第3話 追い剥ぎ撃退拷問編
『ダンジョンにはいくつか壁が存在する。それはモンスターとの戦闘や、長時間閉鎖空間で過ごすこと対しての精神的な疲労などが当てはまる。』
『しかし、しかしだ。初心者が最も陥りやすいトラブルは』
『遺跡内における追い剥ぎだと
「おう、兄さん。ダンジョンは初めてかい?ずいぶん厳つい装備持ってるねぇ」
『俊明』
頬を掻くふりをしながらマイクを2回叩く。わかってる、の合図。
ゴブリンの群れを突破した俊明を待っていたのは3人組の怪しげな男達だった。
それぞれ槍、剣、銃を所持している。
俊明が警戒をしている理由は、事前にそういったケースが存在することを知っていたことと、槍を持った男がゆったりとした姿勢ながらも両手で武器を構えていたからである。
「あー、どないかしました?世間話やったら先急いでるからまた今度がエエんやけど」
表向きは穏やかに返す。
しかし身体の力を抜くことはなく、右の拳を握ることを忘れていなかった。
銃を持ったリーダーらしき男が目をぎらつかせて言う。
「まぁそういわず、なぁ? ちょっとその武器について聞かせてほしくてよ…」
「別に変わってるのは見た目だけですよ。普通の打撃武器です」
努めて静かにそう返す。
それを聞いた男は笑いながらこう返す。
「おいおい!あんなに派手な音だしておいて『普通の』ってことはないんじゃねぇか?」
スタングレネードに鬼鉄の射出音と大盤振る舞いだった先ほどの戦闘を思い出し、俊明は心の中で悪態をつく。
(十中八九追い剥ぎ目的。明らかにオーダーメイドやもんなぁこの武器。加えて入り口付近での待ち伏せとなると…初心者狩りか)
思考に意識を傾けていると男は言葉を続けてこう要求してきた。
「なぁ、あんたのその武器、ちょいと俺たちに譲ってくれねぇか?いやさ、俺たちは結構深くまで潜れる実力者って奴でよ、そんな俺たちに強い武器を預けた方がお国のためってもんだろぉ?」
距離がじりじりと縮まる。はじめは離れた位置にいた互いだったが、いつの間にか俊明を囲うように男達は移動していた。
先刻の男達の言葉には何の意味もない。奪い取るための準備を気づかれないように行なうための時間稼ぎである。そこにはほんの少しも愛国心など存在しない。
この状況が動くとすれば――
「お断りします。これは大事な幼馴染みが作ってくれた大切な装備なんで」
拒否を訴える一言。これ以外は存在しない。
「じゃあ無理矢理もらっちゃおうかなぁ!!てめぇらァ!!」
リーダーの一言でまず槍の男が仕掛けた。
後方から首を狙った鋭い一撃。それを俊明は、正面に立つリーダーの男に向かって飛び膝蹴りを繰り出すことで回避した。
「死にさらせこのダボッ!!」
「ぐあッ!?」
骨が砕ける感触を感じる間もなく俊明は次の獲物へ照準を合わせる。
「次はおどれや!」
「えっ…がふっ」
飛び膝蹴りの着地の勢いを活かすように、屈む姿勢からすくい上げるようなラリアットを放つ。
一連の流れを認識することの出来ていなかった剣の男にはそれに抗う術はなく、あっけなく意識を飛ばすのだった。
「てめぇ!やりやがったな!?」
「阿呆!こういうときは口より先に手を出すもんやろがい!」
状況は3体1から1対1へ。明らかに自分よりも強い相手に遭遇したチンピラの最後の手段はいつの世も決まっている。
「ちっ!覚えてやがれ!」
「まてェ!逃がすk…うぇ!?ゴホッゴホ…待てゴラァ!!」
槍を持った男は懐から煙幕を素早く取り出すと俊明に投げつけると出口の方へ走っていった。
『俊明!ダメだ追うな!』
「わかっとる…俺は冷静や」
『それは冷静じゃない奴が言う台詞だよ』
青筋を浮かべていることを自覚しないまま早苗に対して俊明は返事を返す。
「君がああいう輩のことを特に嫌いなのは知ってるけど、暴れてもどうしようもないよ」
リアルタイムでの戦闘のサポートは自分には難しいとわかっている早苗は俊明のメンタルケアに尽くすしかなかった。
「一度息を深く吐くんだ。限界まで吐ききったら5秒間僕が数えるまでそのまま耐えて」
「すぅ…」
