第1話 夏休みが終わっちゃう!

 目の前に広がる世界は、ガラスと金属で出来たビルやドームで溢れていた。

 青い空に伸びるビルは、私たちの街で見かけるような角張った建物ではなくて、ボールペンのように丸みを帯びて、先端が細くなっている。そして、ところどころボールのような部屋がついていた。

 ドームは温室のようにガラスで出来ていて、木々が植えられている。

 ビルの隙間には、宙に浮かぶようにある道路。その下には大きな川が流れている。街の上では、ツバメのような飛行機が、ビルを避けながらビュンビュン飛んでいた。


「す、すごいすごいすごい! なんか、漫画とかでよく出てくる未来的な街並みになってる!! ファンタジーというより、SF世界観だけど!」

「え? SFはサイエンス・ファンタジーでしょ?」

「SFはサイエンス・フィクションの略だよ!?」

 私が突っ込むと、「冗談だよ」とサーヤが笑った。



 私の名前は日向ひゅうが日葵ひまり。見た目も中身もごく普通の高校生。

 私の隣にいる、フィッシュボーンの髪型がよく似合う女の子は、親友のサーヤ。

 ちなみに私たちはこのSF世界の住人じゃなくて、令和から来たどちらもバリバリのZ世代だ。

 なぜ私たちがここにいるかというと、話は昨日にさかのぼる。


 


 ◆



「は~……終わった」


 色んな意味で。

 オレンジ色の夕日に照らされた、誰もいない教室。

 机に突っ伏す私に、サーヤが「お疲れ、ひまちゃん~」と声を掛けてくれた。

 廊下を伝って、吹奏楽部の練習が聞こえてくる。部活動やっていた頃が懐かしくなった。


「まさか理系の赤点にひっかかっちゃうとか……私文系なのに」

「うち進学校だから、赤点の基準も高いもんね」

「ねー。受験で必要でもないのにさー」


 でも、サーヤが付き合ってくれて嬉しかった。サーヤは私と違って理系だから、元々クラスが違う。それなのに、赤点に引っかかった私を助けてくれた。


「貴重な高校生最後の夏休みなのに、付き合ってくれてありがとう。サーヤ」

「いいよいいよ。全然暇だったし」

「えー、でもしたい事とかあったでしょ? なにか作る予定じゃなかった?」


 そう。私の親友サーヤは、小学校から賞とか色々とっている、天才発明家だ。この間は学校に自動販売機が足りないから自動販売機を作ってたし、食堂が回らないから予約から呼び出しまでできるアプリ開発をした。

 そんな彼女だから、きっと夏休みは発明や研究に力を入れたかったはず。


「大丈夫だよ、ひまちゃん。実はもう作ってる」

「え、作ってるの? すごい」


 グッと親指を立てるサーヤに、私は驚きと感嘆の声をあげる。


「今度は何作ったの?」

「異世界ドア」

「え?」

「簡単に異世界に行けるドアを作りました」


 それがこちらです、とまるで料理番組で「出来上がったのがこちらです」と言わんばかりに、サーヤのとなりには赤いドアがたっていた。いつの間に。

 もしかして、あれか。某漫画みたいに、あのドアをくぐったら異世界に行けるのか。


「すごいよサーヤ! トラ転もビックリだよ!」

「トラ10?」

「あ、そっか。サーヤ、web小説とか読まないか。テレビ番組じゃなくて、ストーリーのテンプレ……ってやつかな」


 っていうか、今異世界転生とか読むの、三十代が主流だってSNSに流れていたな。本当なのかな。私、異世界転生のち、悪役令嬢の婚約破棄モノとかかなり好きなんだけど。


「トラ転はトラック転生のことで、異世界転生って、序盤で現代にいる主人公がトラックに轢かれて死ぬパターンが多いんだよ。まあ過労死とか、身に覚えのないことで逆恨みされた後に殺される、ってパターンもあるんだけど、それで異世界に行って転生する作品が多くて、」

「ひまちゃん」

「はい?」


 真面目な顔で、サーヤは言った。


「命は大切にしないとダメだよ」

「あ、はい」


 確かに。序盤で主人公が死ぬジャンルが流行ってるって、好きじゃない人からしたらちょっと怖いよね。

 でもこれを使えば、わざわざトラックに轢かれなくても、異世界に行けるんだ! すご!


「そんなわけで、最後の夏休み、異世界で過ごさない?」

「ええ! すごい! 楽しみ‼ どこに行けるの?」

「どこにでも行けるよ。せっかくだし、ひまちゃんが行きたいところに行こうよ」


 サーヤの言葉に、私のテンションは爆速に上がる!

 どうしよう! 異世界転生に主流な中世ヨーロッパの世界? それとも中華の後宮? 明治大正をモデルにした和風の世界でもいいなあ。

 好きな物語の舞台をつらつら考えていると、突如脳内にあるSNSのタイムラインが私に囁いた。


 ――――でも、衛生的にどんなだろう。トイレとか水道とか。


 ものすごい勢いで、私の脳内にあるポストに「いいね!」がつき拡散された。


「ここと、あんまり変わらない世界が……いいかな……そのうえで、ファンタジー要素がある世界……」

「りょ」

 

 そんなわけで、私は保身に走った選択を選んだのだった。




 ■


 とまあ、こんな経緯で異世界にやって来たわけだ。

 八月の後半は補講と文化祭の準備で埋まってしまうから、ほんのわずかしか遊べないけど、せっかくやって来た異世界、全力で楽しみたい!


「ええー、どうしよ。どこから行く? 私、あの飛行機に乗ってみたいけど、一般人乗れるのかな?」

「あそこに、バス停ならぬ飛行停があるみたいだよ。公共交通機関として成り立っているみたい」

「えー、乗る乗る! 何円かな?」


 今、現金は3000円しか持ってないんだよね。あ、でも、この世界で使えるかな。デジタルマネーだったらどうしよ。

 そう思って、飛行停へ向かおうとしたその時。


「ひまちゃん、前!」


 サーヤの必死な声も虚しく、私は全速力で走って来たバイクに、ぶつかった。

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