第3話 この世界スマホないんですか!?
「な、なんで、2019年4月30日で三十一年の幕を閉じた平成が、この世界では続いているの!?」
驚く私に、あのね、とサーヤが続けた。
「電化屋さんに行ったら、違和感があったの」
「違和感?」
まずね、とサーヤが人差し指を立てる。
「テレビが厚くて小さい」
「厚くて小さい」
「パソコンがディスクトップオンリー」
「ディスクトップオンリー」
「そしてスマホがない」
「この世界スマホがないんですか!?」
驚きのあまり、病院で叫んでしまった。
「え、待って。ここ、近未来的な世界じゃないの? あれだけ未来都市です! って感じだったのに」
「んー……なんとなくだけど、『平成で考えた近未来』って感じ」
サーヤの推理に、私も納得した。
確かに。昔の未来図って、液晶テレビとかスマホとかノートパソコンとかタブレットとかない。瞬間移動はできるのに、持ち運びの情報収集がラジオだったり。テレビ電話はできるのに、メールやチャットの概念はなかったり。
「電子メールは、1971年からあるよ」
「え、そうなんだ」
「うん。1993年から、漢字コードも使われてたし」
「ええと、確か平成は1989年からだから……この世界でも、使われてるのかな?」
でも多分、SNSはないよなあ。
私、SFってあんまり読んだことないけど、SNSが出てくるSFって見たことない。
「とにかく外に出ない限り、この世界のことはわからないよね。今すぐ出ようか」
「そうだね」
そう言って、私たちは病室を出る。
受付の部屋は、木の感触が残る、床や壁で出来た普通の部屋で、今気づいたけど私たちは靴を脱いでいた。部屋の隅には、パズルみたいに組み合わせて使うカーペットが敷かれていて、その上には絵本やぬいぐるみ、つみきなどのカラフルなオモチャがある。角が丸くてやわらかそうな正方形のブロックが、仕切りになっていた。
「おお。目え覚めたか」
今度は白衣を着たおじさんが立っていた。この人もお医者さんなのだろう。むしろマモルくんより、こっちのほうがお医者さんらしい。受付には、看護師さんらしい人が座っている。
「お世話になりました! あの、本当にお代は……」
「いいっていいって。体、大事になー」
ヒラヒラと手を振る先生にお辞儀をして、私たちは立ち去る。
外を出ると、『柊病院』という看板があった。恐らくあの先生はここの院長で、柊先生というのだろう。マモルくんが院長なワケないし。
さっきの近未来的な都市とは違い、私たちがよく知るこじんまりとした古い民家が並んでいて、病院も古びていた。
「……ふしぎ」
「なにが?」
「いや、マモルくんって飛び級するほど頭がいいなら、普通はもっと大きな病院に勤めてそうだな、って思ったの」
それに受付の遊び場を見てわかったけど、多分あの『まもる』って書かれた名札も、ポケットにいれたキリンのボールペンも、小さい子たちのためのものなんだろう。
顔は怖いけど、子どもに対しては優しい……かもしれない。私には塩だったけど。
ま、私には関係ないか。
■
都市を大分歩いて、パッと見ただけじゃわからなかったことが、いくつかある。
まず一つは、街の中にテレビがあって、3Dになっている。
「……昔、3Dのゲームあったけど、すぐなくなったよね」
「テレビもあったよね。なんで3Dつけたがるんだろうね」
3Dって、テーマパークとか映画とかのアトラクションで、十分だよね。
二つ目は、サラリーマンの人達はケータイでもなくて、腕時計型のものを使っているってこと。ちなみに、通話する相手がホログラムとなって出てくる。
「あれは、今使われてるよね」
「リモートが苦手な人も、ホログラムだと使いやすいって思うかもね」
確かに。あれはいいかもしれない。
そして最後は…………信じられなかった。
「どうしてご飯が液体だったり、サプリメントなの――!?」
ご飯がことごとく液体化したり、サプリメント化してた。そんなことってある?
「でも、美味しかったよね」
「うん……それは認める」
なんか、よくわからなかったけど、めちゃくちゃ美味しかった。液体なのに、サク、とか、カリ、とかの感触もあったし。なにあれ、意味わからん。
「あと、ロボットが配膳してくれたね」
「それは、私たちの世界にもあるね」
とはいえ、この街にはいたるところにロボットがいる。あそこにいるのは、清掃ロボなのだろうか。人が近づくと、パカりと口を開ける。そこに、ペットボトルとか紙くずとかを入れるみたいだ。
でもここのロボット、あまりに機械! って感じがして、ちょっと怖かったけど。猫ちゃんにすればいいのに。
「こうして見ると、技術はすごいのに、デザインで惜しいよね」
「あ、わかるー」
「普通の人でも使いやすいように、とか、受け入れやすいようにする、とか。大事だよね」
私の言葉に、そうだよね、とサーヤ。
「私も異世界ドアのドアノブ、最も効率よく回すために何本の指で動かせばいいか、考えたし」
「ごめん、細すぎてちょっとわかんない」
そんな話をしながら歩いていると、『お止まり下さい』と声を掛けられた。
振り向くと、スラリとした人型のロボットがいた。と言っても、頭部と胴体、腕が見えるからそう判断できるだけで、足はなくスライドするように動いている。多分、下に車輪がついてるんだろう。声もソプラノだけど角張っていて、機械的だ。髪や耳、鼻と言ったものなく、恐らくカメラがあるだろう黒い目と、スピーカーらしき細かい穴のある口が見えた。
そして、振り向いたとたん、「パシャリ!」という音と、眩しいフラッシュがした。ちょっとだけ、目がチカチカする。
「……は?」
『ナンバー登録されていない人物を確認。外国居留の該当者なし。恐れ入りますが、警察署まで同行お願いいたします』
その言葉を聞いて、「あ、やっべぇ」という顔をするサーヤ。
「サーヤ、これって……」
「私ら、この世界の身分証明書ないから、逮捕されちまうかも」
「だよね――!?」
しまった。この世界は、私たちの世界以上の管理社会だったのか! マイナンバーとか顔の照合とか、ロボットが監視してるんだ多分!
「いい今すぐ、令和に帰る!? 異世界ドアで!」
「んー、でもこんな人が多い場所で見られるの、ちょっと恥ずかしいな」
「逮捕されることより羞恥の問題!?」
顔を赤らめて頭をかくサーヤに、思わず突っ込む。
いやでも、言いたいことは分かる。さっきのロボットの発言で、行き交う人がこちらをじっと見つめている。異世界ドアなんてバレたら、この世界で都市伝説みたいに語り継がれそうだし。
それに異世界ドアで逃げるとしても、もう少し離れないと、このロボットが追いかけてくるかも。
ジリジリと近づいてくる人型ロボット。……だけど急に、きびすを返した。
「…………え?」
「ロボット、行っちゃった」
「ロボットにハックしたんだ」
後ろから声を掛けられた。
ずいぶん低く太い声だ。声がする位置からして、170cmある私より、ずっと高い。サーヤの身長の二倍はあるんじゃないか。
そして、助詞の「に」や、語尾の「だ」が、妙なイントネーションになっている。カタコトというよりは、機械の読み上げみたい。
振り向くと、バスケット選手なんじゃない? って感じの男性が立っていた。
黒いサングラスに、黒いスーツを着ている。スキンヘッドで、いかにも「強そう」な人だ。
「君たちは、私たちと一緒に来てもらう」
威圧感ある声で、男性は言った。
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