こういうときの早苗の言うことは従うと決めている俊明は言われるがまま肺の中を空っぽにする。
「5、4、3…」
秒数が進む毎に苦しくなっていく肺と、酸欠によって意図的に思考が鈍っていく。
「2…」
耳から聞こえてくる早苗のダウナーな声が心地良い
「1…」
数字のカウントという情報のみを処理する脳は荒立っていた感情をフラットな状態へと変えていく。
「0…落ち着いたかい?」
そう声をかける頃には、俊明はある程度の冷静さを取り戻していた。
「ありがとう。やっぱりこういうときに早苗ちゃんがいてくれると助かるわ」
自分の不甲斐なさを恥じるように呟く。
「そのために僕がついているのさ。気にすることはないよ。ダンジョンの中で出来ることといったらぼくにとってはこのくらいだしね」
どこまでも静かに、フラットに、感情で変化することなど無いかのような声色で早苗は返答した。
「それにしてもホンマに追い剥ぎなんか遭遇するんやな」
「しかもダンジョンに入ったばかりでね?ああ、いや入ったばかりだからか」
一段落すれば互いの口から出てくるのは先ほどの事態に関しての感想であった。
「初心者狩り…か。国がその辺対応してくれへんのかな」
「難しいだろうねェ。映像証拠を残してたらまだしも、ダンジョン内での死因なんていくらでも偽装できちゃうしね」
ダンジョン内で起きたトラブルは証拠さえあれば法に訴えることは可能である。しかしその証拠を確保することが難しく、専ら映像証拠に頼るしかないというのが問題だった。
「映像証拠かぁ~。いや待てよ?早苗ちゃん、このカメラの映像って…」
さながら名探偵かのような自慢げな顔しながらそう呟く。
「残念。申し訳ないが録画機能までつける余裕はなかったんだよ。時間が無くてね」
しかしイヤフォンから帰ってきた返答は期待にそぐわないものだった。
「さよか。まぁ今回は軽く潜るだけの予定やったし、録画機能が必要になる事態が起きたんが想定外やもんね」
「任せたまえ。さっきみたいなことが起きるとわかった以上は何らかの対策は必要だ。帰ってきたらインカムに機能を追加するよ」
自室からマイクに声を乗せながらそう話す早苗は怪しく目を光らせていた。
「流石早苗ちゃん。話が早い!」
「追加料金3万円でございます」
「あっかんしっかり金取ってきよるわ」
調子が戻ってきたのかそんな軽口を叩く2人だったが、忘れてはいけない問題が目の前に転がっているのである。
「さて、漫才はここまでだ。問題はその目の前にいる犯罪者2名だが…」
「ほんまやん。すっかり忘れ取ったわ!」
わかっていて無視していた早苗と、完全に頭から抜けていた俊明。この凹凸コンビは相談を始める。
「このまま入り口まで運ぶのかい?突き出せば多少のお礼金みたいなものはもらえるんだろう?」
「んー、でも証拠ないしなぁ。あとこいつら運ぶのが純粋にダルいわ」
案1、却下
「じゃあ…放置?」
「百パー喰われてしまいやろ。流石に罪悪感あるからそれは避けたい」
案2、却下
「うーん、言いたいことはわかるけど何かしらの対処は必要だろう?何か思いついているのかい?」
「今思いついた!」
案3、決定。それは追い剥ぎ達にとっては地獄の始まりを意味していた。
「んん…ここは…」
男は霞む視界と痛む身体に違和感を覚えながら目を覚ました。
「おはようさん。気分はどないですか」
目の前にあるのは先ほど襲いかかった相手の顔。
「て、テメェは!さっきはよくも…あん?なんだこれ動けねぇ!」
「あんさんらの荷物に丁度ええロープが入ってたんでな。ちょっと借りてるで」
縛られていることに気がつくも、口から出る言葉は状況とは全く逆の勇ましい台詞だった。
「ハッ!装備も奪って縄で縛ったから憂さ晴らしでもしようってか!」
追い剥ぎの目の前にいる男の笑みは深くなるばかり。そして1つの質問を投げかけてきた。
「まぁ当たらずもとうからず…やな。これ何かわかる?」
「ああ?醤油じゃねぇか。俺たちの荷物漁りやがったな?それで?そいつがなんだってんだ」
醤油。それは男達が地下深くまで潜った際に食料を調理するために用意していたものだった。
しかし何故今そんなものを?
