのは上層階級のモンだな。なんでも、『無形文化の保護』のために課せられるんだと。
だからマモルなんかは、こんなメシ初めてだよな」
柊先生が隣にいるマモルくんの背中を叩きながら言うと、無愛想にマモルくんが答えた。
「食べたことあるし」
「お前が食べたのは、フランスのフルコースとか、そーゆー高級料理だろ。こーゆー家庭料理は初めてだろー!」
「こういうご飯が食べられないことに対して、不満を持つ人はいないんですか?」
私が尋ねると、そうだなあ、と柊先生は言った。
「さっき言ったみたいに、若い子は昔の食事というのを知らん。だから不満を持つ奴と言えば、俺みたいな懐古主義のジジイだろうな。
液体食品やサプリメントが流通したことで、フードロス問題も貧困問題も、無理な畜産や農産、水産による環境負荷も、栄養失調も生活習慣病も格段に減った。その恩恵を受けてしまえば、大っぴらに『メシが食いたい』なんて言わないさ。普通に美味いから、誰も文句言えないしな」
そう言われると、私はぐうの音も言えない。
私たちの社会は、食事に対してあまりに贅沢しすぎている。なんでも食べられて捨てる人もいれば、食べることすらできず生死をさ迷っている人もいる。
それを、この世界の液体食品やサプリメントは解決したのだ。
うつむく私に、ただなあ、と柊先生は目を細めた。
「食べるということは、生きることだ。食べることには、想い出がある。
その機会を若いモンに与えられないことに、俺は不甲斐なさを感じてるよ」
「……おじさん」
今まで無愛想だったマモルくんが、少し悲しそうな、罪悪感を感じているような表情を浮かべていた。それを見て、柊先生は苦笑いを浮かべる。
そして、どこか剣呑な光を目に宿して、私たちに言った。
「さて。廃れた食事文化を知っているお嬢ちゃんたちは、一体どこから来たのかな?」
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