第2話 開戦 そして抜拳

俊明は銀の拳を携えてダンジョンの入り口に立っていた。

「3個目に発見されたから第三東京遺跡っちゅうんは中々安直やなぁ」


『いやいや、逆にゲームみたいな名前つけられるのも嫌な物だよ?それともニュース番組で「最近話題の魔王城ですが…」なんて聞こえてくるほうがいいのかい?』

右耳に装着した小型カメラ付きのインカムからおどけるような少女の声が聞こえてくる。

フィジカル面で劣る早苗は早々に自分がダンジョンを探索することを諦め、マイクによるサポートを選んでいた。


「それはそれで面白そうやけどな。攻略してる人のあだ名勇者で決定やん」

「数百人の勇者が攻め込む魔王城とか想像したいないねェ」

2人は普段よりも幾分か口が回っているような気がしていた。それは焦りか興奮か。いずれにしろ今から自分たちを待ち受ける非日常に対しての無意識の反応であることは疑いようもなかった。


片方は戦場へ、もう片方は裏方へ。しかし心は1つ、自分たちが知らない未知を知りに行こうとする好奇心を胸に、今、男は門を潜る――




『ダンジョンの一階、まぁこの東京に存在する第三東京遺跡に関してはだが、そこには最も数が多い敵として、通称ゴブリンと呼称される二足歩行の生物が存在する』

『こいつら自体の戦闘力はたいしたことはない。武器を持った大人であれば十分対処が可能だといえるだろう』

『しかし、こいつらの厄介なところは別にある』


――数と手の早さだ


「うおおおっぉおおッッッ!?」

投擲物の飛来、先の尖った鉱石のような物が複数の場所から俊明に向かって投げられることからダンジョン探索は始まった。

国が迎撃装置を置くことで確保した安全地帯から一歩踏み出すと、そこは既に彼らの領域。油断すれば初心者など一瞬で死ぬことになるとは訓練所で教官から教わってはいた。


しかし、しかしだ。


「いくらなんでもリスキルはないやろ!?」

俊明は咄嗟に遮蔽物の方向へ転がり込んだ。しかしこのままでは下の階層に降りることは愚か、脱出して地上に戻ることも叶わない。


「無事かい!?俊明君ッ!」

無事だったインカムから安否を確かめるように鋭い悲鳴のような声が聞こえた。


「ギリギリセーフ!何発は鬼鉄で受けてもーたけどそっちも大丈夫そうや!」

俊明は自分の持ち込んだ装備――鬼鉄を素早く確認しながらマイクに叫ぶ。


「耐久面も問題なし…と。流石私!ギフテッド最高!」

「あんまそれ自称して喜んでる人見たことないけどなぁ…っと!」

2人がなんとか落ち着こうと軽口を叩いている間にもゴブリン達の攻撃は続いている。何よりもこのまま待っていればいずれ囲まれ攻撃されてしまうのは目に見えていた。現状維持はできない。そこで俊明は腰のある物へと手を伸ばす。


「まさか一発目から使うことになるとはなぁ」

「まぁこういう状況は予測できてたからねェ。まさか初っぱなからこうなるとは思ってなかったけど」


息を整えた男はそんな会話をしながら、腰に付けた丸い物体を遮蔽物からゴブリン達へ投げつけた。


「くらえ!早苗ちゃん特性、閃光玉!」

「スタングレネードだy…」


瞬間、響く轟音と目映い光がダンジョン内を照らす。

それは角屋早苗が追加で作成した秘密兵器であるスタングレネードであった。


ダンジョンの一階にはゴブリンが大量に出現するという事前知識から、ソロである俊明が囲まれたときの解決案として作成されたそれは狙い通りの効力を発生させた。


「グェェ!めっちゃやかましいやんけ!でもチャンスやチャンス!」

突然の目くらましにゴブリン達の前線は崩壊。そこにたたみかけるようにして俊明はその銀の拳を振るう。


「自分より小さい相手にはッ!叩きつけるようにッ!拳骨落とすッ!!」

訓練所で教わったことを復唱しながら男は流れるようにモンスターを撃破していく。

しかし順調にはいかないのがダンジョン探索であるとも彼は学んでいた。


「援軍!?しかも盾持ちッ!ほんでもぉぉぉおおお!!!」

ゴブリン達もある程度の知能はある。武器を持って自分たちを攻撃してくる存在への対抗策として、他の探索者から奪い取った巨大な盾を構えてのカウンターを目論んでいた。


金属で造られた盾と、同じく金属製の拳が衝突すると甲高い音がダンジョンの中に響いた。軽い火花を散らしながらも無事攻撃を受け止めきったゴブリンは小さく笑い声をあげる。




だが、目の前の男が浮かべる笑みを見て自分の想定が外れていることを認識せざるを得なかった。


「使うでッ!」

『もうかいッ!?ああもう、外すんじゃないぞッ!』


俊明の装備した鬼鉄に備え付けられた虎の子。3発しか用意されていない撃鉄を、躊躇うことなく俊明は引いた。


「ぶっ飛べあほんだらァァァァ!!!」


先刻のスタングレネードに勝るとも劣らない音量、しかしそれよりも激しく鈍い音が反響する。

腕の周りに漂う煙が収まると、そこには風穴を開けた盾と小鬼が力なくぶら下がっていた。

それを引き起こした張本人はというと――


「ぶっ飛ぶっていうか穴空きよったな…」

自分の想定していた結果とは食い違った現実をみて、脱力するように言葉をこぼしていた。


「そりゃ貫く武器だしね…とりあえず無事でよかったよ。想定通りの火力が出たようで私は満足さ」

「流石早苗ちゃん。マッドな感想ありがとう」

「誰がマッドか!」

男はいつも通りのやり取りをすることで安心する。

モンスターとの戦闘で付いた返り血と、僅かに震える手がカメラには映らないようにかばいながら。

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