そんな追い剥ぎ男の疑問を置き去りに、目の前の銀の腕を持つ男は話を進めていく。
「いやさ、縛って地上まで連行するのもダルいし、このまま放置してもかわいそうやん?かといって無罪放免ってのは色々と無理がある」
「せやから、いっぺん躾しよかなとおもて」
「ごべんなさ…ゴホッゴホッ!ゅるじでぐだざいッ!」
「うんうん、やっとそれが聞けたね」
そんなやり取りを聞きながら剣を持っていた追い剥ぎ男は目を覚ました。
『ようやく終わったか。コレをずっと見聞きさせられていた僕のことはどうしてくれるのかなァ?と~し~あ~き~くゥん』
「次の発明品の参考になった?」
『君が僕をどういう目で見てるのか一度しっかり話し合う必要がありそうだねェ!?』
通信相手との会話だろうか?追い剥ぎ男には理解できない独り言が聞こえてくる。
ぼやけた視界が鮮明になってくる。そうして飛び込んできた情報は男の理解を超えた物だった。
「なんなんだ…ありゃあ…」
目の前にいる仲間は縛られた状態で吐瀉物まみれになっていた。
「あ、起きた?相方さんはもう終わってんけど、丁度ええタイミングで起きたな」
心臓の鼓動が痛い。
未知の光景を理解できない。
追い剥ぎグループの最後の1人は叫びそうになる自分を必死に押さえていた。
「お前ッ!あいつに何をしたんだ!?」
「ごめんなさい言うまで醤油一気飲みさせてん」
訳がわからない。
混乱し続けている男は、次に聞こえてきた言葉で恐怖することになる。
「次君な」
彼が謝罪を言葉にするまでダンジョン内に男の悲鳴が鳴り響くことになった。
「次舐めた真似しよったら倍は飲ませるで。わかったらいけェ!!」
「ひ、ひぃッ」
意識を半分失った仲間を抱えながら追い剥ぎ一味の男は逃げ出した。
「一件落着ッ!!」
『大団円とは言い難いねェ…』
どこかやりきった顔の俊明とは対照的にげんなりとした顔をしている早苗。
司令塔としての役割を遂行するために画面とマイクから逃げるわけにいかなかった少女には先ほどまでの拷問が脳裏にこべりついていた。
『それで?どうするんだい?』
忘れたいと言わんばかりに早苗は話題を提供する。
「そりゃ当然先に進むで。まだ入り口やしな。今日は少なくとも鬼鉄を撃ちきるか、三階到達するまで帰らへん!」
『ま、当然そうなるか。でも無理は禁物だよ。帰りのことも考えないといけないからね』
「わかってますよ~っと」
男はそう戯けて返すと第3東京遺跡第2層に突入した。
肉を切らせて骨穿つ ヤドリギ @Shion_8111
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